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期待は裏切ってこそ、と存じます

「さて、宣戦布告を受けたわけですが」


 今時こういうことをする人っているんだねと感心したように言う初雪ましろは、軍使が齎した布告状を一瞥しただけで雷鳴に押しつけてきた。


 啓蟄の如月本邸に味方についてくれた顔触れが揃うのを待っているのかと思いきや、初雪は龍征と別れて十日も経たない内にさっさと全員を引き連れて移動した。春領は弥生の治める清明を除いてこちらの陣営なので、戦前のぴりぴりした空気とも無縁に小暑の水無月邸に身を寄せたのが昨日。啓蟄には来ていなかった皐月や神無月も既に揃っており、今日も朝早くから一堂に会している。

 つまり今この場には暦家の当主や側近がずらりと並んでいるのだが、姉は誰を前にしてもいつも通りすぎて雷鳴こがねの胃はきゅうと痛む。


(恨むぞ、あさぎ……!)


 昊がここにいてくれれば、雷鳴は偉大な兄の影で痛む胃を押さえていればよかったはずなのに。代わりを探して視線だけを動かすが、相変わらずの仏頂面で黙りこくっている父親も、いつもの喧しさを微塵も感じさせない大人しさで無言を貫く玄夜たちも当てにはならない。

 こんな時だけ空気を読むなよと幼友達に対して内心毒づきながらも、自分の役目を受け入れるしかないと諦める。


「開封もされてないみたいだけど、受け取ったら普通は読まないか」

「読まなくても見当はつくじゃない。話し合いに応じられたし、否やなら武器を取るも辞さない。一月後に立秋の鐘秀しょうしゅう平原にて剣を交えたし、来られぬようならば負けを認めたとする。民に負担をかけさせないために、叶う限り暦家とそこに従う武家で解決されたし。帝のお手を煩わさぬよう早期解決を望む」

「……概ね合ってる」


 お前が書いたんじゃないだろうなと布告状を広げた雷鳴が疑わしく語尾を上げると、あらあらと初雪が自分の頬に手を当てて笑った。


「私が書くなら一言、師走を出せ。に尽きるけど?」


 決して目は笑っていないまま冷たい声で答えられ、愚問でしたと頭を下げる。


「けど日にちや場所は、どうして分かったんだ」

「そこは、どうして雷鳴が分かってないかのほうが不思議だけど。ご当主の方々は、とっくに想像がついておられましたよね」


 何を言い出すのかとばかりに首を傾げて問われ、話を振られた当主たちは幾つか候補はあったがと頷いている。まるで置いてけぼりの気分で雷鳴が眉を下げると、幼い頃に別邸で教えてくれていた頃のように初雪が解説をしてくれる。


「戦場に選ぶなら逃げても行く手を遮れるから、味方の領地が続いているほうがいいよね。そういう意味では冬領が啓蟄にも近いし理想だけど、内環うちのわに逃げられたら困るから立春は却下。大雪は領民がいつ敵に回るか分からないから却下。小寒は自領を踏み荒らされたくないから却下。で、冬領は外れる。春領は、ほとんどが敵地だから却下。残る二領で前述の条件から言うと本来なら白露が理想だけど、凌霄のうぜん殿に一喝されて却下。しょうがないなぁ、戦いやすい平原があるなら立秋か。鐘秀かー。じゃあそこで。夏になったら戦い難いから、それまでって考えると準備期間が一月しかないけどこの辺でいいか。と考えたのだと思われます」

「途中から説明する気力を放り投げるのをやめろ」


 納得はしたけど感心し難いと文句をつけると、そこも忠実に再現したんだけどと初雪は皮肉げに語尾を上げた。


「師走さんのことだから、前半だってもっと適当だよ。冬領でやって自領が被害を受けたらどうするんだ却下。を、こうして取り繕うだろうなって補足しただけで」


 そういう人じゃないと軽く肩を竦める初雪に、雷鳴も返す言葉を見つけられない。曰くご尤も。


「思考の流れはともかくっ。場所に見当がついてたなら急な移動も理解できるけど、こっちに布告状が送られてきたってことは相手にも読まれてるってことか」

「これは啓蟄に届いたのを、今日届けてもらっただけです。師走さんは程よく私を侮ってくれているご様子なので、今の内につけ込みました」

「つけ込んだって、」


 どういう意味かと雷鳴が眉を顰めると、師走のことだと皮肉げに口を開いたのは皐月青嵐(あおらし)


「儂らの移動を検知していたなら、道中に何を仕掛けられていたか分からん、ということだな」


 酷薄な笑みで物騒を告げられ、雷鳴は知らず目を瞠った。けれど暦家の当主たちに驚いた様子はなく、やりかねないどころかやるだろうとの確信を持っているのが分かる。


「発想が同じというのは気に食わないが、効果があるには違いない。奴らがまだ清明にいるのなら、家で迎え撃ってやっても構わんぞ」


 やってやるかと嬉々とした陽炎が初雪に尋ねると、家でも構わんと面白そうに青嵐が尻馬に乗っている。いやいや落ち着きましょうよと、どうやら誰も止める気がないらしいと見越して雷鳴が頬を引き攣らせながら宥め役に回る。


「やっても師走本人には届かないだろうし、半端に襲った事実だけを論われても癪じゃないですか」

「こっちがそういう常識的な判断に基づいて行動するだろうから襲われない、って高を括られてるのも業腹だけどね……」


 いっそ本人に届くように計算しての闇討ちもありかもしれないと、心中に留めた初雪の本音が聞こえる気がして雷鳴はより頬を引き攣らせた。いくらこの場にいるほとんどが初雪という人間を知っているとしても、建前というのは必要だ。主に雷鳴の心の安寧のために。絶対に。


