8 子どもたちと交流しよう
夕食はみんなでにぎやかに食べた。
この世界はパンが主食らしく、バスケットに大量に盛られたパンを自分で取ってジャムを塗ったりスープに浸したりして食べた。
この世界の食材は私にはいまいち分かりにくいものが多く、ヴィルから「冴香にいろいろ説明してあげて」と任務を与えられたアンジェラとクラウスは、たいそう乗り気で食材や料理の解説をしてくれた。二人が同時に喋ったり話がこんがらがったりするところもあったけれど、なんとも微笑ましい光景なので私の胸は癒されっぱなしだ。
ご飯を食べると、まずはお風呂。
私は女の子たちにせがまれて、一緒に入ることになった。
「……わあ」
フローラに案内されて浴室に入った私は、思わずつぶやいた。室内に声がこだまする。
大人数用なだけあって、風呂場もかなり広い。日本の温泉のように、バスタブがタイル床に埋まっている。これくらい広ければ、私を含めた女子全員が入っても余裕などころか、子どもなら泳ぐこともできそうだ。
浴室自体は日本の温泉によく似ていたけれど、バスタブ付近に蛇口に該当する部分がない。それでもお湯はなみなみと溢れていて、入浴剤のようないい匂いがした。
「……これって、どこからお湯が出るの?」
きゃっきゃとはしゃぎながら女の子たちがシャワーを浴びる傍らフローラに聞くと、彼女は小首を傾げたあと、「ああ」と小さく声を上げる。
「サエカ様の世界には魔法器具がないのですよね」
「まほーきぐ? ……そういえばヴィルが、そんな話をしていたっけ」
「魔法器具は、生活をより便利にするための道具です。小さなものであれば指輪、大きなものであれば、屋敷丸々一つ魔法器具仕掛けにしたものもあります」
「家そのものが魔法器具ってこと?」
なんだかわくわくするけれど……魔力を持たない私が入っても大丈夫なんだろうか? その屋敷の敷地に足を踏み入れたとたん、体が粉々に砕けたりしないんだろうか?
私の物騒な考えをある程度読み取ったのか、フローラはバスタブの縁をぽんぽんと叩いて言った。
「魔法器具にもいろいろな種類があります。防犯機能メインのものもありますが、このバスタブのように炎と水の魔力を注ぎ込んだ魔石を発動させることで、瞬時にお湯を沸かせる機能のものもあります」
「魔石、っていうのが魔法器具の心臓に値するってところ?」
つまり、家電製品と電池のような関係だろうか。
このバスタブの場合、炎と水の魔力が込められた魔石ってものが装着されていて、それを起動させたら一瞬でお湯が沸かせると……それは便利だ。
「えーっと……それってすごく魅力的なんだけど、私でも使えるの?」
「おそらく。ヴィルフリート様は魔力の低い人間でも容易に扱える魔法器具の開発に着手されています。このバスタブも……ここです」
フローラはタイル床に膝を突き、タイルを一枚外した。そこは箱形の空洞になっていて、台座のようなものに青色と水色の大きな石が載っていた。
「これが魔石?」
見たところ、きらきら光るでかい石だ。日本の雑貨屋には、こんなデザインの室内灯があった気がする。
「はい。こちらの赤い石に炎の魔力、水色の石に水の魔力を込めています。……決して怪我などはしませんので、こちらの水色の石を少し持ち上げてみてください」
「う、うん」
フローラに促され、私も彼女の隣にしゃがんだ。怪我はしないって言っているの、信用していいんだよね……?
