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如月の二はめんどくさい、面倒臭い

「お館様! 一体何を考えておいでなのか、この儂にも理解できるようとくとご説明ください!」


 声を荒らげて龍征を探し回り、部屋に入ってくるなり食ってかかってきたのは五家筆頭の朝霧義文。初雪ましろに求婚したのを聞きつけて誰かしらが来るだろうとは踏んでいたが、朝餉が終わったばかりの時間帯に乗り込まれるのは予想外だった。


 髪に随分と白い物が目立ってきた父親ほど年の離れた朝霧の後ろには、止められず申し訳もございませんと声なく謝罪してくる信康と、従弟の秋灯将弘あきびまさひろの姿まである。信康は義父になるであろう男をそれでも龍征のために止めようとしたようだが、将弘に至ってはただただ面白がっているだけだろう。

 出て行けと命じるのは簡単だが、朝霧を盾にして五家の代表としてきたと言われれば引き下がらざるを得ない。わざわざ論破する機会を与えるのも業腹で、秤にかければ黙って受け入れるほうがまだましだろう。


「朝から揃いで賑やかだな。夕霧と夜霧も来るなら待ったほうがいいのか」

「っ、お館様、今はふざけている場面ではございませぬ!」


 子供を叱るように声を尖らせる朝霧に、これだから年上の家臣はやり難いと胸中に愚痴る。父が当主だった頃、呼び方こそ若だったがよくこうして咎められたのを思い出す。朝霧にそのつもりはなくとも、随分と若輩扱いをされているような気分だ。


(朝霧にすれば、なやより年下の俺はどこまでいっても若造だろうけどな)


 面白くはないがそれを指摘するのも大人気ない、ひらひらと手を揺らして冗談だと受け流し、何の用だと先を促すとはっとした朝霧はばんと畳に掌を叩きつけた。


「日頃嫁取りをお勧めしておりますのはこの老骨めにございますれば、それをどうこう言う気はございません。ようやく重い腰をお上げくださったならば重畳、しかしお相手に如月の二姫をお求めとは如何なものか!」


 正気を疑るといった様子で語気を強める朝霧を他所に、将弘が面白そうに声をかけてくる。


「とうとうりゅうも番う気になったかー。いやあ、めでたいめでたい」

「秋灯! お館様に何という口の聞き方か!」

「え、そっち? 如月の二云々はどこいった?」


 責めるのもそっちと龍征を指す無礼は、信康がその指を捕まえて圧し折りそうな勢いで指導しているので見なかったことにする。朝霧も将弘の対応は信康に押しつけ、龍征に向き直ってくる。


「二姫を客人としてお招きすることに異議はございません、お館様が政務を蔑ろに構われすぎなのもこの際目を瞑りましょう。二姫の歓待は帝に、引いては神に尽くす礼なれば大雪たいせつを挙げて行われるも結構。けれどその神官を室と迎えるなど、聞いたことがございません!」

「今までにも如月の二が婚儀を結んだ例はあるだろう」

「っ、成る程、それは確かに。よくお調べになられましたな。しかしあっても今宮家いまのみやけや如月においてのこと、暦名のしかも当主となど前例にございません!」

「ないなら俺が初めになるだけの話だ」


 何事にも最初はあると眉を上げて反論すると、今度は拳で畳を強く殴った朝霧が睨むように見据えてくる。


「恐れながらお館様は、二姫の──如月の二のお役目について、ご理解が浅いのではないかとお見受けします」

「理解も何も、如月の二は最高位の神官だろう」


 その程度は知っているとむっとして返すと、朝霧が深い溜め息をつく。


「あれ、何か違うの? 俺もそう思ってたけど」

「秋灯の物知らずはさておき、お館様。如月の二については暦家ならば当然知っておかれるべき情報と、幼い頃より何度も申し上げておりますのに……」


 お情けないと涙を堪えるような仕種をする朝霧は、案外本気だ。何か違ったかと視線だけで信康を見ると、こちらも分からなさそうに首を傾げている。何だよ違うなら説明しろよーと、年長者を立てるという言葉から最も遠いところにいる従弟が急かすと、朝霧は一先ずぎろりと将弘を睨んでから説明を続ける。


「最高位の、と言うならば後に続くは神職です。神官はそれ自体が最高位を示すもの、つまり宮司と神官は二姫以外を指しません」

「あれ、神官って神職全員を指すんじゃないの?」

「残念。神職の同義語は神主です」

「えー。神主って神社かみやしろの司……、」


 じゃなかったのかと聞き返そうとした将弘は、答えた声が朝霧の物ではなかったと気づいて語尾を薄らげている。知ってか知らずかそれは社司、若しくは宮司ですと声が続けて答えている。


