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過去 3

 やがて、かつては白い花が満開だった植木鉢の桜の木は緑色になり、異世界では季節が変わっていることを示していた。


 ある日、居眠りをしていたヴィルフリートは異世界の夢を見た。きっと冴香が近くに来ているのだろう、とうずうずわくわくしながら待っていると、黒髪の少女が丘を登ってきた。


 ああ、また会えた。

 胸をふわっと温かくさせて、「久しぶり」と声を掛けようとしたヴィルフリートは、冴香の姿を見て硬直する。


 冴香は以前見たときより身長が伸び、肌が薄く焼けていた。

 どうやら季節も変わっているようだし、それはいいのだが――


「レディがなんて格好をしているんだ!」

「せっかくだから、最初に聞くのは『久しぶり、会いたかった』がよかったなぁ」

「君は馬鹿か! ……いや、君だけじゃない! どうしてこの世界の女性はあんなに破廉恥な格好をするんだ!」


 忠告も兼ねて叱ったというのに、冴香は分かっていないようできょとんと首を傾げている。そんな彼女は今、細い脚を丸出しの短いズボンを穿いていたのだ。


 社会不適合者という自信のあるヴィルフリートでさえ、「女性が足首をさらすのは恋人や夫の前だけ」ということを知っているというのに、冴香はそれを知らない。それどころか冴香曰く、女性が足をさらすことくらいこの国ではなんともないそうだ。

 恐ろしさに、ヴィルフリートは身を震わせてしまった。この国は痴女の集まりなのだろうか。


 どうやらヴィルフリートの世界と冴香の世界では時間の流れが違うようで、冴香の世界の方が早く時が流れていた。

 だから地球世界の夏が終わり、次に冴香と再会したとき、桜の木はすっかり葉が落ちて冬になっており、冴香はもこもこに着ぶくれた状態でやって来た。

 ヴィルフリートの世界では、冴香と初めて出会ってからまだ三ヶ月ほどしか経っていないのに、冴香の世界では半年以上経過しているのだ。


 ヴィルフリートがぼんやりしている間に、冴香はどんどん年を取っていった。

 また春になり、冴香は短いスカート姿でやって来た。「膝を見せるんじゃない!」と注意したらあてつけのようにさらにスカートを捲られ、白い太ももが見えたところでヴィルフリートは悲鳴を上げ、汗だくで起きあがった。

 彼がこんな形で目覚めるのは初めてだったので、非常に悔しかった。


 冴香はチュウガッコウに進学したようで、あまり会いに来てくれなくなった。

「遅い!」と文句を言ったら、「だってバレーの練習が忙しいし、友だちとも遊びに行っていたから」と答えられた。

 自分はこんなに冴香に会いたがっているのに冴香は冴香で人生を謳歌しているなんて、なんだか悔しいし、寂しかった。冴香は、自分と会うのがそれほど楽しみじゃないんだろうか、と思うと、妙に悲しかった。


 冴香はよく、弁当や菓子を持ってきた。もちろんヴィルフリートは食べるどころか触れることも匂いを嗅ぐこともできないのだが、「これはグラタン」「これはドーナッツっていうお菓子」と一つ一つ説明してくれたので、興味は尽きなかった。


「このドーナッツは私が作ったの。ちょっと形が崩れちゃった」と照れたように言う冴香は、茶色い不格好な形の菓子を手にしていた。

 不味くても形が崩れていても、それを食べてみたい、味わいたい、とヴィルフリートは切実に思いながら冴香の食事風景を見守る。


 ヴィルフリートもそろそろ試験があるので、面倒だが一応勉強していた。冴香もチュウガッコウでは試験があったようで、「五教科とも平均点以上なんだよ!」と嬉しそうに報告していた。


 実のところ、ヴィルフリートは平均点もクソもないくらい勉強がよくできる。講義をさぼっていても主席をキープできるくらいには。だから平均点を取って喜ぶなんて、彼にとってはレベルが低すぎるのだ。


 それなのに……かつての彼なら「それくらい喜ぶなんて程度が低いね」くらい言っただろうに、今のヴィルフリートは微笑み、「それはすごい。冴香が頑張ったからだね」と言っていた。

 嫌味でも哀れみでもなく、心からの思いで。


 このあたりから、ヴィルフリートは自分が変わりつつあることに気づいていた。

 口調は柔らかくなったし、冴香に喧嘩腰で迫られてもやんわりとなだめたり、「うん、今のは俺が悪かったね、ごめん」と素直に謝ったりできるようになった。


 どうしてなのだろう、と不思議に思っているうちに、冴香はどんどん年を取っていった。

 冴香は前々から希望していたコウコウに合格したようで、わざわざ合格通知を持ってきて会いに来てくれた。「寺井冴香」以外の字は読めなかったけれど、「よかったね」と心から祝福することができた。


 コウコウセイになると、冴香はまた新しい制服を見せに来た。この頃にはヴィルフリートもだいぶ諦めがついていたので、チュウガッコウの制服以上に短いスカートを見てももう何も言わないことにした。

「このチェックが可愛いでしょ!?」と満開の桜の木の下でくるくる回転する冴香を笑顔で見守りつつも、太ももがちらちら覗くのをついつい見てしまう。

 そして、コウコウに行くとこの姿の冴香を他の男も見るのだと思うと、無性に腹が立ち、冴香の太ももを見て興奮した男がいるなら呪いを掛けたいとまで思っていた。











 そうこうしている間に、ヴィルフリートは十八歳になっていた。

 冴香も高校進学して忙しい日々を送っている一方、ヴィルフリートも日常生活で少しずつ変化を感じていた。


 去年一年間だけではあるが、王太子殿下が学院に学びに来ることがあった。ちょうどヴィルフリートたちと同い年であり、しかも優秀な魔術師だったということでヴィルフリートが一年間、王太子の隣の席を務めた。

 王太子はかなり気さくな少年で、冴香のおかげで社会不適合者から脱出できたこともあり、ヴィルフリートは王太子と個人的にも親しくなれた。彼は一年間の修学を終えて城に戻ってしまったが、彼には冴香のことも教えているし、今でも文通をする仲である。ヴィルフリートは、王太子に対して気さくな言葉使いをする数少ない人物となっていた。


 二つ年上のマクシミリアンはとっくに卒業しており、ゲルトラウデたちも既に進路を決めているようだ。王太子からも、「君なら引く手あまただろうね」と言葉をもらっている。

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