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言い訳、惚気、説教で織り成す二者面談開始です

 目の前に、やたらとにこにこと笑うえにしが鷹揚に座ってこちらを見ている。同じような笑顔を浮かべた初雪ましろはけれど自分から口を開く気はなく、多分に縁もそうで、向かい合って笑い合うだけの時間がさっきからどのくらい保たれているだろうか。


 御前会議の只中、暦家や引き立てられた罪人の言い分を一通り聞いた後、沙汰も下さずに場を辞した帝を追えるのは当代の二か尚侍くらいだ。仕方なく二人で追ったが、縁が無言のまま笑んでいるのを見たゆかりはふらりと視線を外し、「そうじゃ、暦家を放置はしておけぬからなー」と、ひどい棒読みで呟いて出て行ったまま戻ってこない。とはいえ実際に暦家が待ち惚けさせられている謁見の間に戻っていないと見当がつくのは、縁の側に収音機らしきものが転がっているから。


 帝と如月の二が他人を寄せずに密談できる場所は、帝が直々に治められる神社かみやしろと決まっている。皇居の奥の間を通り抜け、血で人を判別する結界の張られた渡殿を通ってしか辿り着けない神社は、帝と如月の二以外は物理的に立ち入れない神聖な場所のはずだが。人の欲が作り出した絡繰りが神聖を汚す、などという発想はゆかりには一切ないらしい。


(まあ、人のやることに目くじらを立てられるほどにも神様はこちらに関心はないわけですが)


 幼い頃からそれが持論である初雪が、帝に神聖を説いても信憑性がない。当代の二が咎めたり諫めたりしない以上、帝や尚侍が通常とは違う神聖の捉え方をしていても仕方のない話だろう。


 しかしこれだけ沈黙が続くだけならゆかりも聞き甲斐がなかろうと考えていると、縁もそこに思い至ったのか小さく溜め息をついた。笑顔のままつかれる溜め息も、なかなかに怖い。


「お前は私を信用していないようだな、初雪」


 少し甲高いゆかりとは違う低くて耳に触りのいい声は、けれどその笑顔に似合わず棘を生やしている。想定していたよりは柔らかなそれに、初雪は大きく目を瞠って何度か瞬いた。


「正に心外と言うより他にない仰りようではございますが、縁様が如何な経緯でそのようなお考えに至られたかをお伺いしてもよろしいですか」

「その態とらしい態度と言葉遣いを改めないなら、私にも考えがあるぞ」

「あらあら。先に帝としての横柄で威圧してこられたのは縁様ですのに」


 私ばかり責められましてもとにこりと笑って返すと、さっきまで貼りつけたように浮かべていた笑みを剥がした縁は大きすぎる溜め息をついた。無造作に頭を掻いて体勢を崩し、脇息に凭れ掛かるとむすりとした顔で初雪を睥睨してくる。公人としての帝しか知らない者が見ればあまりの違いに別人を疑うところだろうが、生憎と普段の縁は大体こんなものだ。初雪にすればようやくいつも通りで、少しは話を聞く気になる。

 気づいた縁がますます目を眇めるが、帝としての敬意を払ってはいても年上の幼馴染みと思えば恐慌するほどではない。


「お前は私が誰か、理解しているのか」

「この国をお治めくださいます、今上帝かと存じます」

「ならば何故、私に真っ先の相談をしない。お前が暦家を二分して馬鹿げた戦を仕掛ける前に一言相談していれば、こんな事態にはならなかったはずだ」

「お言葉ですが、それではあの人に届く前に師走殿だけを犠牲にして終わるではありませんか」


 曇天すみの計画は、恐ろしく気の長いものだった。あさぎを暗殺してから八年、自分の忠実な手駒にすべく師走の教育から始まって、各領地にも自分の信者を着実に増やしていた。水無月や神無月を倒すにあたって暗躍したのも、その内の一部だろう。自分の思い描いた未来を自ら実行できるよう、あらゆる手を尽くしていた。今回の計画だって崩れることも前提にあった、その後また時間をかけてじっくりと帝に、初雪に手を伸ばすはずだったことを考えれば、ここで仕留めなければまたどれだけの犠牲が払われたか。


「次なる如月の二は、雷鳴こがねが当主になってから生まれた二番目の子。なれど雷鳴はまだ嫁取りもしておらず、父様の隠居もまだ先の話でしょう。二が二人の間に事を成せればあの人の勝ち、ここで息を潜めてまた様々を企てられても困ります」

「あれはどれだけ生きる気だ? 耄碌してから当代になって、何か楽しいのか」

「自分が老いることは、計算の内に入っていないのではありませんか? 老いても自分だけは今を保てるというのは、別にあの人に限っての妄想でもありませんし」


 軽く肩を竦めた初雪に、縁は溜め息を繰り返す。反論しようにもしようがない正論だと自負しているが、縁はすぐに気を取り直したようにじろりと見据えてきた。


「事情があって事後承諾になったにしろ、御前会議より早くの報告はできたはずだ」

「それに関してはゆかり様が、昨日一日は啓蟄を出るなとの仰せでしたので。それに逆らうほうが後々……、問題があるかと判じました」


 面倒だからという言葉を何とか呑んで説明すると、縁は渋面になる。自分よりも姉の言葉に従うのかと脅しとも取れる台詞は、何があっても使えない。ゆかりを立ててくれは遠い昔、縁から直々に賜った命なのだから。


