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少しは“二”らしく振る舞うこともできますが、何か

「今日のところは結局、如月屋敷に滞在して明日に内環うちのわに渡るってことか?」


 それならそれで準備があるんですけどねえと、後ろから恨めしげな雷鳴こがねの声がして初雪ましろはそちらに視線をやった。

 最初にここで見た時は悲壮な顔をしていたくせに、今はもう情報過多によりげんなりげっそりしている。不憫に思う気持ちもある反面、それが弟の性かと聞かせられない達観を覚える。


 ぎろりと睨みつけてくる視線を見れば、言わずとも通じているらしいが。所詮、言葉にされない声など無きに等しい。神の声も然り。


 とりあえず準備が必要な客に当たるのは龍征だけで、君さえなければ準備はいらないそうですよと言下に含めて声をかける。


「龍征君は、先に内環に向かっていいけど」


 どうせ離れる予定だったんだからと水を向けると、今度はこちらからもぎろりと睨まれる。


「尚侍の言葉を聞いてなかったのか? 明日の朝、奥を伴って参れと言われただろう」

「一緒に皇居に行けば問題ないよね、どこからどこに来いとまでは言われていないんだから」

「屁理屈だけは達者だな、相変わらずっ」

「あらあら、如月の二が言葉を弄して敵わぬ相手がいるとでも?」


 口先だけで人生を渡る神職相手に野暮なことをと笑う初雪に、聞くともなしに聞かされていた雷鳴が頭を抱える。


「お前は無闇に神職を敵に回すな!」

「気に入らないのなら舌戦を仕掛けてこられればよろしかろう。と、私は幼い頃から誰にも平等に申し上げておりますが」


 不思議なことに誰も仕掛けてこないのですと軽く頬に手を当てた初雪に、龍征が微妙な顔をする。


「その挑戦を聞いて、師走が武力で仕掛けてきたんじゃないのか」

「確かに私のこの性格が気に入らないあの人が師走さんを使った、という意味では強ち間違ってはいないかも」

「っ、開き直るな!」


 噛みつくように反論する龍征に無理なく笑った初雪は、未だにそわそわしている雷鳴の一因を除こうと軽い足取りで境界を越えて神社かみやしろを出た。ほっとしたように続いた雷鳴の後に槙也と蛍が続き、龍征も出たのを見越して神職たちがぞろぞろと社から出てくる。先ほどから視線は感じていた、あちらも機会を窺っていたのだろう。


 振り返って神職たちが近寄って来るのを待っていると、境界よりまだ手前でぴたりと足を止められる。二には不用意に近づかない、社から無闇に出ない。これぞ不文律の成果だ。


 五人いる神職の内、一番年嵩の男性神職が一歩だけ進み出て発言を求めてくる。どうぞと促すと、少しだけ躊躇った間の後に口を開かれる。


「二姫に御伺い申し上げます。曇天すみ様の資格を剥奪されたとなると、この社はどうなるのでしょうか」


 不安げに問われたそれは、本来初雪たち以外は誰も知らないはずの機密事項だ。忍衆だから知っていることに疑問を覚えなかったが、よく考えれば神社に踏み入れない薄氷たちが二の剥奪を知っていたのも不思議に思うべきだった。僅かに目を瞠った初雪だが、不意に縁の手は打ったと自慢げな言葉が蘇った。


 縁は基本的に、新しい物が大好きだ。装飾品だろうと技術そのものだろうと、興味を持った物は好奇心に飽かして追及する。ここ最近のお気に入りは絡繰りで、私財を擲って絡繰り技師を抱えている。他の時もそうだが技術の発展にも貢献しているし、何かに夢中になっているとえにしに対する我儘も減るのでよほどのことがない限り縁の趣味は推奨される。


 とはいえ縁の無茶は誰かを特定して発揮されるものではなく、お抱えの技師たちに対しても無理な要望として向けられる。素人の思いつきを基にした要求なのだから無茶な提案に違いないのだが、縁が抱える技師たちは概ね難しいことに挑戦するのを楽しんでいる節がある。何かが出来上がる度にわざわざ宮中まで呼び出される初雪は今まで色んな成果を見てきたが、その中に技師たちが手掛けた収音機があったのを思い出す。


 表立っては尚侍としての立場しかない縁は、時折同席すべきと思われる場面から外されることがある。“秘すべき御子”としては仕方のない話だし、えにしに隠す気はなく後ですべてを詳らかにするのだから納得してほしいところなのだが、仲間外れは嫌じゃ! と口を尖らせた縁が絡繰り師に作らせたものだ。離れた場所の言葉を拾い、別の場所に届ける。凄かろうと自慢そうに披露した縁に、初雪は生温い笑みしか浮かべられなかった。


(人はそれを、盗み聞きと言うのでは……?)


 喉の奥まで出かかった言葉を呑み込んだのは、えにしがまるで悟りを開いたかのような顔で同席していたから。聞かれる本人が承知の上なら盗み聞きの定義から外れると言えなくはない、何より褒めてほしそうな縁にけちをつけようものならまた何日となく機嫌取りに追われるのもえにしだ。凄いですねえと讃えたのが些か棒読みでも縁が気づかなければいい、後で技師たちに収音を妨害する絡繰り作りにも励んでもらうだけだ。


 あれからしばらく経っている、技師たちが面白がって作った収音機は初雪が知らない内にしなくていい進化を遂げていたらしい。拾える距離も、聞く側の数も増やせるはずじゃと無駄に意気込んでいた縁の望みのまま、どうやら神社の内外にあの部屋の様子を聞かせられるだけの性能を備えたのだろう。


(ゆかちゃんめ……)


