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7  皆に紹介されよう

 約二十五脚あった椅子は、八割方埋まった。

 集まったのは、大人の男の人が三人と、子どもが男女併せて十五人。皆はローマ数字Ⅲの縦棒に該当する長机の席に座っていて、私とヴィルはⅢの上の棒に該当する場所に座った。ちなみにヴィルの同僚と名乗ったマキシさんは座らず、私たちの側にそっと控えた。


 約二十対の目が私を見ている。

 ごくっと緊張のつばを飲み込むと、テーブルの下で励ますようにヴィルが私の手をそっと撫でてくれた。


 ……ヴィルはこうやって、そっと触れてくることが多いみたい。

 昨日出会ったばかりの知らない人なのに、不思議とヴィルの手のひらの温もりは心地よいと感じられた。

 もしかすると、彼との記憶は失っても、私の体は何かを覚えている……のかもしれない。


「皆、集まってくれてありがとう。そして先日の結婚式では、俺と冴香のためにあらゆる方面で協力してくれたこと、改めて礼を言う」


 朗々とした声でヴィルが切り出したから、私もそれじゃあ、と軽く会釈した。ここで私も「ありがとうございました」と言うよりこっちの方がいい気がしたから。


「式によって冴香と俺は夫婦になったけれど――ひとつ、俺も思っていなかった誤算があった。冴香は、かつて俺と交流したことを全て忘れている」


 ヴィルの言葉に、皆が一斉に不安そうな顔になった。私語をする者はいなかったけれど、近くの人とちらっと視線を交わしたり、子どもたちの中には互いをちょんちょんとつつき合ったりする姿も見えた。


 マキシさんが咳払いすると、皆視線をこちらに向けた。

 ヴィルは続ける。


「冴香にとっては望まぬ婚姻になったかもしれない。しかし、俺と絆の宣誓をし俺の魔力によって魂を繋ぎ止めることができている冴香と婚姻解消するわけにはいかないんだ」


 ……なるほど。

 あの結婚式によって私は肉体を再形成したとか言われているけれど、それもこれも全て、この世界の魔術師であるヴィルフリートの存在がなければならないんだ。


 彼と婚姻解消すれば私は肉体を維持できなくなって消えてしまう……ってことか?


 それは……嫌だ。

 だから私たちは不慮の事態があったからといって、離婚するわけにはいかないのか……。


「だが冴香は、俺たちとの生活を前向きに受け入れてくれるという。魔力を持たない彼女にとって、この世界は相当生きづらい場所だろう。まずは、彼女が落ち着いてこの世界で生活できるよう、皆で協力してもらいたい。そして彼女はまだ俺の妻という立ち位置に慣れないようだから、できることなら『奥様』ではなく――名前で呼ばせてもいいかな、冴香」

「は、はい。呼びにくいかもしれませんが、私のことは冴香と呼んでください」


 私もそう言うと、皆は一様に納得したような顔になった。


 ……よかった。

 少なくとも、私たちの身に起こった不慮の事態は、皆にも受け入れてもらえたようだ。


 ……でも、私が記憶を持たないことで皆に想定以上の迷惑を掛けてしまっているというのは確かだ。

 記憶をちゃんと持っていれば、すぐにこの世界にもとけ込めただろうし、こうして皆によけいな気遣いをさせることもなかった。


「……冴香、これは君の責任じゃないよ」


 私の内心は、ヴィルにはお見通しみたいだった。


 顔を上げると、ヴィルが私の顔を覗き込んでいた。

 きれいなブルーの目が、私を見つめている。


「君は、俺と夫婦として生きることを前向きに検討してくれるんだよね……ありがとう。俺は本当に、それだけで幸せなんだ。やっとこうして再会できた君が笑顔でいてくれるなら、俺はそれだけでいい。それに、冴香が気負う必要なんて一つもないんだ。……俺の夢は叶った。あとは、君を幸せにさせてほしい。皆も、冴香と出会えるのを楽しみにしていたんだよ。だから、そんな辛そうな顔をしないで」


