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不穏を仲良しで包んでいた時期もありました

 皐月家の要望を受け、後継候補の教育を引き受けることになったのは如月にとってもいいことだと聞いた。雷鳴こがねにはよく分からなかったけれど、あさぎ初雪ましろがいいと言うのだからいいことなのだろう。ただ邸にいる時間そのものが少ない初雪が、しばらく別邸に篭りきりになって碌に会えなくなるらしいのは残念だった。


 だから二日前から皐月の客人を迎えるために別邸に赴いたはずの初雪が帰っていると聞いて、雷鳴はちょっとばかり期待して呼ばれた彼女の部屋に向かった。ひょっとしたらあまりに失礼な客人に愛想を尽かして、帰ってくるのではないだろうか。


「初雪姉様」


 帰ったのと声をかけつつ、勝手に襖を開けないと叱られたのを思い出して襖前の廊下にちょこんと座る。どうぞの応えを待っていると何故か中から開けられ、入ってこないのかいと笑いかけてきたのは昊だった。


「昊、勝手に開けないで」

「いいじゃないか、雷鳴なんだから。ほら、おいで」


 咎める初雪と裏腹に優しく招いてくれる昊に顔を綻ばせ、でも前回言われたことを思い出して慌てて両手を突いて頭を下げた。


「お邪魔します」

「はい、どうぞ」


 よくできましたとやっと褒めてくれる初雪の声にぱっと笑顔になると、昊がくしゃくしゃと髪を撫でてくる。嬉しくなってにへーっと笑うと、早く入って閉めてと尖った声にはっとして部屋に入り、襖を閉める。


「厳しいなあ、初雪は。雷鳴はまだ六歳だよ」

「私も昊も五歳で承認を受けられるまでになってたんだから、雷鳴だってそのくらいできないとだめ」


 馬鹿にされるのは雷鳴なんだからと眉を顰める初雪に、反論し難いと昊がそっと嘆息した。


「せっかく気楽な三に生まれたのになあ」

「気楽に生きてもいいけど、礼儀と教養は身につけないとだめ。風炎かぜのおさんと一緒に来た頼国君も六歳だけど、ちゃんと主君を庇えてたよ」


 雷鳴もそのくらいできるって主張しないとと拳を作る初雪に、あれはあれで姉馬鹿なんだよと昊がそっと耳元に囁いてくる。けれど聞き咎めた初雪に責められる前に体勢を戻し、もう対面したんだったねと話を変えた。


「その風炎さんが皐月家の後継か。どんな感じだった?」

「馬鹿」


 一言でばっさりと切り捨てた初雪に、昊は一瞬ぽかんとして盛大に吹き出した。


「そうか。とりあえず皐月家とは縁を深められそうかい?」

「頼広さんが頑張ってくれたらね。あ、若葉さん家は優秀。高砂さんは知ってる?」

「確か若葉に仕える家じゃなかったかな。家に負けず劣らず優秀らしいね」


 雷鳴にはついていけない話を始める兄姉は、兄でさえまだ元服前の十三歳だ。如月の後継として既に当主の補佐についており、生まれた年を偽っているのではないかと畏怖を込めて囁かれている。姉に至ってはまだ八歳のはずなのに、たった五歳という史上初の年で帝の即位を取り仕切った異例の二だ。自慢に思う反面、こうして時々ついていけない話を繰り広げるのがつまらない。分かる話にならないかなとぼんやり待っていると、昊がようやく雷鳴も聞きたかった話を切り出した。


「けど、何も初雪が直接教えに行かなくてもいいんじゃないのか」


 今からでも教師をつけてはと水を向ける昊に雷鳴も大いに賛成するが、初雪はそう言われてもねぇと気乗りしない様子で眉を上げた。


「家にいても暇なだけだし。薄氷がしばらく本格的に修行を積むから、三年ほど出歩かないでくださいって言われたの。なら別邸での教育は家からも皐月からも護衛がつくし、好き勝手には出歩けないし。好都合でしょう」

