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6  奥様はまだちょっと早い

 ヴィルが家主だという屋敷は、相当広かった。

 ヴィル一人で生活するには広すぎるんじゃないか――と思ったけれど、どうやら住んでいるのは彼一人じゃないらしい。


「俺は魔術研究を行っているって言ったよね? この国で魔術師見習の子どもは、ある程度の年齢になるまで親元を離れ、魔術の師匠と共同生活を送ることもあるんだよ」

「それじゃあ、見習の子も一緒に暮らしているのね」

「子どももいるし、大人――魔術研究の同僚も一緒に生活している。研究職はどうしても持ち帰り作業が多くなるからね。同じグループでばらばらの生活スタイルを送るより、いっそ一緒に暮らしていた方が効率もいいんだ」

「確かにね……」


 そこでふと、私は足を止めた。

 それじゃあ、つまり――


「……これから私も、皆と一緒に生活を送るってこと?」

「そうだね。俺が主人のようなものだから――君は女主人ってところかな。奥様、って呼ばれるだろうね」

「そ、そんなの申し分けなさすぎるよ!」


 だって私は、一滴の魔力も持たない異世界人だ。ヴィルは偉いのかもしれないけれど、そんな彼が電撃結婚した妻が「女主人」なんてとんでもない!

 でもヴィルは振り返ると、焦る私とは対照的に柔らかく微笑んで首を横に振った。


「そんなに気を張らなくていいよ。皆には君の話をしているし、結婚式の準備も手伝ってもらった。早く話がしたいって、楽しみにしていたよ」

「そ、そんな……」

「あ、ちなみにさっき君の支度を手伝った子も、見習だ」

「え? てっきりお手伝いさんだと思ってた」

「うちには使用人とか侍女とか、そういうのはない。全員で共同生活を送っているからね。……ああ、ちなみに例の彼女は十三歳だから」

「……じゅうさんさい」


 どう見ても高校生だったんですけど、中学生でしたか、ハイ。


「……その、ヴィルって普段、どういうお仕事をしているの?」

「新しい魔法器具――君の世界にあった家電製品みたいなものの開発や修理、それから魔術がらみの事件の解決、怪しい道具の調査とかだね。君と出会うきっかけになった植木鉢も結構複雑な魔術がらみだったみたいだから、本当なら研究部署に提出しなければならなかったんだろうけど、冴香と離れるのが嫌だから上司には隠し通したんだ」

「そ、そう」


 ……「冴香と離れるのが嫌だから」か。

 恋人と浮気相手との修羅場に遭遇した私が、まさかこんなに誰かに想われるようになるなんてね……。











 私はヴィルに連れられて、屋敷を回っていた。

 彼はこの屋敷のことを「拠点」みたいに呼んでいたけれど、私からすれば立派な豪邸だ。


 廊下の天井は見上げなければならないほど高いし、部屋はいくつもある。ヴィル曰く、同僚や見習たちの部屋はもちろん、応接間や物置、子どもたちの勉強部屋とか、とにかく部屋数だけはたくさんあるみたい。


「あっ……ヴィルフリート様!」


 一階の廊下を歩いてると、背後からはしゃいだような声と足音が聞こえたので、私たちは振り返った。

 そこには開け放たれたドアがあり、十人くらいの子どもたちがわらわらと集まっているところだった。見た感じ、外で作業をして戻ってきたってところかな。


 まずびっくりしたのは、髪の色も目の色もとんでもなくカラフルだってこと。ピンクに緑にマリンブルー、紫に真っ白と、色鉛筆の世界に放り込まれたような感覚になる。この中では私の黒髪黒目は逆に目立ちそうだ。


 年齢は、ぱっと見た感じ十歳から十代半ばくらいだろうか――と思ったけれど、私の身支度をしてくれた女の子は十八歳くらいに見えたけれど実質十三歳だったということからして、この世界の人間は実年齢よりも大人びて見えるんだろう。どちらかというとヨーロッパ系の顔立ちだしね。ということは彼らは十歳前後くらいかな。あ、私の世話をしてくれたあの子も混じってる。


 皆は私とヴィルを見かけると、わいわい騒いでいたのを一斉にやめ、しんとして私たちを見つめてきた。色とりどりの目が、私たちを凝視している。

 なんとなく居心地悪くなってそそっとヴィルの背中に隠れると、ヴィルは振り返って微笑んでくれた。


「大丈夫だよ、冴香。さっきも説明したけれど、この子たちは俺の――まあ、言うなら弟子のような存在だ」

「ヴィル様! えっと、奥様がお目覚めになられたのですね!」


 そう言って目を輝かせるのは、子どもたちの中でも一番幼そうな男の子だった。くりんくりんカールした髪は水色で、くっきり二重の目は髪よりも濃い藍色をしていた。


 それにしても、奥様……奥様……。

 まずい、顔が熱い。

 しかもその子の言葉を皮切りに子どもたちもざわざわし始めたもんだから、ヴィルはため息をついて片手を挙げた。


「確かに、皆も知っての通り俺はこの人と結婚したけれど――少し、事情が変わった。皆、着替えをしたら大広間に集合。フローラとアウグストは、皆の指揮を執って。アンネは、招集の鐘を鳴らす。クリストファーとマヤは、皆の片づけ後に確認をしてから広間に来るように」