 はっと顔を上げると、大広間に集まった皆の顔を見渡せた。


 皆は――微笑んでいた。

 ヴィルやマキシさんと同じような格好の男の人たちも、子どもたちも、皆笑顔で私を見つめている。


「そうだそうだ。サエカ様はヴィルフリートの心の拠り所なんだ。せっかく嫁いできてくださったサエカ様が気に病む必要ないだろう!」

「サエカ様のおかげで、仕事人間だったヴィルフリートも少しは人間らしくなれるでしょう。我々にとって嬉しい限りです」

「僕たち、サエカ様に会えるのを楽しみにしていたんだ!」

「私、サエカ様が目を覚まされたら、たくさんお話がしたいって思ってたのです!」


 皆、好意的な言葉を掛けてくれる。


 ……ああ、もう。

 すごく、顔が熱い。


 今まで、一時にこれほどの好意的な言葉を掛けられたことなんてなかった。


 皆は、私を待っていた。

 私と話をしたがっていた。


 誰かが私を受け入れてくれる、待ってくれる。

 それは……こんなに嬉しくて、気恥ずかしくて、幸せなことだったんだ。


 思わず目頭が熱くなって俯くと、慰めるようにヴィルが私の背中をそっと撫でてくれた。









 異世界生活一日目は、屋敷の皆との交流で潰れた。

 ヴィル曰くこの屋敷で共同生活を送っているのは、ヴィルやマキシさん含めた大人が十人、子どもが男の子八人、女の子が七人で、今日は仕事に出ている大人たちにもいずれ紹介する予定だという。


 大人の男の人は全員、ヴィルの同僚で魔術研究者だった。マキシさんも着ていたあのずろっとしたコートは研究者の身分証のような役割も果たすそうで、お城に行くときや仕事に出る際はあれを着ていくことになっているらしい。


 大人は全員ヴィルよりも年上らしく、私たちのことも少し離れたところから見守っていた。でも子どもたちは感情を隠すことをせず、ほぼ全員自分の方から私に突撃してきた。


「全員、せいれーつ! 名前! 俺はアウグスト、十二歳!」

「私はフローラ、十三歳です」

「アンネ、十二歳です」

「クリストファー、十一歳」

「クリストファーの双子の妹、マヤです」

「僕はケヴィン。十歳です」

「ロジーナ。十歳」

「リヒャルト十歳だよ!」

「十歳、ナターリエです」

「ヘクトール、九歳です。アンネの弟です」

「イェニファー九歳! イェニーって呼んで!」

「ゲオルグ……九歳……」

「ディルク、九歳だ」

「九歳アンジェラです」

「僕、クラウス! 八歳になりました!」

「……う、うん。頑張って覚えるね」


 私も努力するけれど、できたら「こんにちは。私は○○です」とその都度名乗ってほしい。名札とかを付けてくれたらなおありがたい。あ、ちなみに最初に私の世話をしてくれたのはフローラで、真っ先に私のことを「奥様」と呼んだくるくる水色髪はクラウスだ。


 つまりこの子たちは八歳から十三歳までの子ども。日本だったら、小学校でお勉強している年齢の子どもたちが魔術の訓練として親元を離れ、弟子入りするなんて……すごいな。












 今夜は、皆と一緒に食事を摂ることになった。

 今日はハイテンションな子どもたちと一緒に屋敷の探検をして、すっかりなつかれてしまった。皆、屋敷に大人の男の人はいても女の人はいないから、よけいに嬉しいんだってさ。


「サエカ様は、ヴィルフリート様と一緒にご飯を食べるのですか?」


 ピンクドリルが可愛らしい女の子――確かナターリエに聞かれ、私はついついヴィルの方を振り返り見た。

 今日一日、何も言わず笑顔で私たちの探検に付き合ってくれたヴィルは、穏やかな顔で首を傾げている。


「そうだな……俺としてはどちらでも? アンジェラは、冴香が来たら隣でご飯を食べてほしいって言っていたしね」

「う、うん。あの、でもヴィル様のおじゃまはしませんっ」


 アンジェラが真っ赤になってもじもじしつつ言うけれど、ヴィルは笑顔で私を見た。


「……だそうだけれど、どうする? 冴香としては、俺より子どもたちの方が気を張らずにご飯を食べられるかもしれないね」

「……そう、だね。皆とも仲よくなりたいし、もしよかったら子どもたちと一緒に食べさせてもらいたいな」

「了解。それじゃあ、冴香はそっちの好きなところに座って」


 ヴィルに示されたのは、食堂のテーブルだ。

 会議や朝礼に使われる大広間のテーブルと違ってこっちは大きな円卓で、いざとなれば屋敷の者全員が同席してご飯を食べられるようになっているらしい。あ、今席を数えたけれど、二十六脚ある。私の分も増えているみたい。


「サエカ様はこっち!」

「あ、僕も!」


 子どもたちに手を引っ張られ、私は椅子に座る。真っ先に私の両隣を陣取ったのは、アンジェラとクラウスだった。アンジェラはずっと楽しみにしていたらしいし、八歳のクラウスは一番年少だから……いいかな。

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