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あまりの墓穴の掘りように、口を挟む暇もございません

「おお、初雪ましろ嬢、終わったか」

「こちらは何とか。皐月様は何をしておいでですか」

「何、暇だったのでな。葉月の爺と手合わせを」

「はっ、二姫から見ればお前も十分に爺よ。のう、二姫」

「あらあら。今この場で誰よりもはしゃいでおられたお二方を、誰が老将などとのたまいましょうか」


 お元気でいらっしゃいますことと凄みのある笑みを浮かべた初雪に、たった今まで殺し合いさえ楽しんでいたはずの二人がふらりと視線を逸らした。これは神職の気迫なのか、それとも単に初雪の胆力なのか。


 ともあれ初雪がそっと息を吐いて決着はまた何れ、と促せば二人とも素直に剣を片付ける。頼国はそそくさと皐月の側に寄って剣を受け取っているが、恐れていたように興奮気味に感想を洩らすのは控えている。青嵐あおらし様は素晴らしいの精神よりも、初雪殿に睨まれるのは怖いが勝った故だろう。

 とりあえず師走が明らかに捕らわれている今、何があったかの追及はしたくなくても勝利宣言はしていいのかと雷鳴こがねが確認しようとした時。


「常永様を放せ、この無礼者が!!」


 今まで口を開かないように陽炎に押さえつけられていた睦月が、必死に身を捩って逃れると怒り心頭に発した様子で怒鳴りつける。初雪がそちらに向き直る間にも睦月は必死で辺りを見回し、味方であるはずの龍征たちに何をしていると噛みついている。


「どうしてその女を好きにさせている、我らはその女を始末するためにここに集ったはずだ! 常永様が仰ったではないか、その女さえ始末すれば世界は救われる、」

「口を慎め、小童が!!」


 言い募る睦月に怒鳴りつけたのは、信康と将弘が捕らえていた石蕗。怒鳴られた睦月は相手を知って、年相応の様子でぽかんとしている。石蕗は誰も信じなさるなとぐるりを見回し、必死の様子で口を開く。


「お館様は如月の二と話し合うために来られたのだ、二を始末するなどその小僧の戯言に過ぎん!」

「つわ……ぶき、殿……?」


 何を言っているのかと呆然と呟く睦月を他所に、石蕗は皆様方も承知のはずと師走についた当主たちに縋るような目を向ける。


「我が殿は決して如月の二を害せとは仰せにならなかった、そうであろう!?」


 石蕗の主張は、確かに事実かもしれない。実際の話し合いを聞いていない雷鳴でもそう思うのは、はっきりとそんなことを口にするほど師走は愚かではないと知っているからだ。しかし、口にしていないからといって本心がどうかは分からない──否、はっきり言おう。師走がそんな命令を口にしたかどうかは関係なく、睦月に聞かせていたそれこそが本音だったのは火を見るより明らかだ。


 ただこれも師走の狙い通りと思うと口惜しいが、言葉にされていないなら察しただけの本音をして追求するのが難しいのも事実。石蕗が主の保身のために睦月を切り捨てようとしているのも分かるが、証拠もなく嘘だと言い募るのは難しい。


(言った言わないに関しては第三者の証言がない以上、水掛け論だからな……)


 まだ初雪にとっては脅威だと判じられているのだろう、陽炎が睦月を押さえつける手は緩められていない。地面に押しつけられたまま呆然としている睦月は突然親に突き放された子供めいていて、雷鳴は知らず視線を逸らした。


 目の前で初雪を始末しろと叫んだ、危険人物には違いない。それでも自分よりずっと年下の子供が、いい大人に罪を擦りつけられようとしている。このままでは師走のためにと暴走した睦月が勝手に初雪を殺そうとしただけで、師走は寧ろそれを回避しようと努めていたなんて茶番が罷り通ってしまう。


(だからって他の当主たちが庇うには、自分たちの進退までかかってるからなー……)


