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39 あなたを思い出すために

 ゲルトラウデ・マルティンはシュタイン卿夫人の誘拐並びに殺害未遂によって捕縛され、その協力者共々裁判に掛けられた。


 被告たちは「シュタイン卿夫人を殺害すればフローシュ王国のためになると思った」との主張を最後まで曲げず、しかも彼女らの発言により、他にも賛同者がいたことが明らかになった。

「シュタイン卿が研究部署から前線戦闘部署などに異動すれば、国の防衛も強化され、国家安泰に繋がるはず」という甘言に惑わされた者たちだったという。


 ゲルトラウデ・マルティンを始めとした共犯者たちは全員城仕えから解任させられ、数年間の地下幽閉後、無身分となって追放されることになる。

 ただし、幽閉期間中に謎の死を遂げる囚人も少なくないことから、彼女らが無事に外の世界に出られるかどうかは、刑期が終わるまで誰にも分からないという。


 誘拐され、強姦・殺害未遂の目に遭ったサエカ様は休養中の自邸で判決内容を聞いた。彼女は審議内容や判決には異を唱えず、「陛下のご判断のままに」と述べていた。


 なお、サエカ様の報告によりヴィルフリートは、王国東端にあるクスの町にサエカ様救出に荷担した者たちの家族がいることを知り、町に飛んだ。どうやらゲルトラウデたちの手先が町に向かっていたが、先に駆けつけていたヴィルフリートが一掃したそうだ。

 サエカ様を守りゲルトラウデの魔術の前に倒れた者たちはなんとか一命を取り留め、事情聴取のあとに故郷に帰されることになっている。


 ……かつての後輩たちがここまでの暴徒と化し、私がお守りすべきお方を傷つけたことを情けなく思うと同時に、サエカ様にお辛い思いをさせてしまった我が身のふがいなさを、私は痛感している。


マクシミリアン・ダンツィ 記す















 私が誘拐され、救出された五日後。

 新作魔法器具の発表会が改めて行われたらしい。

 らしい、というのは、私は屋敷での療養を命じられていて出席できなかったからだ。


 ヴィルは、私のブレスレットの位置情報から私がいきなり会場からいなくなったのは分かったけれど、直後魔術結界が張られた部屋に移動したので追跡が難しくなった。

 そして私が部屋を脱出する間に彼は陛下のもとに行き、私が行方不明になったこと、そして自分の発表をおじゃんにしてでも助けに行きたいことを申し出たそうだ。


 でも、陛下はすぐにはオッケーを出してくださらなかった。私がいなくなったのは心配だけれど、陛下の推薦を受けたヴィルが発表をほっぽり出して妻を探しに行くというのは、リスクが大きすぎた。

 ヴィルの信頼失墜はもちろん、陛下の評判も下がるかもしれないし、「これだから研究部署は」と部署の仲間まで悪し様に言われる可能性もあったからだ。こうなることも全て、ゲルトラウデさんたちは想定していたのだろう。


 でもそこに、バイロンさんが駆け込んできたことで状況が変わった。

 どうやらトイレで私と言い合いをしていたマダムが半狂乱になってフローラに状況を報告し、「シュタイン卿夫人行方不明事件」が既に会場中に広まってしまったそうだ。しかもマダムは最初誘拐犯だと疑われたようで、「自分の身の潔白を証明するためにも早く奥方を探しに行ってくれ。シュタイン卿発表予定の穴は自分の夫がなんとかする」とヴィルにも泣きついたそうだ。


 いきなり妻の我が儘に振り回された例の魔砲台発表者はさぞ困っただろうけど、マダムはマダムで自分がシュタイン卿夫人を誘拐したと思われたくなくて必死だったそうだ。

 なんというか……とても面倒くさいマダムだったけど、彼女が大騒ぎしたおかげでヴィルが私を助けに行くことができたそうだから、巡り巡って助けられたというか……。


 私が部屋を脱出したことで私の存在を感知しやすくなったヴィルは、位置が確定でき次第すぐに転移魔術で飛んで私を助けに来てくれた。その後は、私も知っての通りだ。


 そういうわけで発表会はちょっとした騒ぎになったものの、魔砲台発明者が予定外に三四発撃つことでなんとか観客の関心を集め、ヴィルの発表が延期になった埋め合わせをしてくれたそうだ。

