所構わず口説いてくるのはやめてください
「じゃあとりあえず、先に萌揺を説得してくるから皆はここで、」
「却下」
「認めぬ」
「それは如何なものでしょうか」
「俺は姫様についてくよ?」
「貴様はそろそろ護衛が何たるかを学び直せ」
「ここにいるだけで既に不敬三昧なのに、当代の側から離れられるわけないだろ!」
馬鹿なのかと泣きそうに噛みついてくる雷鳴だけならまだしも、表現こそ違えど全員に否定されて初雪は思わず目を眇める。
信用がないにも程がある。他のことならまだしも、萌揺に関しては二である自分にしかできないことのほうが多い。むしろ足手纏いはそちらですけれども? とうっかり口にしたくなるが、嫌がらせではなく自分を思っての行動ならば呑み込まざるを得ないのか。
「いや、顔に出てる。思いっきり。如実に語ってる、目が」
「煩い、雷鳴。口にしないのは理性でしょう。察したならそっちも理性を総動員させればいいじゃない」
「全員がそれをしてるって主張は必要だろ」
「弟というのは、なんて野暮な生き物なんでしょう」
「まったくじゃ。縁もあれこれと妾に口煩いぞ」
迷惑よなとにこにこと同意を求めてくる縁に、帝のご心痛をお察しすると言いたげに目を逸らした弥生は見逃さない。でもそれを口にするほど雷鳴のような野暮ではないのでするりと見過ごした初雪は、出ないのかともう半分部屋を出ている龍征に気づいて部屋を出る。まるで主が如く先に立って案内する龍征に続きながら、初雪は呆れた目を向けた。
「君はどこでも、自分の屋敷かのように振舞うね」
「? どこだろうと一度見れば構造は分かるだろう」
「そういう話では……、構造が分かる?」
今何か聞き捨てならないことを聞きましたがと眉根を寄せるのに、龍征は何に引っかかっているのか分からないといった顔をしている。
「外観と比較したら分かるだろう」
「普通は分からないと思うけど。……ひょっとして隠し部屋も探せば分かるの?」
「探すまでもなく、計算の合わんところがそうだ。──こことかな」
無造作に壁の一ヶ所を指した龍征に、まさか神社にまでと初雪も唖然とする。自分には知らされず以前からあったのか、曇天がわざわざ作ったのかはいざ知らず、ここの管理を任されていた曇天なら知っていたはずだ。何が隠されているのかと思うだけで痛む額を押さえ、小さく溜め息をつく。
「あの人を帝に引き渡した後で、またここに付き合って。知りたくない色々が見つかりそう……」
「別にお前が立ち会わんでも、適当に壊して処理してやるぞ」
「一見優しげな言葉に聞こえるけど、それって面倒臭いだけでしょう。そもそも神職として、神社の破壊は聞き流せない」
「なら奥として聞き流せ」
「君はそろそろ神官を嫁にした自覚を持って」
不敬に過ぎると顔を顰めると、知ったことかとばかりに鼻を鳴らされる。会った時から変わらないと安心するべきか、妥協もしてくれないと嘆くべきか。
「それにしても君にそんな特技があるとか、嫁いで三年は経つのに知らないことが多すぎる」
「心配するな、俺もお前に関して知らないことだらけだ」
これから知っていくんだろうと軽く肩を竦められ、顰めた顔のまま緩みそうな口許を堪えるという高度な技術を要求される。横目でちらりと窺った龍征が遠慮なく吹き出しているところを見ると、よほど変な顔をしているのだろう。
「女性の顔を見て笑うとか、無礼者」
「なら素直に照れろ」
「っ、所構わず口説いてくるのはやめてください」
「機を計る間にいなくなる奥がいるんで、無理だな」
きゃあぎゃあと軽口を交わしながら足早に歩いていると、後ろからつまらなさそうな縁の声が届く。
「何じゃ、思ったより霜月と仲良しなのじゃな」
「他人の夫婦円満を不満そうにしないで、ゆかちゃん」
「霜月がもっと阿呆で傲慢じゃったら、すぐにも離縁させてやったのに。そうしたら縁に心置きなく嫁げよう?」
「帝の側室は他所で探してください」
何度断ったら気が済むのとさすがに呆れて突っ込むのに、縁は誰が側室じゃと目を据わらせる。
「其方が是とするなら、妾が必ずや正室の座を空けてやろう。なに、緑子だとて其方を相手に譲らんとは言うまい。あれは信心深く、聡い女じゃからな」
「だから、円満な夫婦の仲を裂こうとしないで。緑子様は縁様の心の拠り所なのに」
「拠り所なら尚更、負担の少ない側室になったほうが潰れんですんでよかろう」
成る程、一理。などと思わず初雪も納得しかけたが、そのために負担の大きい正室を押しつけられるのは御免被る。
「絶対に御免です。何があっても断固として拒否します」
「何じゃ。そんなに縁が嫌いか? 時折妾のことを放って盛り上がるほど仲良しじゃろうに」
すぐ妾を除け者にするくせにと縁が口を尖らせているのは、振り返らないでも分かる。途端に龍征が不貞を疑うような目でこちらを見てくるのを見つけ、これだけ断ってるのが聞こえていないのと眉を寄せる。
「世の中には、兄弟や親友としては付き合えても夫としては受け入れ難い人種も存在するのです」
だから絶対に嫌、何があっても無理と頑なに頭を振る初雪に、雷鳴がまさかとそろりと尋ねてくるので強く頷いた。
「顔はともかく、性格は昊にそっくり……!」
「うわ……」
呟いたきり絶句する雷鳴に、ないよね有り得ないよねと強く同意を求めると細かく震えるように頷かれる。そうなんだよと強く拳を作るが、他の誰かにこの恐ろしさが伝わっている気がしない。
「皆、昊を知らなさすぎる……」
「まあ、後継として働き出してたとはいえ昊は主に啓蟄に留まってたからな。帝に目通りもまだだったろ?」
「妾も会うてみたかったのじゃが、年齢的に無理があったからのう。二や当主でなければ、成人しておっても五年は宮中に立ち入れん」
さっさと外環に出てくればよかったと頭を振る縁の言葉は聞かなかった顔をして、お前の兄の話かと僅かに目を瞠った龍征に尋ねられて軽く首を傾げた。
「どうかした? 何だか驚いた顔だけど」
「今までは詳しく話すのを避けてただろう」
だから敢えて触れずにいたんだと眉を寄せられ、ああ、と小さく呟いて少し視線を揺らした。
「……うん。もう一人の二に殺されましたなんて話、迂闊にできなかったからね」
避けてたかもと苦笑した初雪に、聞きたくなかったとばかりに弥生が遠くを見つめているのに気づく。すべての権利を剥奪するとの宣言に立ち会ったところで、二の悪行は知りたくないというのが一般的に考え方なのだろうか。
(末黒野は分かっていながら手を貸していたわけだし、ひょっとして最後まで共にされるかな……)
薄氷がいるので自分の身に関しては特に心配していないが、できれば貴重な人材は失いたくない。どちらにつくのが利になるかと忍らしく判断してくれればいいが、萌揺の特殊性を考えるとなかなかに難しいかもしれない。
とはいえここで一人深刻ぶって考えてみたところで、人生はなるようにしかならないのも事実。他人の感情の話なら尚更、面と向かって聞く以外に解決法があるだろうか?
いや、ない。
故に急ぐべきだと思い出して足を速めた初雪に、後ろから龍征の溜め息がついてくる。代表したのは良人だけだが、全員が何だか諦めている気配がする。まったく、失礼な話だ。
 