「ああ、専任修行か。けど薄氷はこれからにしても、既に専任修行を終えた者はいるだろうに」

よもぎね。彼は雷鳴についてもらった」


 昊の問いかけに何でもなさそうに答えた初雪のそれで、ぼんやり聞いていただけの雷鳴は目を瞬かせた。


「蓬?」


 聞いたことがないと目をぱちくりとさせていると、影だからねえと初雪が笑う。


「雷鳴に専任をつけるのは早くないかい?」

「でも昊は後継だからって専任がいるけど、雷鳴はまだ交代制でしょう。それでうっかり浚われてみなさい、私はまんまと言いなりになるよ」

「お前に限っては、まんまとではなさそうなのは置いておいて。二の教育過程で、家族を犠牲にしても使命を貫けって習うだろうに」


 潔く聞く気がないねと半分笑って突っ込む昊に、当然でしょうと初雪が胸を張る。


「父様や母様が人質に取られたら、それはもう如月のために泣いてくれって言うけど。昊と雷鳴を盾にされたら、家族の生命が最優先ですって言うに決まってる」

「また、両親が聞いたら泣きそうなことを」


 溜め息をついた昊はそれでもどこか嬉しそうなのは隠せず、目をぱちぱちとさせて見上げている雷鳴の髪をまた柔らかく撫でた。


「如月に生まれて幸運だな、雷鳴。この規格外の二は、僕らを大事と仰せだ」

「僕も! 僕も兄様と姉様が大事!」


 張り切って手を振り上げると可愛い弟め、と二人の声が揃う。嬉しくなって口許を緩めると、ああそうだと何気ない様子で昊が手を打った。


「この機会に、雷鳴も一緒に承認試験に備えたらどうかな」

「っ、昊」

「だってお前は別邸に二年は篭るし、僕だって父様の補佐であまり雷鳴に構えなくなるよ。その隙に誰かに取り込まれでもしたら、さっきの懸念が現実になる。それを防ぐ意味でも、お前の側にやりたいだけだよ」


 あちらのほうが警備も強固だからねと肩を竦める昊に、初雪は複雑な顔をする。何か困っているのかなと察して、雷鳴は小さく首を傾げた。


「姉様が教えるのをやめて邸に戻ったら? ここで僕と一緒にいよう」


 我ながら最高の名案に目を輝かせると、初雪は残念ながらと軽く眉を上げた。


「私なら一人で全部を教えられるけど、私に教えてくれた先生たちは全部で二十人だよ。まあ、二の教育係だから当然集めるのは簡単だけど、その全員をこれから皐月家に紹介するのはね……」


 手間がかかりすぎると遠い目をする初雪に、お前も教えてもらっておいでと昊が雷鳴の背を軽く叩いた。勉強ならこの邸でもやらされているのに、二年も知らない誰かと一緒に篭って受けるなんてあまり楽しい想像ではない。

 初雪も嫌がっているしと渋っていると、昊がそっと顔を近づけて頼むよと初雪には聞こえないように声を小さくした。


「皐月から来ている客人が嫌な奴だったら、雷鳴が初雪を守ってやってくれるとすごく助かる」


 僕は行けないからと寂しそうに継げた昊の言葉にはっとして、勢いよく頷いた。


「いいよ、僕が行く!」

「えー。いきなりやる気になられても、怖いんだけど。何を吹き込んだの、昊」

「人聞きの悪い。年の近い友人を得る、またとない機会だろうって勧めただけだよ」


 なあと笑いを含んだ声で確認され、なあと大きく頷く。絶対に嘘だと初雪は目を据わらせたが、この兄姉は言い出したら聞かないという点でよく似通っていた。普段は兄らしく折れることの多い昊だが、今回は引く気がないと分かる。初雪も諦めたように大きく息を吐き、仕方なさそうに雷鳴を見てきた。


「本当に風炎さんたちと一緒に受ける? 雷鳴が決めたらそれでいいけど、手加減はしないよ」


 弟だからって贔屓はしないと真面目な顔で確認されたそれに、雷鳴も顎を引くようにして頷いた。


「大丈夫。承認されなくても馴染みは作れる」

「失敗が前提の発言もどうかと思うぞ、雷鳴……」


 評価されるのは前向きなところだけだと複雑に告げる昊に、初雪は面白そうに吹き出した。


「その心意気やよし! うん、じゃあ雷鳴も別邸においで」

「やったあ!」

「いや、だからな、礼儀作法を身につけてくるんだぞ。くれぐれも」


 遊びに行くわけじゃないからなと念を押す昊に、友人作りを勧めたのは昊でしょうと初雪が笑う。そうだけどもと顔を顰める昊に、雷鳴は初雪と顔を見合わせて楽しそうに笑い出した。


「さて、じゃあ父様の説得は昊に任せて荷造りしておいで」

「はーい。何を持って行けばいい?」

「当面の着替えと、変わって寝られないなら枕」

「もうお弁当でも持っていけばどうかな」

「よかったね、雷鳴。昊が作ってくれるって」

「は!?」

「やったあ! 明日だよね、明日には行くよね? 僕、用意してくる!」


 完全に遊びに行く心積もりで部屋を飛び出した雷鳴は、この後にどんな会話が繰り広げられたかは知らない。

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