 後日届いたマダムの手紙には、「みっともないことをした」という謝罪の言葉が書かれていた。彼女の夫は魔砲台を撃ちまくったせいでヘトヘトになったそうだけど、マダムは考えを改めてくれたようなので、まあよかったのかな。


 そして先日、ヴィルのテレビもどきが無事に発表され、皆から賞賛のシャボン玉を受けたそうだ。今後も開発が進めばいずれ、遠く離れた場所の人とでもコミュニケーションが取れるようになるかもしれないね。

 ――それこそ、テレビ電話のように。


 ゲルトラウデさんのことは、まだ割り切ることはできなかった。判決内容に異論はないけれど、彼女たちは結局最後まで持論を曲げようとしなかった。

「シュタイン卿夫人さえいなくなれば、ヴィルのおかげでこの国はもっと発達していた」という主張は、私たちからすればナンセンスとしか言いようがない。でも、こういった思想を持つ者は他にもいるかもしれないから、調査を進めていく予定だという。


 私の自邸療養期間中、ヴィルは屋敷に帰ってこなかった。事後処理とか延期した発表会のこととか、いろいろ忙しかったようだ。なおかつしばらくの間私は外界との関わりを断ってゆっくり体と心を休めるべきだ、ということも考えたらしい。


 そして期間が明け、久しぶりにヴィルが帰ってきた日。


 私は彼に、一つの相談を持ちかけた。












 私はヴィルと一緒に、王城の廊下を歩いていた。


「ねえ……本当に大丈夫? 体は辛くない?」


 私に寄り添うヴィルは城に転移してからというものの、ずっとこの調子だ。

 絶対に離すまい、と言いたそうに私の手をぎゅっと握っていて、数十歩歩くたびに私の様子を尋ねてくる。

 過保護と言えばそうなんだけど、かつて王城関係者に私を誘拐されたヴィルにとっては、心配でならないのだろう。


「大丈夫だよ。ほら、ちゃんを歩けてるでしょう?」

「それはそうだけど……本当なら君を抱えて移動したいんだけど」

「それは恥ずかしいからだめ!」

「……うん、分かってる」


 しゅんっと項垂れるヴィル。

 そのふわふわの髪の間から、力なく垂れた三角耳の幻影が見えるような気がした。ヴィルは――柴犬タイプだと思う、なんとなく。


 ちなみに「君を抱えて移動したい」と申し出たヴィルだけど、恥ずかしいかどうかはともかく、私を抱えることで疲労することはないそうだ。どうやら魔術を使えば私を軽々と抱えることができるらしいけど、いろいろと乙女心的に複雑だし恥ずかしいので遠慮しておいた。ヴィルは最後まで粘っていたけどね。


 私たちが向かったのは、陛下の執務室――の近くにある客間だった。


「よく来たな、ヴィルフリート。そして夫人」


 先に部屋に来ていたらしい陛下は椅子から立ち上がり、私たちを迎えてくれた。

 客間には陛下の他に、ずろっとしたローブ姿の人――魔術研究部署の魔術師が集まり、いろいろな器具を運んだりしていた。


「シュタイン卿夫人、あなたの気持ちを伺ったが、今一度確認を。……本当にいいのだな?」


 陛下に尋ねられた私はお腹の前で手を重ね、しっかり頷いた。


「はい。夫ともよく考えました。……どうか、私の記憶をよみがえらせてください」


 ヴィルとはこの件について、よく話し合った。


 ゲルトラウデさんに誘拐され、男たちに強姦されそうになったと思ったらその人たちに助けられ、ゲルトラウデさんと一騎打ち――のような何か――の末、ヴィルが駆けつけてくれた。

 めまぐるしいような出来事に翻弄された私だけど、ヴィルと離ればなれになった療養期間中にあれこれ考えていた。看病してくれたフローラやアンネたちにも相談したし、バイロンさんたちの意見も聞いた。


