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34 あなたのためにきれいになりたい

 フローラたちが案内してくれたのは、よく町のマダムが井戸端会議をしているという町の一角だった。

 民家と民家の間のちょっと開けた空き地のような場所で……おおっ、本当に井戸がある……! 正真正銘、井戸端会議だ!


「皆様、こんにちは」

「おや、フローラちゃん……あらあら、サエカ様まで!」

「ごきげんよう、サエカ様。フローラちゃんとアンネちゃんを連れてお出かけ?」

「そんなところです」


 井戸の縁に腰掛けたりもたれかかったりしつつお喋りをしていたマダムたちは、私たちを見ると気さくに挨拶してくれた。


 フローラにつんっと背中を押されたので、私は前に出た。

 ここから先はフローラたちは聞かない方がいいかもしれないので、二人にはちょっと離れたところで待機してもらい、私だけで話しに行くことにしていた。


 緊張するけど……そうも言ってられない!


「あの……実は皆様にご相談がありまして」

「相談? あたしたちに?」

「ええ。その――」


 私が声を潜めフローラたちの方をちらちら気にしているからか、マダムたちはある程度のことを察したようで朗らかな笑顔を一旦引っ込め、真剣な眼差しでこっちに耳を傾けてくれた。


 そうして私は、ヴィルのために体を磨きたいこと、もっときれいになりたいことをたどたどしくも告げた。

 リリズの町の中では「運命的な出会いと再会を果たしたラブラブ夫婦」ということになっているから、まさかこれから初夜を迎えるのですとは言えなかったので、その辺はぼかしながら。


 マダムたちは私の話を聞くと、ふむふむと頷いた。


「なるほど……それはきっとシュタイン卿もお喜びになるわね」

「あたし、ちょうどいい店を知ってるよ。サエカ様くらいの年齢の新婚の子に人気でね、変な薬剤や怪しい道具を使ったりしないから安心できると思うよ」

「そうなのですか? 是非案内してもらいたいのですが」

「もちろん! それじゃあサエカ様が店に行っている間、フローラちゃんたちはうちの店で待ってもらおうかな」


 そう言うのは、青果店を経営している奥さんだった。彼女の店ではいつも新鮮な果物が買えるので、ケルクやルシルなど私の舌でも満足する味の果物をよく購入しているお得意様だった。


 彼女の言葉に甘え、私はフローラとアンネを青果店で待機させ、件の店に行くことになった。

 青果店の奥さんについて市街地を抜け、路地裏に入る。路地裏というとちょっと煤けて汚れているイメージがあるけれど、このあたりは大通りから逸れた路地裏にも飲み屋や服飾店などがあるので人通りもあるし、最低限の掃除もなされていた。


 ちなみにリリズの町の煉瓦道を自動できれいにする道具を開発したのもヴィルで、歩いている途中にも何台か、自動で運転する円盤形の清掃魔法器具とすれ違った。

 名前は……うん、お察しください。


「ここだよ」


 奥さんがそう言って立ち止まった先にあったのは、見目に関しては周りの建物と大差ない煉瓦造りの二階建て建造物だった。

 ドアの前のプレートには「健康に関するご相談、受け付けております」と書かれている。


「健康関連のお店……?」

「表向きは、痩身効果のある茶や化粧品などを扱っている店だ。……ほら、いくら恋人や旦那様のためといっても、ああいう店に入る姿は見られたくないって子もいるだろう?」


 そう言う奥様に続いて店に入る。

 店内は小綺麗な雑貨屋さんといった見目の内装で、天井から下がったガラス製のモビールや、棚に陳列されたよく分からない液体の入ったおしゃれなボトルなど、見て回るだけでも楽しそうだ。


 奥さんは店員の女性を呼び止め、「あちらの方が……」と私の方を見ながらなにやら小声で説明をしている。それを聞いた店員は微笑み、「かしこまりました」と言って私の方にやってきた。


「お待たせしました、シュタイン卿夫人。お話は伺いましたので、こちらへどうぞ」

「はい。……あ、あの、ありがとうございました!」


 さっさと店を出て行こうとしていた奥さんに向かって言うと、首だけ捻って振り返った奥さんはニッと笑った。


「気にしないでおくれ! これも全てシュタイン卿のためだからね! 用事が終わったらうちで待っているフローラちゃんたちを引き取りに来てくれよ」

「分かりました」


 フローシュ王国風のお辞儀で奥さんを見送り、私は店員さんに案内されて店の奥に向かった。


 フロアは明るくておしゃれな感じがしたけれど、店の奥にあった狭い廊下の先にある小部屋は、ベッドが一つ置いているだけで薄暗かった。これ、店が店だったらヤバい想像しかできないな。


