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21 魔法器具は便利だな

 ヴィルのいなくなった屋敷は、ちょっとだけ寂しい。

 寂しいといっても、子どもたちは全員いるし仕事に出ていないヴィルの同僚たちの姿もあるから、ひとりぼっちになったわけじゃない。でも、内臓の一部が切り取られてしまったかのように少しだけ胸がすうすうして、物寂しい気分。

 ぽっかり空いてしまった胸の空白を埋めてくれる人は今この屋敷にはいないんだと、ひしひしと感じられた。


 ……って、虚しくなってる場合じゃないよね。

 ヴィルが仕事に行ったらやりたいと思っていたことがあるんだ。


「……家電の扱い方、ですか?」


 そう言って太い腕を組んで首を捻るのは、ヴィルの同僚の一人。この世界の人間はおしなべて身長が高いので彼も見上げるほどの体躯を持っていて、顔を見るのも一苦労だった。


 私は頷き、ちょうど彼の背後に見え隠れしている魔法器具を手で示した。


「それ、掃除機ですよね。私、自分にできることをしたいんです。だからヴィルが開発した、低魔力者でも扱えるという道具を使ってみたくて」


 オーブン、冷蔵庫、掃除機、ドライヤー――この屋敷は、ヴィルが地球の家電を参考に開発した道具で溢れている。低魔力者にも難なくこなせる道具作りを目指しているヴィルだから、ちゃんと使い方を覚えたら私にだって扱えるはず。ヴィルからも、「大人の誰かが側にいるなら使っていいよ」と言われているんだ。


 それを述べると、ケネスさんは納得がいったというように頷いた。


「制作者本人の許可があるなら、俺が断るいわれはありませんね。ちょうど今から掃除機を掛ける予定だったので、どうぞこちらへ」

「ありがとうございます、ケネスさん」


 快諾してもらったのは嬉しいけれど、ばりばり外国人風な見た目の彼から「掃除機」という流暢な言葉が出てくるのは違和感ばりばりだ。


 ケネスさんは、ヴィルが開発した掃除機を私の前に移動させた。……うん、見た目はまさに掃除機だ。ちょっとデザインが古いので、地球時間で言うと十年以上前にチラシを見せたのだということが現実味を帯びているようだ。


 小さな車輪の付いたころっとした丸いボディに、蛇腹のホースのような管と取っ手がくっついている。その先端にはティッシュ箱のような形のヘッドが付いていて、もうまさにコードレスの掃除機だ。


「サエカ様はこちらをお持ちください……って、使い方ならサエカ様が誰よりもよくご存じですよね」

「たぶん。……スイッチはどこにあるのですか?」

「こちらへ。押しますね」


 そう言ってケネスさんは大きな体を畳み、ころっとした掃除機のボディにいくつか付いているボタンを押した。

 すると一瞬、ホースと取っ手がぶるっと震え――


「おお、吸い込んでる吸い込んでる」

「これを見てもまったく驚かないあたり、さすがですね」

「そりゃあまあ、ヴィルに掃除機を教えたのは私みたいですし」


 そう言いながら私は広々とした廊下に掃除機を掛けていく。ケネスさんは私の半歩後ろをついてきてくれていた。


 この掃除機で使う魔力は……風、かな? 取っ手部分には歯車のようなものが付いていて、ケネスさんの指示を受けてそれをカチカチと回転させたら吸い込む威力が変わった。


「風の魔法でゴミを吸い取っているのですよね?」

「もちろん。ですが、それだけではありません」


 ケネスさんは一旦私に掃除機を止めるよう言い、振動を止めた掃除機のボディをぽんぽんと軽く叩いた。


「風魔法でゴミを吸うのはもちろん、ボディの――このあたりにも魔石を取り付けているのですが、ここには風魔法と空間魔法を溜め込んでいます」

「えーっと……空間魔法っていうのは確か、扱える人はあまり多くないんですよね?」


 圧力鍋の説明を受けているときに、ヴィルがそんなことを言っていた気がする。

 するとケネスさんは頷いて、ボディの蓋をぱかっと開いてくれた。あっ、きらきら光る石が二つセットされている。


「こちらの緑の魔石に風魔法を、白い魔石に空間魔法を溜めることで、吸い取ったゴミを圧縮させてまとめて捨てやすくしています。……とはいえサエカ様もご存じの通り、空間魔法は非常に扱いが難しく……このリリズの町でまともに扱えるのはヴィルフリートだけでしょうね」

「そ、そんなになんですね」


 ということはヴィルが倒れたり長時間屋敷を離れたりして空間魔法の魔石にチャージができなくなったら、この掃除機も厨房の圧力鍋も使えなくなっちゃうのか……。ヴィルの存在、大きいな……。


 その後、私はケネスさんにいろいろな魔法器具を紹介してもらった。

 洗濯機もどきや湯沸かし器もどきはなんとなく想像できていたけれど、「これ、耳に当ててみてください」とケネスさんに言われてヘッドホンのようなものを装着したとたん、子どもたちの元気な声が聞こえてきて思わず目を丸くしてしまった。確か子どもたちは今、大部屋で勉強をしているはずだ。


