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3  朝チュン展開にはほど遠い

 温かい。

 体中がぽかぽかしていて、心地いい。

 ちょうど近くにあったものに頬ずりすると、思ったよりも硬かった。

 布越しに感じる硬さ……これはいったい?


「冴香……目が覚めた?」


 誰かが私の名前を呼んでいる。

 私はうーんと唸り、頬ずりしていた硬いものにさわさわと手を滑らせた。


「んー……あと、じゅうごふん……」

「まだ寝ていたい? それならゆっくり寝ていいよ」


 誰かさんは、起床時間に関して非常に寛容なお方だったみたいだ。

 衣擦れの音がして、私の肩まで覆っていた上掛けがずらされた。ちょっと肌寒くて身を震わせると、ちゅっ……と頬に柔らかいものが当てられた。


「ん……たかお?」

「ちょっと待って冴香、それは誰?」


 とたん、それまで柔らかい声音だった誰かさんはドスの利いた声を出し、私の肩をぎゅうっと掴んできた。手加減はしているようだけど、結構痛い。


「んっ……やぁ。らんぼうなひと、きらい」

「ご、ごめん! 許してくれるかな、冴香?」

「んー、ゆるすー」

「あ、ありがとう!」


 そしてぎゅーっと強く抱きしめられた。

 ああ、私ってやっぱり、素直な人に弱いのかな。

 だから孝夫もあのとき――


 ……。


 私は飛び起きた。

 そして、目の前の光景に目を瞬かせる。


 てっきり私の家だと思っていたら、ここは知らない部屋だった。壁や家具はベージュや茶色系統で統一されていて、シックで暖かみがある。

 そして今私が寝ているのは、かつてホームセンターで「展示品限り!」をお買い得で購入した簡易ベッドではなかった。超ふわふわで、しかもでかいベッドだ。


 そして、おそるおそる振り返った先。

 ついさっきまで私が横になっていた、その隣に寝転がっているのは――


「……誰?」

「誰、って……冴香は意地悪だね」


 そう言って唇をとがらせたのは、ふわふわ茶髪のイケメンだった。え、あ、ちょ、裸? 服を着て……あ、ズボンは穿いていた。セーフ。


 細くも引き締まった上半身をさらけ出して寝転がっているのは、襟足長めな柔かそうな茶色の髪にとろりと甘いブルーの目のイケメンだった。

 ……あれ? そういえば私、夢の中でこんな人と結婚したような――


 結婚式を挙げた夢の中と違って、今の私の頭の中ははっきりしている。わざわざ頬をつねらなくても、これが現実の出来事だとはっきり分かっていた。

 でも……どういうこと?


 ベッドに座り込んだまま混乱する私を見、イケメンも体を起こした。弾みで上掛けも滑り落ちて――あっ、この筋肉の付き方、かなりタイプかも……。


「魂が再形成されたばかりだから、まだ混乱しているんだろう。……冴香、君は地球で、命の危険にさらされた――そうじゃないか?」


 イケメンに問われ、私は一人でぐるぐる考えるのを放棄しておずおず頷いた。


「は、はい。プラットホームから落ちて、電車に轢かれそうになって――」


 って、この人明らかに外国人だけど、言っても分かるんだろうか? 見たところ、日本語は流暢に扱えているみたいだけど。

 でもイケメンは頷いて、「やはりそうか」としみじみと言った。


「俺が君に贈った指輪は、君を守ってくれますように、っていう願いを込めて作ったんだ」

「……ほ?」

「君は電車に轢かれそうになった――いや、実際君の肉体は破壊されてしまった。でも魂だけはかろうじて、こちらの世界に引き込むことができたようだね」

「……へ?」

「いきなり求婚をしたからびっくりさせてしまっただろうけど、君の魂を繋ぎ止めるにはこの方法しかなかったんだ。自分が強力な魔術師だったこと、これほど嬉しく思った日はないよ」