「朝霧さんが仰ったように、ただの宮司は私だけ。普通は何とか社の宮司、って呼ばれるからね」

「って、どうして如月の二がここに!?」


 龍、今政務中じゃねぇのと引っ繰り返ったような声で確認してくる将弘に、障子の向こうからひょこっと顔を出した初雪が軽く肩を竦める。


「どうも何も、ここは私が貸し与えられた客室だからです。朝から迷惑な闖入者なのは、君らの殿のほうですよ」


 持って行ってと無造作に指で示してくる初雪に、俺の邸で指図は受けんと突っ撥ねてから気にかかったことを聞き返す。


「それより、神官と宮司は如月の二と同義、じゃないのはどうしてだ」

「そこからかー。別にいいけど、霜月さん家の信心はどうなってるんだろう」


 神官としては嘆かわしいところですよとからかって語尾を上げる初雪のそれで、彼女がいると気づいてからずっと固まっていた朝霧がお詫び申し上げますとすぐさま畳に額を擦りつけた。


「お館様の信心が薄いはすべてこの老骨のせい、かくなる上は儂が腹を掻っ捌いてお詫びを、」

「やめて止めて、ちょ、本気で懐剣とか出さないで!」

「義文様、おやめください、なやが悲しみますっ」

「さらっと惚気た信康の言う通りだぞ、朝霧、なあ、龍の許しなく切腹するな!」


 怖い怖いと全員で騒いで止めにかかっているが、朝霧は止めてくれるなと既に片袖を脱いでいる。老人と呼ばれる年齢に達しているというのに相変わらずの筋肉だ、懐剣程度で腹が捌けるだろうかと暢気に見ていると初雪が止めてって! と睨んでくるので仕方なく口を開く。


「朝霧。如月の前で穢れを撒くか」


 どっちが不信心だと投げるような言葉に、朝霧もようやくはっとしている。その間に信康が懐剣を奪い取り、そこからまだ奪い取った将弘が鞘に納めて大仰に額の汗を拭っている。


「あー、怖かったー。こんなところで切腹されたら、しばらく血の匂いがえげつないからなー」


 危うく飯が喉を通らない状態になるところだったと、何やら一人だけ違うところに安心している将弘はともかく、だから宗教は嫌なんだと顔を顰める。


「不心得か何か知らんが、すぐに死のうとするな」

「本当だよ。どうせ嫌でも死は誰しも平等に訪れるんだから、生きてる間は大人しく生きてなさい!」


 まったく恐ろしいと、こちらも何やらずれた方向で説く初雪に龍征は面白がった目を向けた。


「自害は神が許さないとか何とか言うところじゃないのか、聖職者」

「おかしなことを言うね。本気で許されないなら、最初から自害なんかできないように造ればいいだけじゃない。それをされてないんだから別にそんな瑣末、気にも留められてないと思うけど」

「気にも留められない存在……」


 所詮儂のようなものはと朝霧が落ち込むのを見て、違う違うと慌てて初雪が慰めている。


「神にとって地上のすべてが瑣末です。私もあなたも同じ一、億ある内の一が消えても増えても瑣末でしょう?」


 なのでお気になさらずと真面目な顔で力一杯主張しているが、多分朝霧が聞きたいのはそういうことではなかろうと龍征でも思う。信康と将弘も複雑な顔をしていて、神主って皆こんな感じ? とぼそりと尋ねてくるが知るわけがない。

 ただこの中で一番信心深い朝霧が、何故か感極まった様子で成る程そのようなお考えもあるのですなと涙ぐんで頷いているので何かしら響くものはあったのだろう。如月の二という名前に踊らされているだけではないのか、は限りない本音だが、当人が幸せなら口を挟むのも野暮だ。


 とりあえずこのごたごたで流されそうになっている質問の答えのほうが気にかかるので、信心深いのはいいことだーとどこか棒読み口調で呟いている初雪に水を向ける。


「で、答えは」

「如月の二は複数いるからですよ」


 私と叔父上の二人ともそうなのでとあっさり答えられ、何度もご説明致しましたのにと朝霧が恨めしげに見上げてくる。黙ってろと軽く手を揺らしてあしらった龍征は、続く疑問に首を捻る。


「それでどうして宮司はお前なんだ」

「そこまで興味を持たれてないと、いっそ清々しいね。如月当主の二番目の子供を総じて如月の二と呼ぶから、当主が代われば代わっただけ二も増えるの。帝がご即位なされる時に当代の子である二が儀式を執り行うから、その二が宮司。故に私」