 あ、ちなみにフローラとバイロンさんは私が誘拐されたことで最初すごく落ち込んでいたけれど、ヴィルの取りなしもあって今ではかなり元気になっている。フローラだって、あの距離では駆けつけることもできなかったし、仕方ないものね。


 そういうわけで私は屋敷の皆と相談した上で、ヴィルに話を持ちかけた。

 失われた、ヴィルと過ごした記憶を思い出したい、と。


「後悔したくない、と思ったのです。そしてもし私に失われた記憶があるなら……ちゃんと取り戻して、本当の私の姿でヴィルに会いたいって思っているのです」


 陛下にそう言いながら、私はヴィルの手をぎゅっと握る。

 ヴィルもまた、何も言わず私の手を握り返してくれた。


 記憶を取り戻したい、と言うとヴィルはちょっと躊躇っていた。彼は「無理はしなくていい」「今のままでも俺は幸せだ」と言ってくれたけれど、私の決心は変わらなかった。そして、できることならヴィルも納得した上で陛下にお願いしに行きたい、と申し出たんだ。


 ヴィルはかなり悩んでいたけれど、最終的に首を縦に振ってくれた。どうしてそんなに悩んでいたの、って聞いたら、「冴香が変わるかもしれないと思って」とぼそぼそと答えていた。

 まさか、別人格になるわけじゃないし、ヴィルへの思いが募ることはあっても悪い方に変わるはずがない。……ないよね?


 陛下は私の言葉に頷き、研究部署の魔術師たちがいろいろと準備を進める方へ案内してくれた。

 そこには大きめのベッドがあり、点滴台のようなものやたくさんのタオル、何かが入っているらしい木箱とかが周りに積まれている。


「記憶蘇生の魔術は門外不出の秘術だが、禁止されているわけではない。……ただ、彼らも研究者であるゆえ、記憶蘇生の過程や結果を非常に気にしている。成功は保証するが、夫人の結果を今後の参考にするかもしれないことだけは了承してくれ」

「もちろんです。……ヴィルも、いいよね」

「……冴香の記憶蘇生がうまくいけば、いろいろな人にも応用できると思う。だから、俺から言うことはない」


 さすがヴィルは、私の夫だけど同時に研究者だ。今後のことも見据えている彼の態度がとても好ましく、私は思わず彼の腰にぎゅっと抱きついてしまう。


「……ヴィル」

「うん」

「私、頑張っていろいろ思い出すから。だから……ちょっとだけ、待っていてね」

「……うん。待っている」


 ヴィルの手が私の髪を撫で、私と視線を合わせるように少しだけしゃがんだ。

 そして唇の先にちょんっと触れるだけのキスを交わしてから、私は研究者の手を借りてベッドに上がった。


 いろいろな魔石や魔法器具を使うのだけれど、どうしても服を脱いで裸になる必要がある。ヴィルが嫉妬するということもあるから、記憶蘇生を行う際に側にいるのは女性の研究者だけになった。その中にかつて世話になった三つ編みの子――ツィラの姿もあり、ちょっとだけ安心できた。


「では、陛下とシュタイン卿はあちらへ。終わり次第お呼びします」

「うむ。……では、夫人。健闘を祈る」

「冴香、無理はしないで。俺、待っているから」


 陛下には堂々たる態度で、ヴィルには不安を隠せない様子で言われ、私は頷いた。

 施術のためということでツィラが私の口にガーゼを詰め込んだので、声を出すことができなかったんだ。


 ……そういえば、私を助けてくれたあの人たち、私に悲鳴を上げさせるためにわざと足をつねったり布を噛ませたりしてきたな。あのときは怖かったし混乱していたけれど……彼らももうじき故郷に戻れるみたいだし、よかったな……。


「では、これより記憶蘇生の魔術を行います。サエカ様は目を閉じ、なるべく心を無にしていてください」


 分かりました、と答える代わりに頷く。


 頷くけど……心を無って、難しい。

 何も考えないようにしてもどうしてもヴィルの顔が脳裏に浮かぶし、彼が私の名を呼ぶ声が耳によみがえる。


 でも、「では、こちらの魔石を――」と女性魔術師が言ったあたりからだんだん私の意識は遠のき、やがて真っ黒なタールの海に沈んでいくように堕ちていった。

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