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殺意の方向が噛み合いません

 初雪ましろは感情のまま切りかかった槙也を軽くいなしている師走を見て、そっと息を吐いた。槙也や蛍は実力的には自分たちのほうが勝っていると踏んでいたようだが、予想通りに師走は二人と同等に戦えるほどの腕を有している。それはそうだろう、最強の呼び名も高い石蕗が親身になって教えるのだ、凡百程度の才能であってもそこそこ戦えるようになるはずだ。


 その実力が表に出ることを師走自身が避けていたとはいえ、水無月や神無月を殺害した時点で警戒すべきと判じられた。それを二人がしていないのは、主人を亡くした時点で時を止めたからか、考えることを放棄したからか。


 復讐をと拳を振り上げるなら相手の実力は一番に測るべきなのでは、と問いたい気もするが、そこは戦う力を持たない初雪だからこその画策と言われれば返す言葉はない。少しばかり計算を間違えたところで力押しでいける実力者なら、許される油断なのか。


(まあ、言ってもさほど大きな読み間違いではなさそうだけど。槙ちゃんがもう少し冷静に戦えたら、衝ける隙もありそうだし)


 視野も狭く力任せに振り下ろしているだけに見えるが、師走も大きな反撃には出られていない。素人の初雪でも見て取れるのだからもう少し落ち着きを取り戻せば或いは、と考えるが、槙也が我に返る様子はない。


 無理かなと思わず小さく呟くと、後ろから肯定した気配がする。ちらりと視線をやれば、白い唐衣を羽織って師走を誘き寄せてくれた薄氷がそこにいる。何なら代わりにやりますよと言わんばかりの視線で師走を一瞥され、駄目と頭を振ると不服そうではあったが誰にも気づかれない内にそっと影に潜んだのが分かる。


 いつもであればさっさとその白を脱いで側に堂々と控えるだろうが、今は頭に血が上っているとはいえちゃんと成終なりはつるの牽制にも努めてくれている蛍がいる。この数と力量なら守りを任せても平気だと判じられたのだろうが、それは必ずしも二人が師走に勝てるという算段とは重ならない。


(薄氷の場合、自分が手を下せば終わるっていう頭が常にあるからなあ……)


 二人に本懐を遂げさせてやりたいとの人情ではなく、どれだけ馬鹿げた主の我儘でも受け入れられる腕があるだけ。影としては正しい姿なのだろうが、そろそろ人前で喋ることも教えたい。

 ──違う。今は薄氷の話ではなく。


「っ、いつまで遊んでるんだよ、狭霧! 退け、俺がやる! じゃなきゃお前ごと射る!!」

けいちゃん」


 放っておけばやりかねない蛍をさすがに諌めると、反論したげに振り返って睨まれる。その隙に成終の一人が初雪に向かってきたが、すかさず姿を見せた薄氷がさっくりと始末をつけて再び影に潜む。

 それを見て舌打ちをした師走に視線を向けて、初雪はにこりと笑いかけた。


「互いに影を使うは許容範囲にございましょう?」


 片や全力での攻撃に、片やただの防御に。どちらのほうが批難されるべきかと言外に込めて見据えると、師走はふんと鼻を鳴らした。


「神職が血の穢れを厭わんとは、落ちたものよな」

「その神職の前で剣を振るう、暦家当主に言われる覚えもございませんが。そもそも穢れを厭うべきは帝であられて、祓うが神職の務めにございます。──たまには神社かみやしろにおいでになって、説教をお聞きになられては?」


 そんなこともご存じないなんてと哀れみを込めて勧めると、かっとなって怒鳴りつけようとした師走の隙を上手く衝いて槙也が攻め込む。咄嗟に意識を切り替えて上手く凌いだ師走が、三人がかりとは卑怯なと本気の強さで吐き捨てるのを聞いて思わず呆れる。


 実際に師走と剣を交えているのは槙也だけ、師走が勝手に初雪を気にかけているに過ぎない。黙って嫌味を聞き流せるほど大人でないのは認めるが、では三人目に数えられた蛍は間断なく誰に向けて矢を放っているというのだろう? 頼国たちが結構な数を切り捨てたはずなのに、まだうじゃうじゃと沸く成終、そのすべて師走一人の内に数えておいてこちらは三人がかりとは。