 そう考えるのは雷鳴だけではなかったらしく、


「師走ほど厚顔になれないのなら、読まれていたとしても手出しはしないほうが賢明だ。まさか如月の二がそんな手を使ったとなれば、あちらがまた騒ぎ立てるのも目に見えている」

「既に武力で立ち向かうと定めた二であれば、今更ではありませんか?」

「っ、お前は二を何と心得る!」


 それ自体がおかしいのだと声を荒らげるのは、父親の如月常夜(くろ)。庇い立ての余地もないほどの正論だが、初雪は普段のように笑顔で受け流している。人目を気にして父親が言葉を呑むのも、計算の内だろう。


 話題を変えよう。と衆人環視の元での親子喧嘩から目を背けたい雷鳴が視線を巡らせると、発言の許可を求めるように軽く手を上げて注意を引いてきたのは水無月夕凪みなづきゆうなぎ。冷静に考えれば場を仕切る資格は雷鳴にはないものの、律儀なその姿に思わずどうぞと促してしまった。


 一つ頷いた水無月家の現当主は、残虐ではあったが偉大な父と比べて印象こそ薄いもののかなりの偉丈夫だ。仇討ちに逸る蛍ほどではないが師走に対する敵意は十分なようで、急かすような早口で問う。


「それよりも布告状が届いたなら、こちらは誰を軍使に遣わすのか尋ねたい」

「え。誰も行かなくて構いません、そんな危険な任務には」


 来ていないとして殺されては目も当てられないのでと、何を恐ろしいことを言い出すのかとばかりに即答した初雪にしかしと夕凪は食い下がる。


「如月の二が心配されるのは尤もだが、さすがの師走でも軍使を殺したりは、」

「しないと思われるか、水無月の」


 ご尊父があのような目に遭われたのにと静かに口を挟んだのは、神無月薄かんなづきすすき。師走の凶刃から父を守るべく盾に入ったせいで左目と剣を失い、肩から腕にかけてひどい傷跡が残っているらしい。未だ生きているのは、どれだけ残虐であろうと父を庇うは子の鑑と師走が温情をかけたからだ。


 尤も、薄にしてみれば何が温情かと吐き捨てたいところだろうが。実際のところ、師走のそれは人目を気にしての演技じみた行為だ。断罪されるべきは非道な領主のみという、自分の意見を声高に見せつけたがったに過ぎない。


「っ、それは、」


 唯一この場で同じ境遇の人間に指摘され言葉を失った夕凪を他所に、薄は初雪へと視線を変えた。


「しかし二姫、軍使を出さぬ理由は師走さえ承知だろうが、それを理由に向こうを付け上がらせるも業腹ではないか。家の者でよければ軍使に出そう、例え殺されても必ずや師走に一矢報いよう」


 できるなら自分が務めたいと言い出しかねない薄の言葉で、後ろに控えていた竜田董源たつたとうげんが顔を上げた。要が当主になる前から長く神無月に仕えていた古参の臣下で、槙也ほどではないにしろ師走を敵と憎んでいるのは目を見れば分かる。まだ当主の座に就いて日も浅い薄を支えるべく普段は感情を殺しているのだろうが、機会さえ与えられれば今にも乗り込んで行きたいのだろう。


 そんな役目なら自分がと今にも言い出しそうな槙也と蛍をちらりと窺うと、二人とも珍しく大人しく控えている。とはいえ納得がいっていない証拠のように唇を噛んだり口を曲げているところを見れば、どうやら先に類する発言をして既に叱られているのだろう。


(初雪を振り払って暴走しないことを感心したらいいのか、それを止められる初雪を恐れたらいいのか……)


 ここの関係性もどうなっているのかと遠い目をするが、気づかなかったことにしようとそっと考えるのをやめる。それよりも今は、犬死を覚悟している相手をどう止めるべきか、だ。


「説教臭いことを言うのは嫌ですが、神に与えられた生命は一つきり。無駄と分かっている時に玉砕しに行くより、機会を窺っては如何ですか」


 どうせなら確実に手の届くところまで行って殴りましょうと笑顔になる初雪に、神職の説法からは程遠いなと苦く考える。せっかく神云々を持ち出しても胡散臭くない立場にいるのなら、最後まで綺麗事で通せばいいものを。


「っ、しかしながら途中での襲撃もせず軍使も出さずと、このままでは師走の掌で踊らされているようではありませぬかっ」


 師走を否定したいなら、奴のしそうなことはしないに限る。やってしまえと逸る水無月や神無月を止めるのが、体面のせいか神職の慈悲かはどうでもいい。師走にとっては“考えても行動されない”ことが重要であり、実際にそうすると決まりつつある今、思惑通りに進んでいるのが屈辱だという意見は雷鳴も賛同するところだ。


 けれどこちらも大概負けず嫌いの初雪が諾として受け入れているはずもなく、あらあらと楽しげに悪戯っぽく語尾を上げた。


「誰が軍使を出さない、と言いました?」


 確かに、誰も行かなくていいとは言っていた。出さないとは言っていない。その事実から導かれる答えに嫌な予感しかしなくて、まさかの声は奇しくも父親と揃った。


「行かないよな、初雪が自分で乗り込んだりしないよな!?」

「お前にはまだ如月の二として職務を全うする義務がある、馬鹿な真似はするな!」


 絶対にだと必死に止める雷鳴たちのそれで、周りの当主たちもざわつき始めるが。初雪は気に留めた様子もなく、


「まさか」


 どちらとも取れない発言をして、やたらと綺麗に淑やかに笑って見せた。

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