 師走が捕らえられた状態でここに姿を現した時から、睦月がどう喚いたところで勝敗は決していると言える。十二家が勢揃いしている場所で誰かが初雪を殺したとして、手を下した者が裁かれる以外に何も状況は変わらない。負けた側に与していた当主たちは少しでも罪を軽くすべく如何に初雪の安全に気を配ったかと主張するだろうし、そこに事情を察しもせず殺せと喚く誰かがいたならそれにすべてを押しつけるのが一番だからだ。


(最初から、負けた時は睦月を犠牲にする気だったのか)


 事情も分かっていないこんな子供にと苦い気分で考えるが、当主でもない雷鳴が口を挟めるところではない。せめて家臣は庇ってやれよと視線をやった時、


「はっ。その言い分が通ると本気で信じてるならお笑い種だな、石蕗」


 頭から馬鹿にしたように口を開いたのは、龍征。自分の家臣たちに取り押さえられている石蕗を見据え、酷薄に目を細めて続ける。


「さっき俺の目の前で初雪を殺せと叫んだのは師走で、躊躇なく従ったのはお前だろう」

「っ、霜月殿、確かにお館様はあなたの奥方殿と対立された。だがそれも水穂を思ってのこと、話し合うのが目的であられた。あなたの立場からすればお腹立ちはご尤もだが、あらぬ話でお館様の名誉を汚すのはやめて頂こう」


 とんだ言いがかりだと面と向かって反論する石蕗に、怯んだ様子はない。この場のほとんど全員が龍征の言こそが正しいと確信していても、これもまた水掛け論だからだろう。石蕗はあくまでも龍征の虚言だと言い張るだろうし、龍征やその家臣が出鱈目だと主張しても口裏を合わせて陥れようとしていると言われれば覆せるだけの証拠がない。

 どうするつもりなのかと思わず眉根を寄せると、龍征はその反応を待っていたとばかりに口の端を持ち上げた。


「若葉!」


 少し声を張って呼んだ龍征に、反応しかけた頼国はすかさず玄夜が取り押さえている。この場合、どう考えても呼ばれたのは頼広だ。


 予想に反せず人垣の後ろから姿を見せたのは頼広で、左腕に血の滲んだ布が巻かれている。進み出て軽く一礼した頼広に石蕗は渋面を作ったが口は開かず睨むに留め、龍征が代わりに周りの当主たちに頼広を紹介する。


「若葉頼広、石蕗の娘婿だ。お前はどちらの側についた」

「微力ながら、師走殿にご助力できればと馳せ参じました」


 お役には立てませんでしたがと目を伏せた頼広に、石蕗は何を言い出す気かと警戒心を滲ませている。それでも下手に口を開くのは得策ではないと分かっているのだろう、状況を呑み込めずにひそひそと囁き合っている他の当主たちと同様、表立って何かを言うことはない。


 龍征は石蕗など気に留めた様子もなく、証言できるかと突き放すように頼広に尋ねている。僅かに躊躇ったようだが小さく頷いた頼広は、真っ直ぐに龍征を見据えて言う。


「師走殿が如月の二を殺せと仰せになられ、義父がそれに従ったのを確かに見ました」

「っ、ふざけるな、貴様、いきなり何を血迷った……!」


 咄嗟に噛みついた石蕗は、はっとして他の当主たちに違うと声を張り上げる。


「これは確かに娘婿だが、皐月殿の後継と承認試験で如月の二に教えを乞うている。その時の縁で如月の二とまだ交流が、」

「確かに、頼広は儂と同じく二姫の世話になった。だが師走殿と二姫が対立されるとなった時、頼広は儂に暇乞いをしてそちらについた。それは石蕗殿、お主がいたせいと思うが如何に」