 ぬうと黙り込む縁に、初雪は小さな苦笑を隠すように静かに頭を下げた。


「とはいえ帝にご報告が遅れましたこと、お詫び申し上げます。そもそも此度のことはすべて二の不始末、如何様な処分も受ける覚悟にございます」

「やめろ。私に剣を向けない限り、お前の処断などする気はないと知っていよう」


 ぶすりとした顔のままぞんざいに突き放した縁に、顔を上げた初雪は取り繕わない笑顔になった。


「ありがとうございます」

「ふん。甘えるならもっと分かりやすく、ちゃんと泣きついてくるのが筋であろう」


 可愛げがない、ふてぶてしいと吐き捨てる縁の様子に初雪はしばし考え、小さく首を傾げた。


「ひょっとして、私が頼りにしなかったと拗ねておいでですか」


 問うなり眉根が寄せられ、目まで据わっている。どうやら図星らしい。

 初雪より十ばかり年上の縁は既に三十も半ばだというのに、子供か。と思わず喉の奥まで言葉が込み上げる。とはいえそんな姿を見られるのは家族の特権と思えば可愛らしく、ふふっと声にして笑ってしまうとますます怖い顔をした縁に睨まれる。慌てて咳払いをして取り繕い、失礼致しましたと澄ました顔で謝罪する。


「お心遣いは有り難く頂戴しますが、縁様が帝であられる限りは巻き込めないことのほうが多いことも御承知置きください」

「私は帝である前に、お前の家族だ」


 まるで当然のように言い放たれる言葉は、多分に暦家は想像もしていないだろう絆が確かにあるからだ。


 初雪が五歳で当代に就任した時、縁たちはまだ成人したばかりだった。幼すぎる二と、若すぎる帝。頼りないと思われても仕方のない年齢ではあったが、どちらも望んでその年に引き受けたわけではない。血筋として覚悟はしていた、やれと言われたからにはいつであろうとやる気でいたが、侮る声が声を潜めず伝わってくるのは業腹だった。


 逆境で奮い立つ、と口で言うのは簡単だ。傍から見ればそうしてきた、簡単に乗り越えたと思われて支障がないからそのままにしているが、欲の亡者が跳梁跋扈する宮中で幼い三人がどれだけの辛酸を舐めたか。最初は互いに頼るものがないからと仕方なく寄せ合っていただけの肩は、いつからか唯一頼ってもいい場所になった。


 幼馴染みで、家族。


 血の繋がりではなく共にした時間と思いで築き上げた関係は多分これからも変わらない、それでも弁えるべき立場は心得ているからこそ一線を引く。


「家族なればこそ、巻き込めないこともございましょう」

「はっ。自分の良人を敵に配したお前が、今更何を言う」

「龍征君に関しては、一緒に死んでと頼めばそうしてくれるので甘えたまでです」


 家族と夫は厳密には違うのでと小さく頭を振った初雪に、縁は僅かに目を瞠ってから前触れもなく脇息を投げつけてきた。怖いことをしないでくださいとそれを避け、転がっていく脇息を尻目に縁を眺めると何とも苦々しい顔で歯を噛み締めているのが分かる。


「前触れもなく、いきなり惚気るなっ。妹の恋愛話など聞いていられるか」

「縁様の奥方自慢は笑顔で聞き流しております私に、ひどい仰りようですね」


 縁様もそのくらいできるようになられなくてはと大仰に頭を振った初雪は、帝の前だというのに立ち上がりもせず振り返って手を伸ばし、転がっている脇息を拾って態勢を戻す。見るともなしに眺めていた縁は、それは帝の前で無礼に当たらんのかと呆れたように語尾を上げるので初雪も片眉を大きく跳ね上げた。


「礼儀知らずの二なれば、とんだ御無礼を。ところで脇息は投げて使うものではないと御存じですか」


 そちらは無礼ではないのですかと言下に尋ねると、差し出した脇息をこちらも手を伸ばしただけで受け取った縁は皮肉に目を眇めた。


「投げぬはずの脇息を投げさせるお前が悪い」

「では次にお目にかかる時は、投げるための脇息を御用意致します」

「迂闊なことを言うなっ。それを理由にお前が長に渡って来なくなれば、ゆかりが本気で作らせかねん」


 作ってくれるなよと、溜め息混じりに縁は収音機に向かって言いつける。続けろと視線で指示されるので、少し迷って口を開く。


「作るのは私の楽しみです」


 取り上げたら拗ねるよと釘を刺すと、収音機の向こうで複雑な顔をしているゆかりに想像がついて小さく笑う。縁はこれで安心だとばかりに息を吐き、少しばかり表情を改めて見据えてくる。これはお説教ですね、分かりますと初雪も威儀を整えると、これ見よがしな溜め息をつかれた。

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