おそるおそる水色の石に触れる。あ、ひんやりしている。大理石みたいだ。
両手で抱え、少し持ち上げてみた。石は見た目よりも軽くて、私の力でも難なく持ち上げられた。
……すると。
「あっ、お湯が減ってる……?」
「はい、水の魔力の発動量を減らしたので、水位が下がりました」
私が魔石を持ち上げたことで、バスタブのお湯の量が半分くらいに減ったのだ。お湯に浸かっていた女の子たちが、あはは、と笑って、浅くなったお湯を引っかけ合っている。
彼女らの許可ももらい、台座から完全に魔石を外してみた。すると瞬時にお湯は消え、女の子たちは空っぽのバスタブを歩き回っている。
「……ということです。サエカ様にも問題なく扱えるようで安心しました」
フローラは言って、私から受け取った魔石を元のように台座に戻した。一瞬でお湯が元の水位まで戻り、女の子たちは泳ぎ始めた。
「……魔石、すごい」
「そうでしょう? ヴィルフリート様はすごいのです」
えっへん、と胸を張るフローラは、自分の師匠のことが自慢なんだろう。
ちなみに私も彼女も水着を着ているけれど、フローラは私よりも立派な胸をしていた。
私の頭の中で、巨乳子が大笑いしていた。
お風呂から上がったら、髪を乾かす。
「ドライヤーだ……」
フローラが手にしている魔法器具を見、私はつぶやく。
それはまさに、コードレスのドライヤー。側面には、さっきのバスタブよりは小さい緑色と赤色の魔石が付いていた。これはさては……風と炎の魔石だな!?
「はい、実はこちらの魔法器具、ヴィルフリート様が開発されたのですが名前は『ドライヤー』なのです」
「まんまじゃん!」
「私はマクシミリアン様から聞いたのですが、かつてサエカ様はヴィルフリート様に、『カデンノチラシ』なるものを見せられたそうですね。ヴィルフリート様は異世界で使われているという道具を学び、こちらの世界でも扱えるものを発明なさったのです」
カデンノチラシ……家電のチラシ?
つまりそれって、新聞に挟まっている電器屋の広告ってこと?
子どもの頃の私は桜の木の下でヴィルにマンガとかを見せたそうだけど、そんなものまで見せたのか……そしてヴィルはそれを覚え、魔石を駆使して開発してしまったのか…………。発明家、すごい……。
ドライヤーは二台あったので、私とフローラで分担して皆の髪を乾かすことになった。いやぁ、実に色とりどり、手触りもいろいろの髪だ。
私は生まれつきほぼストレートなんだけど、こっちの世界は直毛と癖毛が半々くらいだ。麦わら色のフローラは内巻きの癖があるけれど、赤い髪のアンネはくりんくりんのふわふわ。藍色の髪のアンジェラはストレートパーマでも当てたのかってくらい完璧な直毛だ。
「サエカ様に来ていただけて、私は本当に嬉しいです」
私の隣で女の子たちの髪を順番に乾かしていたフローラがつぶやいたので、私はナターリエのピンクドリルを丁寧に乾かしながらそちらを見やる。
「……ああ、そっか。女の子たちの中では、フローラが一番年上だものね。やっぱり苦労とかしてきたでしょう?」
「そうですね……何日かに一度、町の奥様方が様子を見に来てくださります。でも、男所帯だとやっぱり困ることとか多くて……」
「……そうだね」
確かに、この屋敷にいる女の子は十三歳のフローラを筆頭にした十歳前後の子ばかり。そろそろ体が大人に近づく頃だろうし、ヴィルやマキシさんには言いにくいこともあるだろう。それにしてもナターリエのドリル、すごいな……ちょっとやそっとじゃ形が崩れないぞ。
「そういえば……サエカ様は、どこで寝るんですか?」
振り返って尋ねてきたのは、濃い緑色の髪のマヤ。この子と双子の兄のクリストファーは髪と目の色がまったく同じなので、覚えやすそうだ。また、十五人いる子どもの中でこの子の名前だけは完璧に発音できたので、嬉しそうな顔をしていたのを思い出す。
ナターリエに続いてマヤの髪を乾かそうとしていた私は、その言葉に瞬きしたあと――気づいた。
そういえば……私、これからどこで寝るんだ?
ヴィルと一緒?
確か今朝目覚めたときは、巨大なベッドでヴィルと一緒だった。たぶんあそこは、ヴィルの私室だ。二人寝ても余りそうなくらいベッドは大きかったし、ベッドもシーツもかなり新しそうだった。私と結婚したことで急いで購入したのかもしれない。
えーっと……いろいろ予想外のことはあったとはいえ夫婦なのだから、一緒のベッドで寝るのが当然?
いやいやいや、ヴィルからすれば四年来の付き合いらしいけれど、私からすれば昨日知り合ったばかりの知らないイケメンだ。
彼は「冴香の嫌がることはしない」とは言っていたけれど、だからといって一緒のベッドで寝るのは……どうなんだろう……?