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たまには楽しい出会いも必要です

 鐘秀しょうしゅう平原を抜けた林で待ち構えていた将弘は、僅かな足音に気づいて抜いたままだらりと下げていた剣を持ち上げた。それを見て側で控えていた部下たちも静かに剣を構え直し、指先だけの指示に従って少し広がると足音を忍ばせた如何にも忍の数人がその先に進めぬよう切りかかる。

 先の何人かと同様に僅かに驚いたように目を瞠り、けれどそれだけで驚愕を払拭させると即座に応戦してくる。面倒臭いと内心にぼやき、部下の一人を斬って通り抜けようとした忍の一人と対峙した。


「悪いけど、この先には行かせない。自領の民が傷つけられるのを黙って見過ごすほど、うちの殿は冷血じゃないんでね」


 あんたらが誰かは知らないけど、と嫌味たらしくわざわざ口にして、将弘はにいと笑って見せた。


「二を一目見ようと集った民が帰るってだけだろう、そんなに殺気を振り撒いて何の用だ?」

「……」


 将弘の軽口に反応することなく黙って切りつけてくる相手の剣を受け止めて何合か打ち合い、腹を蹴りつけようとしたのに後ろに跳び退って避けられる。ちっと音高く舌打ちしながらも間合いを詰めて再び切りかかり、煩わしげに相手の顔が歪むことに少しだけ溜飲を下げる。


「あんたらもお仕事なんだろうけど、武器を持ってたってろくすっぽ使えない相手の背中を切りつけて楽しいか?」


 楽しんでるなら悪趣味だなとあからさまに顔を顰めて見せると、相手の眉根が寄る。忍としては無表情を保てないのはどうかと思うが、人間的でよろしい。もう少しつつけば退かないだろうかと言を重ねようとするが、将弘様! と悲鳴めいた部下の声に視線を揺らす。

 その隙に切り捨てるではなく通り抜けようとした相手を剣の柄で殴りつけて無理やり転ばせ、近くの部下に押さえろと短く命じてから呼ばれた先に向かう。


「申し訳ありません、一人先に、」


 腕から血を流しつつも必死に報告され、俺が追うと言い置いて走り出す。


「お前らは絶対にここで足止めしろ!」

「「はっ!!」」


 命に換えてと揃う声に、そこは粗末にするなよと心中にぼやく。武家の悪い癖だと初雪ましろが嘆いたように、将弘にも受け入れ難い表現だ。自分がやりたくないことは、他人にも強要したくない。


(珍しいけどいい心がけだって、しろちゃんが褒めてくれたっけなぁ)


 信康には苦い顔をされたが、龍征も生きて俺の役に立てと笑って受け入れてくれた。従弟だからというだけでなく、誰に対してもそう受け入れる龍征だからこそ仕える甲斐があるというものだ。


「でもここで一人でも逃がしたら、ぼろくそに言われるのも知っている……っ」


 大半は始末したのにと主張しても、全部と言えば全部だと烈火の如く怒り狂う姿なら想像に難くない。初雪が嫁いで以降、少しは丸くなったのも事実だけれど。その初雪がかかると、以前よりひどい完璧主義になるのもまた事実。


「役に立たないなら死ねって本気で言うんだ、ひでぇ主君だと思わねぇ?」


 実際には言うだけで命までは取られないが、確実に家臣団から除名される。従弟なのに。兄弟同然に育ったのに。一切を鑑みずに切り捨てる、初雪が取り成してくれても下手をすれば一年くらいは見放される。


 思わず身体が震える恐ろしい想像を振り払いがてら、追いついた背中に剣を振るう。振り向いて受け止めてくるのはさすがだが、さっくり終わらせてくれてもいいのに。


「忍相手に複数人を守りながら戦うとか、無茶もいいところだろうに。なぁ?」

「っ、」


 連続して切りつけると、耐えかねたように一歩引かれる。どうやら正面から切り合う戦い方には慣れていないらしいと踏んで力を込めるが、ざっと地面を蹴って土を舞い上げられ一瞬目を閉じてしまった。まずいと慌てて袖で目元を擦って目を開くと、少し先を行く忍は前方に立ち塞がった人影に剣を向けかけたが構え切る前にどうとその場に倒れた。


 土が少し入って痛がっていた将弘は軽く瞠目し、一瞬で忍を片付けた相手に目を凝らす。自分が戦っていたのはてっきり師走が遣わした成終なりはつるだと思っていたが、違ったのだろうか。ここで相手をするには面倒そうだなと相手の実力を測っていると、


「若ー。何やってんの?」


 まだ追手でも? と後ろから聞こえたそれに、若と呼ばれたらしい相手は振り返って複雑そうに将弘を示す。


「一人は斬った。もう一人は成終を止めようとしていたようだが、敵と思うか」

「敵の敵は味方、ってわけでもないと思うけどー。て、あれは駄目。あれは敵じゃない」


 あんたも少しは有名どころの顔くらい覚えてなよと顔を引き攣らせたのは、身のこなしからして忍らしい。諌められた相手はそうかと軽く反省し、何方かと促している。


「霜月の親戚筋。秋灯殿だ、怪我でもさせたら姫さんが怒るぞ」

「これは、失礼した」


 忍の忠告に慌てて剣を片付けて一礼してくる相手に、いやいやと将弘も思わず苦笑する。


「そんな簡単に剣を引くとか、どうかしてるって。俺が切りかかったらどうするんだよ」

「? 受け止めようが」


 不思議なことを言うとばかりに真顔で返されて絶句すると、すみませんねぇと忍が呆れ気味に謝罪してくる。


「これでもふざけてるわけじゃないんで、ご容赦を。で、秋灯殿はここで何を?」

「龍の命令で、成終の足止めを。この林を抜けて炉全ろぜんの町にでも入れば、誰が平原に集ってたか建前上は分からなくなるわけだし。文披ふみひらきでもない忍が大衆の面前で誰かを傷つけて申し開きは難しいなら、ここを守り切れば集まった民も逃げ切れるかなってさ」