 明日顔を合わせた際に、お説教をする内容が増えた。縁の思いつきと技師たちの努力が犯罪に使われないよう努めるのは、えにしの仕事だ。帝に余計な仕事は増やさない! と諫めるべきだが、今回のところは説明する手間が省けたと納得するしかないのか。


 本来なら痛む頭を抱えて蹲りたいが、不安げな神職たちを余計に恐慌させるのは避けたい。にこりと“如月の二”らしい笑顔を浮かべた初雪は、大丈夫と大きく頷いてみせる。


「二が一人しかない時と同様、当代である私の管轄に入るだけ。ただ私は霜月に嫁いで大雪にいることが多いから実際の管理は神主を置くことになるけど、今までと何ら変わらない。責任を持って取り計らうから安心して」

「それは有り難いことにございますが……」


 幼い頃から培ってきた“二の笑顔”の威力が発揮されなかったのか、不安そうな男性神職の顔色は変わらず、ちらちらと初雪の後ろを窺っている。何かあっただろうかと肩越しに振り返り、今の今まで禁足地に足を踏み入れていた非神職たちを見つけて一瞬眉を寄せた。けれど再び向き直る時には神妙な顔を取り繕い、心配は分かると尤もらしく頷いた。


「神に対する不敬を案じているんだろうけれど、そもそも危惧すべきは二であった曇天の帝に対する背信行為のほうでしょう。神と帝を繋ぐのが二の役目、それを揺らがすのが何より神の意向に背くと知りなさい。この後、内環から調査のために多く人が遣わされて来るだろうけど決して逆らわないように。神にも帝にも二心がないと示さない限り、この社が取り壊されても致し方のない事態が既に起きているのだから。曇天の行為に気づかなかった、止められなかった私たちは等しく罪があると心得て、粛として調査を受け入れなさい」


 厳として命じた初雪の言葉に、けれど後ろの神職たちは不服そうにひそひそと言葉を交わしている。初雪の背後では蛍が剣呑に目を細めているが、止めるのは雷鳴に任せて初雪は慈愛に満ちた表情を浮かべた。これぞ如月の二、と言うべき見本みたいな空気に囁き合っていた神職たちも知らず言葉を呑んでいる。


「不満や不安があるのは当然のこと。けれど帝は何も不当に神社を害されるわけではなく、寧ろあの人以外に累が及ばないようしっかりとした調査を行ってくださるの。それでも今までの慣習を破るのが心苦しいのも分かるから、皆にはその間、如月の別邸で過ごしてもらうのはどうかな」

「っ、初雪!?」


 何を言い出すんだと雷鳴が声を荒らげたが、軽く手で制した初雪は如月の後継に振り返ってにこりと笑った。


「こんな事態を巻き起こしたあの人は、残念ながら如月の血筋でしょう。神社に土足で踏み込まれたと憤る皆の気持ちを考えたなら、啓蟄を治める領主として如月は神職の皆に屋敷を提供するくらい誠意を見せないと謝罪にもならない」


 普通であれば、暦家の人間でもない限り別邸とはいえ領主の屋敷に招くなど有り得ない。けれどこの神社にとっては、そのくらい有り得ない事態を既に強要している。釣り合いを考えなさいと言下に言いつけると、雷鳴はぎりと奥歯を噛み締めて逡巡した後、ゆっくりと息を吐き出した。


「如月の一として、各位の立場に配慮せず行動したことはこちらの不手際だった。二の仰せのまま、この神社に調査が入る間は別邸を提供する。受け入れて頂けようか」


 二の言葉に逆らうな、は常々如月に刻まれている。それを証明するような雷鳴の態度にようやく神職たちもほっと息を吐き、不手際などとんでもないことにございますと深く頭を下げた。


「神域に不躾にと、事情も知らず騒ぎ立てしたことをこちらこそお詫び申し上げます。我らはただ神にお仕えする身、最も神に近き二の仰せに従うが本分と心得ます」

「調査のお邪魔にならぬよう、別の神社に移ることをお許し頂けますればすぐにもそう致します」

「皆、ちょっと神職として完璧すぎない? 迷惑をかけられたんだから、別邸で踏ん反り返ってもいいのに」


 上げ膳据え膳だよと唆すように初雪が声を小さくすると、今まで強張った顔をしていた神職たちもふと顔を緩め、


「二姫と違い、まだ精進の足りぬ我らにございますれば」

「自らを律して暮らすもまた修行と存じます」


 揃って頭を下げて辞退する神職たちに、初雪はどうすると雷鳴に声をかける。


「神職だよ、見習うべき神職がいるよ」

「頂点のはずのお前は、これなのにな……」

「まったくだね」

「反論しろよ、且つ反省しろよ!」


 全力で突っ込んでくる雷鳴に、何度も目を瞬かせた初雪は自分の頬に手を当てた。


「雷鳴は知らないようだけど、私はこれでも神職の端くれなので。毎日毎夜、欠かさず神にご報告して我が身の愚かを嘆いては心機を一転しているよ?」


 不思議なことを聞いたとばかりに惚ける初雪に、吹き出しかけて一斉に顔を逸らした神職たちが咳き込んで誤魔化している。あらあらとちょっぴり怖い笑顔で振り返る初雪から逃げるように頭を垂れた神職たちは、荷物の整理がございますのでと場を辞す許可を求めてくる。

 まだしばらく目を眇めるようにして神職の後頭部を眺めていた初雪は、そっと息を吐いて頷いた。


「どの神社に受け入れてもらうかはこちらで検討して知らせるから、それまでに用意は済ませておいて」

「「神と二の御心のままに」」


 更に一段頭を下げた神職たちは気まずさもあるのだろう顔を上げないまま後ろに下がり、少し離れてからそそくさと踵を返して社に戻っていった。

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