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なかなかに愉快な光景ですが、止めてください

 時折届く剣戟の音をぼんやりと聞きながら、雷鳴こがねは何がどうしてこうなったのかと遠い目をして考える。


 確か自分は暦家を二分する戦争に身を投じていて、ついさっき開戦してしまった以上は死に物狂いで戦っていて然るべきだ。けれど雷鳴の覚悟とは裏腹に戦場の空気はどこか緩く、温く、誰かの目を気にして剣こそ合わせているものの生命を賭けての死闘は繰り広げられていない。


「いやいや、現実は直視したほうがいいぞ、雷鳴。見ろ、皐月様の楽しそうなこと」


 若も楽しそうだわー、と乾いた声で笑うのは玄夜。雷鳴と同じほど遠い目をしつつも達観はしているらしく、現実を目の当たりにできる程度には肝も据わっている。


 まあ、何事にも例外というものは存在する。今この平原を戦場たらしめているのは、玄夜が指した皐月青嵐(あおらし)と葉月凌霄(のうぜん)の二人。自分の父親よりは少しばかり若い皐月と、それより一回り以上も年上の葉月はどちらも武勇で鳴らした武将だ。最近の御前試合は後進に譲って観戦に回っているが、そのせいで鬱憤でも溜まっているのか互いの姿を見るなり吼えるような声を上げていきなり戦い始めた。

 雷鳴が気づいた時にはもう激しく剣を交わしていて、初雪ましろがいない、師走もいないと恐慌が広がった時も勿論、一通り騒いで落ち着こうの結論に至った今も進行形で戦っている。当然ながら真剣勝負であり、顔や腕に傷を負って血が舞ったりもしているのだが、気にした様子もなくむしろげらげらと笑いながら戦っている神経は雷鳴には理解できないが。


「皐月殿はさすがだな、まず葉月殿の斬馬刀を砕かれたがいい判断だ」


 感心したように解説をしているのはいつの間にか隣にいる陽炎で、彼女も確か先ほどまで複数を相手に戦っていた。師走の家臣団は、よく主に従っていて最初から初雪を排除すべく殺気立っていた。一番の警戒対象だった石蕗は何故か師走側であるはずの義兄が相手をしていたが、残りのほとんどと対峙したのは陽炎一人であり、且つそのすべてを瞬きほどの時間で戦闘不能に陥れていた。

 御前試合などでの戦い振りを知らない無謀の輩ばかりだったようだが、それにしてもあまりの実力差に見ていた全員の腰が引けていた。味方と分かっていても雷鳴まで引いてしまったのは、墓まで持っていく秘め事とする。


 因みに師走の家臣と間違えそうな勢いで血気に逸っていた睦月千両は、無謀にも風炎かぜのおに向かっていって頼国にあっさり阻まれた。主の愚かを止められずとも放置するわけにもいかなかったらしい古参の臣下たちが何とか先に頼国に挑んだが、全員を倒すのにほぼ一呼吸ほどしかかかっていなかった。半分は渋々ながらの玄夜が受け持ったが、もうちょっと手加減を、相手の面子が云々と敵であるはずの雷鳴が同情したくなるほどの早さだった。


 考えてみればそれらを目の当たりにしたせいで無闇に突っ込んでくる者は少なくなった、戦場の空気を狂わせたのは初雪馬鹿である二人のせいといっても過言ではないかもしれない。


「そういう意味では、霜月殿も見事だったな。石蕗の得物は葉月殿のそれと同じく、振り回して打撃を与えるものだ。私たちが使うような細剣では論外、大刀に換えたところで威力は格段に落ちる。重すぎて同じ獲物を予備には持って来られんあたり、壊せば勝ちだからな」


 雷鳴が直視したくない気分であることを察そうともせず、自分がやりたかったと言わんばかりに陽炎は義兄の評価までしている。あー成る程ー、と雷鳴の相槌が随分と適当なのは、仕方がないと言ってほしい。そんな一部の人間にしか許されない業を、さも今後の対策とばかりに語られてもどうしようもないからだ。雷鳴の場合、相手の武器を折る前に自分の背骨が折られる想像しかできない。


 自分ができることは他人もできて当然、などと思うなよ。


(一応、親切のつもりなんだろうから言わないけどな!)


 武器を持って戦うことを、得意とする者ばかりではない。雷鳴が今もって無事でいられるのは先に上げた例外を除いたほとんどに真剣に戦う気がなかったことと、如月に剣を向ける剛の者が少なかったからに過ぎない。


(つく側を宣言したんだからもはや中立じゃないって分かってはいても、如月は武家というより社家って印象が強いからな。わざわざ神に喧嘩を売る真似はしたくない、って思ってくれる奴が多くて助かった……)


 巻き込んできたのは初雪だが、その初雪が神官であるがために助かった。なかなかに理不尽だ。


 その初雪の姿が消えて大分経つが、いつ頃戻ってくるつもりなのか。もはやこの惨状を止められるのはあの姉だけだ、面白がって戦っている二人の当主に至っては放っておけばどちらかが死ぬまで続けるに違いない。