「成る程。霜月殿も姫さんと同じ考えだってわけか」

「それならば先ほど、最後の民が炉全の町に入ったのを見届けた。戻りがてら成終の数を減らそうとしていたところだが、そちらはもう引き上げて頂いて構わない。ご協力に感謝する」


 深々と頭を下げた若に、将弘は不思議な人間だなと苦笑しながら提案する。


「手柄を横取りする気はないんだけどさ、あんたたちが倒してくれた分も俺たちがやったってことにしたほうがいいと思うけど。ああ、しろちゃんにはそのまま報告するとしても、こっち的にはって話ね」


 一応親切のつもりで言ったそれに、若は複雑そうな顔をして自分の忍に振り返っている。お気に召しませんでしたかねと窺っていると、いやそりゃ姫さんのことだろと解説された若は愕然としている。どうやら将弘の提案よりも、呼び方が気になっていたらしい。


「そ、そのように気安く呼ぶなど、っ、初雪殿とはどのような……っ」

「落ち着け、若ー。言っただろ、霜月の親戚筋だ。今や姫さんにとっても親戚だ」

「あー。悪い、龍にもよく気安いって怒られる。でも、しろちゃんは気にしないって言うからつい」


 改めたほうがいいのかと反省しつつもうっかりそのまま呼ぶと、若はますます複雑な顔をしたが結構だと額を押さえつつ頭を振った。


「初雪殿がいいと言われたものを、俺がどうこう言う筋合いはない……。提案に関しては、師走への言い訳にということだろうか」

「そうそう。下手すると民の護衛に出した忍衆が、害しに来ていたしろちゃん側の人間に殺されたって大騒ぎしそうだろ。その点、俺たちなら龍がしろちゃんと敵対する気はないって表明してるから、集まってた連中が平原から出るのを見届けてるところに出くわした、攻撃してきたから返り討ちにしたって押し通すし」


 変に付け込む隙を与えることもないだろうと肩を竦めると、若が忝いと頭を下げてきた。


「そこまで考えが至らず、危うく初雪殿にご迷惑をおかけするところであった……。こちらからお願いすべきところを、鈍くて申し訳ない」

「こちらこそ、取り逃がしたのを始末してもらって助かった。……えーと、若葉殿でよかったかな」


 思い出すのに今までかかった、なんて言わない。確か皐月殿の側でちらっと見たことがある、いるだろう今も師走の側に、胃痛が堪え切れないみたいな顔をしていたあれは誰だっけー! と必死に記憶を辿ったわけでもない。後ろの忍はそう言いたげにこちらを見ているが、当の若──若葉ははっとして再び謝罪してくる。


「名乗りもせずに大変失礼したっ。皐月青嵐(あおらし)様にお仕えする、若葉頼国と申す」

「秋灯将弘、霜月龍征の臣下だ。次に見えるのは多分戦場だろうけど、さっきも言った通り霜月は如月の二と敵対はしない。明言しておく」

「承知した。ご存知だろうが、初雪殿にもお伝えする」


 堅苦しいまま頷く若葉に将弘も笑い、頼みますと頭を下げる。初雪の側にいるのがこの生真面目な男でよかったと安堵していると、俺からもいいですかねと忍が軽く手を上げた。視線をやるとそれを了承と受け取って、厚かましい願いですが言伝をと恭しく一礼して、とんと若葉の背を突いた。そこでようやくはっとしたらしい若葉が、軽く身を乗り出してきた。


「もし万が一、で構わないのだがっ。兄上──若葉頼広と会うことがあられたなら、ご無理はなさらずとお伝え願えまいか」

「姫さんも皐月様も望んでおられない。そうする前に奥の顔を思い出せ、は姫さんからの言伝で」


 初雪からの言伝。師走に知られてはならない極秘かと心中に考えるが、この変わった主従を嫌いになれないなら答えは決まっている。


「分かった。神楽の数は少ないけど、そのくらいは何とかする。代わりに俺も、しろちゃんに伝えてもらっていいかな。あんまり心の臓に悪いことはしないで! って、頼む」

「承知。因みにそれは、姫さんの? あんたの?」


 分かった上でからかうように語尾を上げた忍を、諌めるように若葉が肘打ちする。無理なく笑った将弘は、そんなの当然と指を立てた。


「俺の!」


 えへんと胸を張って自分を指しての宣言に、若葉も苦笑じみて笑う。


「お伝えしよう。では、後始末を押しつけるようで心苦しいが、我らはこれにて」

「始末した連中は、向こうで一纏めにしてあるからご自由に。それじゃあまた、戦場で」


 堅苦しく頭を下げる若葉と、軽く手を上げる忍は諌めたりおどけたりしながら歩いていく。見送っている間にそっと後ろで控えていた部下たちが側に寄ってきて、よろしいのですかと尋ねてくる。


「よろしいも何も、しろちゃんの味方を斬るわけにはいかないだろうに。言伝も頼んだし、龍の指示も守れたなら俺たちも引き上げるぞ」


 若葉兄との接触方法や、師走を責める作業は龍征に丸投げすればいい。今は面白い二人に会えたことだけ楽しんで、報告に戻るとしよう。

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