 ご即位が後二年早かったらさすがに叔父上だったんだけどねーと首を振った初雪のそれで、将弘がちょっと待ったと軽く手を上げた。


「今上帝の即位って、確か十……三? 年前だよな。俺まだ三歳だった気がするし。え、じゃああんたって若く見えるけど俺より随分年上なの!?」

「二姫に対してあんたとは何事か!!」


 ちょくちょく拳で教育的指導をしている朝霧は横に置いて、驚いた声を上げた将弘に初雪は二つしか変わらないねと肩を竦める。それにはさすがに龍征も驚きを隠せず、眉を跳ね上げた。


「まさか、五歳で儀式を取り仕切ったのか」

「そう。祝詞なら三歳で全部覚えてたし、五歳ともなったら空気は読めたし。儀式の間に泣き叫んだりするほど情緒不安定でもなかったらやるしかないねー、って」


 最年少記録を更新ですと胸を張る初雪に、二姫は如月の二始まって以来の神童であらせられますからなと朝霧が自慢そうにしている。軽く鬱陶しい。


「とりあえずそんな事情で、死ぬまで宮司は私一人。今上帝がご退位なさる前に私が死んだら、多分叔父上になるかな」


 時期当主は嫁取りもまだだからねーと遠い目をする初雪に、そのように不吉なことを口になされてはなりませんとすかさず朝霧が諌めている。この家臣が信心深いほうだとは知っていたが、龍征に対するよりよほど初雪のほうが主君めいて扱われている気がする。


 しかしそんな聖職者を家に迎えることに、強硬に反対しているのも朝霧だ。龍征と違って既婚であろうと如月の二である事実が変わらないくらいは知っているだろうに、何が不服なのかと眺めていると視線に気づいたように朝霧が顔を戻してきて深い溜め息をついた。


「ここまで聞いて、二姫を迎えることの重大性にまだお気づきではあられませんか」

「無理だと思うよ。君のところの殿様は、筋金入りの不信心でいらっしゃる」


 ころころと楽しそうに笑う初雪の声に乗る棘は、ちくりと刺してもそれ以上ではない。寧ろ朝霧のほうが憤慨しているが、これはいつものことなので聞き流しておく。


「申し上げた通り、二姫は特別でいらっしゃるのです。神と帝を繋がれる、存在そのものが吉兆であられる。その方を擁するのはご生家であられる如月のみ、それが不文律にございます」

「如月はそもそもが宮家を基とするし、領土も小さい。帝とは密だけど、暦家の中では中立。ずっとそれを続けてきたからこそ、二を擁しても問題にならないの。考えつく問題に対処する方法は、長い歴史で培ってるからね。それを何の知識もない状態の他家がするのは無理がございます、の親切心からできた不文律なのは理解してから喋ろうね」


 明文化されていないものに効力はないと言い放とうとした機先を制して忠告され、龍征はふらりと視線を泳がせた。やっぱり言おうとしてたねと笑いながら突っ込んでくる初雪に、ふと思いついて手を打った。


「知識ならお前がいるじゃないか」

「……ん?」

「お前のことだ、どうせその思いつく問題とやらの粗方は把握してるんだろう? 対処法にしても然り、ならお前がいれば問題ないってことだ」


 やっぱり不文律なんぞに意味はないと断言すると、初雪が痛そうに額を押さえた。朝霧はぽかんと口を開けてこちらを見ているし、信康や将弘は何この状況と見交わす視線だけで語っている。しかし龍征としてはこれで問題解決、婚儀に何の支障もなくなったという認識しかない。


「い、えあのお館様、それとこれとは、」

「朝霧、お前を霜月においての初雪の後ろ盾にする。問題がありそうなら随時聞いて対処しろ」

「お待ちくだされ、お館様!」

「何だ、不服か。ならいい、信康、お前が朝霧に代わって初雪の面倒を見ろ」

「なりませんっ、上弦はまだ経験も知識も乏しい若輩、そのような者に二姫をお任せするなど断じてなりません!」

「だがお前は嫌なんだろう」

「そのようなことは申しておりません! 二姫の後ろ盾、この老骨でよろしければ喜んで努めさせて頂きまするっ」


 絶対に他人には譲らないと意気込んで請け負う朝霧に、龍征はにまりと笑う。それを見てはっとした朝霧が何か言い出すより早く、決まりだと断言した。


「さっさと婚儀の準備を始めろ、忙しくなるぞ」

「あーあ……、最後の牙城崩れたり」


 もっと頑張らなくちゃいけないところでしたよと、諦めたように初雪が朝霧の肩を叩き。儂としたことがーっ! と頭を抱える朝霧は放って、龍征は気分よく客室を出た。

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