「そちらの厚顔は今に始まった話ではないとはいえ、大分不愉快です」

「自分のことを棚上げして儂を厚顔とはよく言えたものだな、小娘! 貴様が存在するだけでどれだけ世界が歪んでいることか……っ、知った上でよくも抜け抜けと!」


 槙也の剣を力任せに振り払って怒鳴りつけてくる師走に、渾身の殺意を込めた矢が放たれる。身体を逸らした師走は鼻先を掠めそうなぎりぎりのところでどうにか切り落としたが、息をつく間もなく背後から切りつけられ、慌てて身を捩ったものの肩口に傷を負って軽くよろめいている。


「俺の世界を歪めたのは姫様じゃない、お前だ!!」

「あの女が言うように、厚顔にも程がある。要様を手にかけた分際で、抜け抜けと生きているのは貴様のほうだ!」


 逆鱗を引き剥がされてより理性を失っているが、研ぎ澄まされた殺意は確実に師走に届いている。もはや師走しか見ていないせいで成終に排除されかねないが、そこはできる影である薄氷が即座に対応してくれている。この際、忍は忍同士、武将は武将同士で片をつけてもらおう。


 因みに今度こそ本当に二人がかりになっているが、後ろに初雪というお荷物を抱えた上に総数としてはまだこちらが不利なのだから許容範囲としておく。

 尤も、いきなり不利な状況に陥った師走としては何かを大目に見る寛大など持ち合わせられるはずもなく。すっかり取り繕うことも忘れた敵意も剥き出しの顔で、目前の二人を──初雪を睨んで吐き捨てる。


「主に殉じることもできん小物どもが、鬱陶しい……! 死にたくなければそこを退けっ」


 その主を直接奪った元凶の不用意な一言で、ぶつりと切れた音が聞こえた気がした。止める術さえ失ったと気づいて初雪が少し下がると、逃げる気かと見咎めた師走が声を張り上げた時には先ほどとは比較にならない速さで槙也が切り込んでいる。蛍は逃げ道を塞ぐように射掛けており、徐々に師走の顔色が悪くなる。

 助けを求めるように成終をちらりと見遣るが、今立っているのはもはや二人だけ。そしてその二人とも、薄氷から目を外すこともできない状況まで追い詰められている。


「っ、他家からわざわざ引き抜いて復讐を唆すとは、神の教えを諭す神職が聞いて呆れるっ。貴様も神に仕える者の端くれならば、人を害することを推奨するな!」

「神や教えを口にされるのならば、そもそも何故あなたは水無月殿や神無月殿を手にかけたのです。自分がするのはよくて他人は制せよなど、私には恥ずかしくてとても言えません」

「好きで儂が二人を誅したと思うか!? あれは民が望んだ、」

「望んでない! 俺も、小暑の他の人間も、誰も望んでなかった! お前の言う民って誰だよ!?」

「立冬も然り。貴様が唆した一部の馬鹿どもが騒いでいただけだ。それも皆、要様に使えぬと切り捨てられたが故の逆恨みであって、民は要様の排除など望んでいなかった!」


 戯言を言うなと蛍と槙也の悲鳴じみた反論に、師走は剣を押し返しながら鼻で笑った。


「戯言はどっちだ、所詮は狭い世界しか知らん小物が。お前たちの周りが如何に主を讃えようと、それだけが現実ではない。横暴で傲慢な領主から逃れたいと思う者のほうが多かった、だから儂が代わって手を汚したに過ぎん」


 感謝されこそすれ責められる覚えなどないと断言する師走にとっては、きっとそれが事実なのだろう。そう思いたいのか、誰かに吹き込まれたのかは知らないが、そうでなければ自分が責められるという意識はあるらしい。だから、信じる。自分が正しいと信じ、主張し、他人に信じさせることができればそれは世界の事実になる。ずっとそうして生きてきたから、他の現実は受け入れない。


 嗚呼。


 これはこれで不憫な人なんだなと思い知り、初雪は深く深く息を吐いた。

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