「……は?」

「でも、これでやっと君に触れられるし、ずっと君と一緒にいられる。……ずっと君に触れたいと思っていた。冴香、俺のお嫁さんになってくれて、ありがとう。愛しているよ」


 そして抱き寄せられ、甘いキスを交わし――


「っ……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ボクッ、と音を立てて、私の拳がイケメンの顎に決まった。

 私は悪くないと思う。











「あ、あの! ごめんなさい、本当に!」

「いいんだよ、冴香。……ああ、冴香に殴られるなんて、夢みたいだ――」


 寛容なのはとてもありがたいけれど、ちょっと変態くさいイケメンだ。


 平謝りする私の前で、イケメンはにこにこ笑顔で自分の顎を撫でている。そこは真っ赤に腫れていて、見るからに痛々しい。たぶん、いずれあそこは紫色になって、黄色になって、やっと痣もなくなるんだ。


「初めて冴香に殴られた証――うん、一生残しておこう」

「えっ、やめてください!」

「そう? それじゃあ、残念だけど――」


 イケメンは本当に残念そうに肩を落とし、自分の顎に触れた。


 ――そして数秒の後に手を離したときには既に、私が残した拳型の痣はきれいさっぱり消え去っていた。


「……あ、れ? なくなってる……?」

「うん。魔術を使ったからね」

「まじゅつ」

「冴香、ずっと魔術を見てみたいって言っていたよね? これからはたくさん魔術を見せてあげるし、俺が作った魔法器具も使わせてあげるね。改良を重ねたから、冴香でも問題なく使えるはずだよ」

「えっと……あの、そもそもあなたって誰ですか?」


 おずおずと手を挙げて尋ねる。うん、あれこれありすぎて名前を聞く間もなかった。


 イケメンは私の名前をフルネームで知っているようだけど、あいにく私は彼の名前を知らない。


 というか、魔術って? 私が見てみたいって言っていたって、どういうこと?


 とたん、イケメンの顔から笑みが消えた。

 えっ、私そんなに変なことを聞いた?


「冴香……本当に覚えていないのか? 俺だよ、ヴィルだよ」

「ビール?」

「ヴィルだよ。いや、まさかこの反応って……。……覚えて、いないんだね……? 俺が魔術師であることは? 桜の木の下で一緒にお喋りをしたことは?」

「……あの、ごめんなさい。何も心当たりがありません」


 矢継ぎ早に問われても、私は「知らない」としか答えようがない。


 魔術師?

 桜の木?


 何のことか、ちっとも分からない。

 そもそも、目の前のイケメンの名がヴィルであると初めて知ったというのに。


 イケメン――もといヴィルは、私の返答にいたくショックを受けたようだ。

 しばらくの間両手で顔を覆って黙ってしまっていたけれど、やがて彼は唸り声を上げた。


「……まさか、異世界からやってきたときに俺のことを全て忘れてしまったのだろうか? ああ、それなら……俺は、君になんとお詫びを申し上げれば」

「あ、あの。まず、今の状況を教えてくれませんか?」


 そもそも私たちはベッドの上で話している状態だ。

 私はいつの間にかふわふわひらひらのネグリジェを着ているし、ヴィルは上半身裸だし。


 ……そういえば私、誰に着替えさせられたんだろう? ヴィル? うん、考えないようにしよう。


 するとヴィルははっとした顔になり、真面目な顔で頷いた。


「……そうだね。冴香もいろいろあって混乱しているだろう。体に不調はない? どこかが痛いとか、だるいとか、気分が悪いとかは?」

「……特にありません。結婚式の間は夢の中にいるようだったけれど、今は意識もはっきりしています」

「……あ、そっか……君、ぼんやりしていたものね……仕方ないか、うん」


 ヴィルはどことなく残念そうにつぶやいたあと、ベッドから降りた。わあ、髪を掻き上げる仕草が壮絶に色っぽい。


「食事を持ってきてもらうから、まずは腹ごしらえをしよう。話はそれからだ」

「あ、は――」


 い、と言うより早く、私のお腹がぎゅうっと鳴った。

 体は正直だね!

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