「では服を脱いでこちらに横になってください。下着はそのままで大丈夫です」

「あ、はい」


 今日のためにマヤが選んでくれたワンピースを脱ぎ、下着姿でベッドにうつぶせになる。

 店員さんは一旦奥に引っ込み、数種類のボトルを手にして戻ってきた。「これは保湿効果がある」「これは肌のくすみを消す」といろいろ説明を受けたけれど結局、日本の高級化粧品とまではいかずとも、この世界にも美容に関する一式があるのだと分かった。成分もいろいろ説明されたけれど、どれも私が聞いたことのある植物や果物、ハーブの名前ばかりだったので安心できた。


「それでは施術を始めますが……ひとつ、お願いがございます」

「はい」

「シュタイン卿夫人は、旦那様のためにお肌を磨きたいとお思いなのですよね? でしたらわたくしどもが施術する間、きれいになりたい、旦那様を喜ばせたい、ということを思っていてください」


 興味を惹かれた私は片肘をつき、体を捻って背後を見た。

 きらきら光るボトルを手に立っている店員さんは、微笑んでいた。


「あなたが輝きたい、と思っていればいっそうの効果が生まれるのです」

「私が……」


 それは、「病は気から」とかプラシーボ効果、自己暗示みたいなものかもしれない。

 でも人間の脳や体は単純なもので、「私はきれい」と思うだけでも肌の輝きが変わってくる……と聞いたことがある。


 ……うん、私はヴィルのために、きれいになりたい。輝きたい。

 もっともっと「好き」の言葉を聞きたい。


「……分かりました。あの、よろしくお願いします」

「ええ、お任せください」


 私は再びうつぶせになり、目を閉じた。

 まぶたの裏に、柔らかく微笑む夫の顔を思い浮かべながら。













 施術は体感一時間ほどで終了した。

 いろいろ体を揉まれたり何かを擦り込まれたりして、肌がつやつやになっただけじゃなくて肩こりや足の疲れまで回復した気がする。これは……やみつきになるかも。


 日本のサロンでも見られるように、このお店でも回数券制度や二回目以降割引制度とかがあるそうだ。私は店員さんと相談した末、回数券を購入した。ヴィルを喜ばせたいということもあるけれど、シュタイン卿夫人という立場からしても美容には気をつけていた方がいいだろうし、これからもお世話になると思うからね。


 ちなみに私が今日使ったり町に降りたときに買い食いをしたりするときに使うお金は、いわゆる私専用のお小遣いだ。ヴィルは最初目玉が飛び出るほどの金額を提示してきたけれどそれは丁重にお断りして、ほどほどのお小遣いをもらうことにした。

 ただ私が妥協した金額はいいところの奥様の一ヶ月の小遣いとしてはとんでもなく安いらしく、「俺、甲斐性なしにはなりたくない……」とヴィルは不安そうな顔をしていたけれど、私にも主張はあった。その結果、もし足りなくなったらその都度お願いするということで折り合いを付けたんだ。


 青果店でお菓子を食べながら待っていたフローラとアンネを引き取り、奥さんには重ねてお礼を言って私たちは屋敷に戻った。


「サエカ様、どうでしたか?」

「お肌、きれいになってますね!」

「あ、分かる?」


 フローラたちに言われ、気分がよくなってきた。


「肌もきれいになったし体の疲れも取れた気がするんだ。フローラたちももうちょっと大きくなったら行けるといいね」

「……はい。あの、私、いつか素敵な人と結婚するのが夢なので……そのときには私も体をぴかぴかにしたいんです!」


 アンネが頬をほんのり赤く染めてそう宣言した。

 そっか……やっぱり結婚とかにも憧れがあるよね。間近に結婚間もない私とヴィルがいるから、よけいにそう思うのかも。


 フローラたちが自分の望む道を歩ける世界。

 そんな未来が来てほしいと願っている。

町で見かけたものはもちろん、ル○バもどきです

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