 本来であれば身体を張って止めるべき臣下どもときたら、と八つ当たりを込めた恨めしい目つきで見る先に、


「青嵐様、そこです、さすがです!!」

「ええい、早く凌霄様に代わりの武器を持て……!」


 暢気に応援している頼国と、手を出しあぐねている葉月家家臣。

 多くを望むのはやめよう、と玄夜とは別方向に達観していると、ふと視界の端に蠢くものを見た気がして顔を向けた雷鳴は複雑な気分で眉根を寄せた。


「あー。国、水を差して悪いが睦月が復活してきてる」

「すまんが今はそれどころではない、雷鳴、上から乗っておけ!」

「乗っておけって、お前……」

「いくら峰打ちとはいえ、若に袈裟懸けに切られたんだ。肩と肋骨くらいは折れてるだろうから、それで動けなくなるって」


 俺はやりたくないから任せたと親指を立てる玄夜に、雷鳴は頬を引き攣らせる。

 いくら師走の腰巾着とはいえ、睦月はまだ成人したての子供だ。それが骨折を押してまで身体を起こそうとしているのに、上から圧し掛かるのは気が引ける。


「何だ、できんのなら私がやってやろう」


 初雪に似て優しいのだなと苦笑気味に笑った陽炎は、睦月が起き上がる前に側まで辿り着くと躊躇なく背中を踏みつけてそのまま押さえ込む。


「陽炎さんや……」


 子供を相手にえげつないと目許を押さえつつ嘆くように突っ込むと、初雪の敵に子供かどうかが関係あるかと吐き捨てられる。


「あ、足を退けろ、無礼者……! 女のくせに男を踏み゛っ」


 言葉の途中で潰れた蛙のような悲鳴が混じり、声も出ないほど身体を丸めて痛がっている睦月に雷鳴はゆるりと頭を振った。


 怒り心頭に発した陽炎が骨折箇所を蹴飛ばしただけで続けての攻撃に出ていないのは、できるだけ殺さないようにねと初雪の言葉があったればこそ。十二家の中でも珍しい女当主が性差別的発言をこよなく軽蔑しているくらい、幼くとも知っているべきだ。


「今時、男の女のって流行らんだろうに。そもそも陽炎さんの実力はさっき見た、」

「若に打ちのめされるのに忙しくて、そこまで見てなかったと思うけどねぇ。って、若、皐月様に近い近い、邪魔にしかならないんだから下がれ!」


 応援に熱中して身を乗り出させすぎている主の襟首を捕まえて、あんたが怪我をしたら俺が怒られると引っ張り戻しながらの玄夜の言葉に雷鳴は痛むこめかみを指でぐっと押さえる。


「まあ、仮にも暦家当主なら他家の当主を愚弄する発言は慎むべきだ」

「何、構わんぞ、幸いにもここは戦場だ。器も身体も小さい幼子など普段は相手にしないが、初雪の敵ならば容赦の必要もないからな。悔しいと思う気概があるのならかかってこい、完膚なきまでに叩き潰して身の程を教えてくれる」

「陽ちゃんったら、大人げなーい。そこがかっこいいー」


 からかうような声で咎めるではなく何故か讃えているのは、いなくなった時と同様にいつの間にかふらりと戻ってきた初雪。ちょっとお花を摘んでいましたとでも言わんばかりの暢気さだが、後ろからついてくる槙也と蛍が突き飛ばすように連れている師走を見れば、見ていないところで生命の危機さえあったのではなかろうか。


(薄氷がいる限り、実際には相手の命のほうが危機だろうけどな)


 師走は目に見えるほどの傷を負っていないようだから、今回は薄氷の出番はなかったのだと知れる。敵方のくせに当然のような顔をして初雪と共にいる義兄と、他称護衛の二人がいれば最強の忍も出る幕はないのかもしれない。


 陽炎は律儀に睦月を踏みつけたままもぱっと顔を輝かせ、初雪を見つけて嬉々とした声を上げる。


「初雪、よかった、無事だったか……!」

「陽ちゃんも無事なようで何よりです。でもちょっと……愉快なことにはなっているね」

「あのおっさんたち、まだやってるのか」


 飽きないのかとぼそりと突っ込んだ龍征に、皐月様が? と玄夜が嫌そうに聞き返し、凌霄様が? と葉月家家臣団が口を揃える。止め立て無用は、どうやら共通の認識らしい。


 陽炎に踏まれたままの睦月は捕らわれた主従を見つけて悲鳴でも上げかねなかったが、初雪との再会を邪魔されたくなかったらしい陽炎が再び骨折箇所を蹴ったことで一旦お預けを食らっている。その間に止めてしまおうと未だに剣を重ねている二人に向き直った初雪は、ゆっくりと両手を開くとまるで柏手みたいにぱんと手を打った。


「それまで!」


 凛と響く声が試合の終了を告げるように宣言すると、今にも打ちつけられそうだった剣がどちらもぴたりと止まった。

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