「かしこまりました、ヴィルフリート様」


 ヴィルに指示を出されたとたん、子どもたちはぴっと背筋を伸ばして異口同音に返事をし、一礼した。

 ……すごい。軍隊みたいに統率された動きだ。


 名を呼ばれた子たちは子どもの中でも年長のようで、皆を率いたり片づけに走ったりしている。

 そんな中、ヴィルは私の手を優しく握ってきた。


「……今から大広間に集まり、皆に君のことを説明する。これからこの屋敷で暮らす以上、皆も君のことを知っておくべきだと思うんだ。……いい、かな?」

「……うん、もちろん」


 私から異論はない。

 むしろ、ここまでしてくれてありがとうと言うべきだ。








 その後、私たちは一階の大広間に移動した。

 ここもまた呆れるほど広くて、ダンスパーティーでもできそうなくらいだ。家具を全部取り払ったら、学校の体育館くらいあるかもしれない。この屋敷、いったいどれくらいの面積なんだろう……。


 広間には長机が五つ、ちょうどローマ数字のⅢを描くような形で配置されている。そこに据えられた椅子の数をざっと数えたところ――二十五くらいかな?


「失礼します、マクシミリアンでございます」


 それまで私たち以外誰もいなかった大広間に、若い男性の声が響いた。ヴィルの許可の声を受けて広間に現れたのは、若草色の髪の男の人だった。


 ヴィルよりも長い髪をポニーテールにし、前髪をヘアピンで留めているデコ出しのため、水色のキツネ目が露わになっている。どことなく、几帳面で神経質そうな顔立ちをしていた。


 シャツとズボンはヴィルのものと大差ないけれど、彼はその上にずろっとした丈の長いコートを羽織っていた。裾は床を擦りそうなくらい長いから、彼が屋敷の中を歩くだけで床がきれいになりそうだ。


 若草お兄さんは一礼すると私を見、ただでさえ細い目をさらに細くした。それ、ちゃんと見えているんだろうか、って心配になるくらいの糸目だ。


「どうやらサエカ様がお目覚めになったようですね。おはようございます、サエカ様。わたくし、ヴィルフリートの同僚のマクシミリアンと申します」

「……は、はい。はじめまして、マクシャミーシャンさん」


 ……あれ? 今、発音おかしかった?

 日常会話は問題ないのに、なぜか名前を呼ぶときだけむちゃくちゃ言葉が崩壊した気がするけれど……。


 それは私の気のせいではなかったようで、私の挨拶を聞いたマクシャミーシャン(仮)さんは露骨に嫌そうな顔をし――ヴィルにじろっと睨まれたらしく、咳払いした。


「……失礼しました。サエカ様は、こちらの世界の発音に慣れていないようですね」

「ごめんなさい……会話は普通にできるのに。……ヴィル、これってどういうことか分かる?」

「そもそも冴香は、俺の魔力で会話ができるようにしているんだ」


 ヴィルに助けを求めると、そんな説明をされた。

 ヴィルの魔力で……?


「つまり皆が日本語を流暢に喋っているんじゃなくて、私がみんなの言葉に合わせているってこと?」

「どちらかというとそういうことだね。……でも、固有名詞は少し難しいみたいだね。ヴィルはまだ発音できそうだけど、冴香にはちょっと発音が難しい名前が多いかもしれない」


 なるほど……そういえば、ヴィルは私の「寺井冴香」をすごく滑らかに読んだけれど、子どもたちやマクシャミーシャン(仮)さんが「サエカ様」と呼ぶときは、ちょっとだけ発音が怪しい気がした。

 私の名を呼び慣れている――らしいヴィルはともかく、人名などの固有名詞はお互い発音しにくいのかもしれない。


「ごめんなさい。私にはちょっと難しいみたいです」

「……構いません。その、マクシャなんとかはあまり受け入れられないのですが、サエカ様が呼びやすい省略形で呼んでくだされば結構です」

「分かりました。じゃあ……」

「ちなみに俺は彼のことを、マックスと呼ぶよ」

「マッキュシュ」

「……」


 その後、招集の鐘を聞いた他の皆が集まるまで呼び方練習した結果、「マキシさん」で一応のオッケーをもらうことができたのだった。

 異世界ネーム、難しいっ!

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