「これ、電話……?」

「ヴィルフリートはデンワというものの開発を進めているようですが、少々難しく……こちらは屋敷の随所に設置した子機と音声のやり取りをできるようにしている魔法器具でございます」

「なるほど」


 私がつぶやいた声はヘッドホンの向こうにも聞こえていたようで、「あれ? サエカ様の声?」「子機から聞こえる!」と子どもたちがざわざわし始め、「私が取る!」「僕だ!」というしばらくの悶着の末、「もしもし、サエカ様」というフローラの声がした。さすが最年長。


「もしもし。今、ケネスさんに魔法器具の使い方を教わっていたんだ。勉強の邪魔をしていたら、ごめん」

「構いませんよ。……あの、子どもたちがサエカ様と子機でお話をしたいそうで……少しだけ付き合ってもらえませんか?」


 そう言うフローラの声の向こうからは、「僕が先!」「じゃんけんで負けたくせに!」と子どもたちが争う声がしていた。じゃんけん、あるんだ……。


 その後、私は入れ替わり立ち替わり私と話したがる子どもたちとヘッドホン越しにお喋りをしたのだった。ちなみにそのときに、彼らがやっているじゃんけんはやっぱりヴィル考案で、自分側に手のひらを向けたパーで「炎」、チョップのような手で「風」、ピースサインを横に倒した「雷」の三つで構成されていることを教えてもらった。

 ファンタジー!









 夕方、ヴィルとマキシさんが帰ってきた。


「おかえりなさい、ヴィル、マキシさん」

「あっ……。……ただいま、冴香。今日は何をしていた?」


 バイロンさんが「転移魔法陣の音がしたから、もうすぐ帰ってきますよ」と教えてくれたので玄関で待つことにしていた。

 ヴィルはそんな私を見て少し驚いたような顔をしていたけれどすぐにふわっと微笑み、持っていた荷物をマキシさんに押しつけて私の手を取った。


「今日はケネスさんたちに魔法器具の使い方を教えてもらっていたんだ。掃除機と洗濯機くらいなら使ってもいいよね?」

「冴香が家事をするってこと? ……うーん」

「だめ?」

「だめじゃないよ。冴香だって一日中屋敷にいても暇だろうし……でも、掃除はともかく洗濯もかぁ」

「だめ?」

「だめじゃないよ。ただ……」


 ヴィルは黙ってしまった。

 ……質問攻めにしたの、よくなかったのかも。そんなに私に洗濯をしてほしくないのかな……?


 慌てて彼に謝ろうとしたけれど、背後から大きなため息が聞こえてきた。


「言いたいことがあるのならばちゃんと言ってください、ヴィルフリート。……サエカ様、ヴィルフリートはあなたが男性の服や下着にも触れることになるのを嫌がっているのですよ」

「マックス!」

「違いますか?」


 いつも以上に目を細めたマキシさんに問われ、反射的に声を上げたもののヴィルはグッと黙り込んでしまった。

 ということは……マキシさんの言うのは、本当だったの?

 掃除はともかく洗濯に渋い顔をするのは、私が男の人の服とかに触れるのが嫌だから……?


「……ヴィル?」

「それは……。……だって、子どもたちの衣服ならともかく、君が……皆の着た服に触れるなんて、なんだか……モヤッとする」


 ここが、と彼はコート越しに自分の胸に触れた。言いたいことはあるのだけれどそれをうまく言葉にできない、って感じの眼差しをしている。


 ……えーっと、これはつまり――


「そうです、一種の嫉妬です」

「私、まだ何も言ってませんが……」

「サエカ様もお察しではあったでしょう? ヴィルフリートはあなたのこととなると頭のねじが外れて知能指数が下がってしまうようなので、保護者として申し訳なく思います」

「そこは先輩か右腕、もしくは同僚と言ってほしかったんだけど、マックス」

「保護者も同然でしょう? ……そういうわけで、サエカ様。あなたが私たちの下着を洗濯すると考えるだけでヴィルフリートは嫉妬のあまり面倒くさい男になりそうなので、どうかその点はご了承くださり、洗濯するのであればタオルなど、ヴィルフリートが嫉妬しないものに留めてくだされば」

「……分かりました」


 男物の衣服や下着に嫉妬するって……でもまあ、マキシさんたちだって屋敷の奥様(仮)に自分の汚れ物を洗わせるのは躊躇うだろうし、その通りだろうね。


 ヴィルはマキシさんにけちょんけちょんに言われたのが気に入らなかったようで、唇を尖らせていた。私はそんな彼の顔を覗き込み、食堂の方を手で示す。


「まあ、とにかくご飯にしよう。……あのね、実は今日のご飯はちょっと特別で」

「特別?」

「うん。もうすぐ支度ができるそうだから、ヴィルたちは着替えてきてね」

「……分かった。楽しみにしているよ」


 ヴィルはだいぶ機嫌を直したようで、「またあとでね」と私の髪をそっと撫でてから手を離した。

 私は着替えのために部屋に向かっていったヴィルたちを見送り、よし、と気合いの声を上げて厨房に向かった。

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