 冷たい眼差しで口を挟んだのは風炎かぜのおで、問われた石蕗は一瞬言葉に詰まったようだがすぐに気を取り直したらしい。


「婿殿がこちらについたのは、あなたの命であったのではありませぬか。若しくは如月の二直々かは存ぜぬが、」

「知らぬのなら知ったような口を利くな」


 何か確証でもあっての発言かと龍征が吐き捨てると、石蕗は身体を揺すって今にも立ち上がりそうになる。龍征の腹心たちが必死に押さえつけて何とか立ち上がるには至っていないが、自由に動けたなら確実に龍征の首でも絞めていることだろう。


「霜月殿のように、我らを中から撹乱しようとの故あってのことではないのか!?」

「まるで俺が撹乱したかのような口振りだが、俺はただ自分の奥を守るために参加したと言ったはずだ。それ以上のことはした覚えもないが」


 勝手に惑ったのはそっちだろうと鼻で笑った龍征は、沙汰を待つように軽く頭を垂れてそこにいる頼広に視軸を変えた。


「若葉、お前の意図はどこにあった」

「僅かなりと義父の力になれればと、」

「っ、口では何とでも言えよう!」

「ならば問う、最初に初雪に射掛けたのはお前だな。義父に認められたくて功に逸ったか、二のためと潜入していたなら抗い難い相手に命じられたか?」


 意地の悪い聞き方だ、と雷鳴は心中にひっそりと呟く。


 今の問いは、どちらと答えても師走にだけ不利だ。純粋に師走に与していたならさっきの証言は内部告発になる、潜入していたなら自ら初雪を射るはずがなく師走に命じられたことになる。どう転んでも師走が二を害そうとしていた証拠に他ならない。

 石蕗は頼広が口を開きそうになるのを見て、儂だ! と悲鳴のような声を上げた。


「お館様のためをと思い儂が勝手に婿に命じた、二を殺せと命じたは儂だ!!」


 そうだろうそうだったなと縋る石蕗に、頼広は一度視線をやったが何も答えずに眉を顰めて目を閉じた。これ以上は、とぼそりと呟いたまま顔を上げない頼広に石蕗はあからさまにほっとして、すべて儂の咎だと喚くように主張する。


 聞いていた当主たちは一様に複雑な顔をしていたが、よろしいかと怒気の孕んだ声を上げたのは神無月薄。割り込んで失礼をとあまり思ってもいないまま口先だけ謝罪すると、一歩踏み出した。


「如月の二が無事であられたのを前提にしての話だが、正直、どちらが命じたかなどどうでもいい。師走常永が私の目の前で父を惨殺したことに違いはないのだから」

「我が父にしても然り。とっくの昔に当主二人を手にかけておいて、今更師走は無関与だなどと俺は絶対に納得できない」

「っ、あれは、」


 水無月夕凪と二人、そう主張するのは尤もだろう。何か言い訳をと口を開いた石蕗はできるはずもなく視線を彷徨わせ、これでは話にならないと踏んだ全員が今までずっと黙りこくっている師走へと視線を変えた。けれど師走は槙也と蛍に取り押さえられたまま、下手をすれば今までの話も聞いていないかのように思い詰めた顔で地面の一点だけを見据えている。


 何があったのかと窺うように槙也と蛍を見るが、触るのも汚らわしいとでも言わんばかりの顔をした二人を見つけるだけ。

 埒が明かないと頭を振った葉月が、二姫とこちらもずっとだんまりを通している初雪に声をかけた。


「此度の争いは二姫が受けて立たれたもの。負けた側があれこれと口を開くも見苦しい、二姫はこれにどう決着をつけるが相応しいとお考えか」


 お聞かせ願えぬかと乞われ、初雪は不思議なことを聞いたとばかりに目を瞬かせた。


「決着など、暦家の間でつけられるものではございませんでしょう。暦家に問題がある時は帝が差配なさる、それが水穂のありようと存じます」


 完璧な神職に相応しい、綺麗なだけの笑みを浮かべて初雪はそう宣うた。

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