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20 「いってらっしゃい」を言いたくて

 数日後、ヴィルの新婚休暇が終わり、城に出仕することになった。


「お城でどんなことをするの?」


 朝食の席で私が尋ねると、ヴィルは少し考える素振りを見せた。


「そうだね……俺の仕事は基本的に屋敷で事足りるんだけど、たまには研究所の皆に顔を見せに行かないといけないし、商品の説明は俺じゃないとできない。そのために用があるときだけ行って、用事が終わったらさっさと帰るようにしているんだ」

「そうなんだね」


 ヴィルはいわゆる魔法器具の発明家で、この屋敷の隅にも研究室がある。そこはヴィルたち大人の仕事部屋なので、子どもたちは一切立ち入り禁止となっている。

 それは私に関しても同じで、「魔力への抵抗が皆無の冴香が近づくと、体調を崩すかもしれないから」ということで、私は庭の隅にある研究室には近寄らないようにしていた。時折怪しい音が聞こえてきたり、「あー、失敗だ!」「おい、死ぬなよ!」という物騒な会話が聞こえてきたりするから心配なんだけど……私が行っても手助けになるどころか、ミイラ取りがミイラになる未来しか見えない。


 ヴィルたちが開発した魔法器具は一旦城の研究所に持っていって、いろいろな検査を通し特許のようなものを取って初めて商品化される。でも城の研究所の名で発売される魔法器具はべらぼうに高いから、一般市民の手には届きにくい。ヴィルは、「完全な保証はできないけれど、それでもいいのなら」ということで、試作品の魔法器具をリリズの町で配ったりしているそうだ。


 それって法律的にいいの? と聞いたけれど、「俺が作ったものを俺の手の届く範囲にいる人が使うなら問題ない」んだという。リリズの町の人も保証とか安全性とかいろいろと理解した上で格安の試作品魔法器具を譲ってもらっているから、恨みっこなしだって。平和的解決法でいいねぇ……。


 このあとヴィルは身支度を調えたら、マキシさんと一緒に城に行く。私と結婚してからというものの、ヴィルは私との時間を優先してくれて比較的ゆっくり過ごしていたけれど、その分の仕事をマキシさんが請け負ってくれていたらしい。マキシさんにお礼を言うと、「それこそが私の仕事ですから」とどこか誇らしげに言われた。


「今日はひとまず陛下に挨拶しに行って、研究所に寄る。やることをやったら戻るから、昼食までには帰れるはずだ」


 外出用のずろっとした裾の長いコートに着替えながらヴィルがそう言った。どうやらこれが魔術研究者の制服らしく、仕事関連で出仕する際にはこのコートの着用が定められているそうだ。


「マックスも連れて行くから、子どもたちは半日休暇だ。冴香も皆と一緒にゆっくり過ごしていてね。バイロンたちが残っているから、何かあれば彼らに聞けばいいよ」

「うん、分かった」

「それじゃ、行ってくるよ」


 そう言ってヴィルは私に背を向けた。どうやら例の研究所に転移魔法陣があって、そこから城まで直行できるそうだ。魔術師の出勤はものすごくハイテクノロジーだ!


 行ってくるよ、と言われた私は頷きかけ――途中で思い直して、並んで歩くヴィルとマキシさんのあとを追いかけた。


「待って、ヴィル」

「どうしたの?」

「お見送りするよ。……あ、でも私は研究所の近くまで行けないから、外までだけど……いい?」


 少しでも、ヴィルの奥さんらしいことをしたい。

 この前フローラにも言われたけれど、ヴィルは私との再会をずっとずっと夢見ていた。それに私も彼のことをもっともっと知りたいと思っているから……私の方からも歩み寄るべきだと思うんだ。


 そう思っての提案だったけれど、なぜかヴィルはものすごくびっくりしたように目を丸くし、持っていた資料をばさばさ落とし――たのをマキシさんが魔法で拾い上げた。ナイスキャッチ、マキシさん!


「お見送り……本当に?」

「う、うん。あの、チョロチョロして迷惑だったらやめるけど……」

「まさか! 俺、こういうのに憧れていたから……はは、すっごく嬉しいよ」


 じわじわとヴィルの頬が赤く染まり、眉が垂れて嬉しそうに眼差しを緩める。頬を掻く彼は本当に幸せそうで、私を気遣ってついた嘘ではないのがすぐに分かった。そんな反応をしてもらえたら、勇気を振り絞って申し出た私もほっとする。


「よかった……あの、じゃあ外まで、ね?」

「うん。行こう、冴香」


 ヴィルはそう言うと私に手を差し出してきた。ここから玄関まで歩いてすぐだけど、ヴィルは手を繋いでいたいらしい。

 私が躊躇ったのはほんのわずかの間だった。すぐに私は手を伸ばし、ヴィルの左手に自分の右手を重ねた。私より一回り大きいヴィルの手が私の手を優しく捉え、指と指を絡めてくる。


「……やれやれ。まあ、これはこれでいいことですけどね」


 ……そんな私たちのあとを、ため息をつきながら資料を抱えるマキシさんがついてきてくれた。

 すみません、マキシさん。ありがとうございます。













 振り返ると、屋敷の入り口に立つ冴香の姿が。

 彼女が小さく片手を挙げて左右に振るので、ヴィルフリートもまた右手を挙げて同じように手を振る。すると冴香は遠目に見てもほっとした顔になり、先ほどより大きく手を振ってくれた。


「……顔が緩みっぱなしですよ。あと、奥方の姿をいつまでも見たい気持ちは分からなくもありませんが、ちゃんと前を見て歩いてください」


 隣を歩くマクシミリアンにせっつかれ、ヴィルフリートは渋々手を下ろして前を向いた。それでも、研究所に向かう足取りはいつもよりずっと重い。

 歩みの遅い彼をせっつくのを諦めたらしいマクシミリアンが先行して研究所の鍵を開け、ヴィルフリートを中に通した。


「城に着く前に、その緩んだ顔をどうにかしてください」

「どうしようもない。俺はこれから一生、この顔で生きていく」

「我々の沽券に関わるので、やめなさい」

「……分かった。それなら、城に着いたらちゃんとする」


 ものすごく不満そうにヴィルフリートが言う傍ら、転移魔法陣の準備を進めながらマクシミリアンは肩を落とした。

 傍目から見るとあきれ果てているような動作だが、ヴィルフリートからは見えないマクシミリアンの口元は、優しい笑みを象っている。


「……あなたに生きる糧が見つかったようで、何よりです」

「……」

「サエカ様の側を離れるのが不安な気持ちは分かります。しかし、あなたにとってのサエカ様の存在の大きさは、我々誰もが重々承知しております。たとえば……クラウスは甘えん坊でサエカ様にべったりですが、『ヴィルフリート様の留守中も、僕がサエカ様を守るんだ』と豪語しておりましたよ」

「……そうか。あのクラウスも」


 親元を離れて間もないクラウスは小さいながら、冴香を守るナイトとしてできることをしようと思っているのだろう。彼は人間としても魔術師としても未熟だが、冴香の側にいていてくれるならヴィルフリートも幾分安心できる。クラウスは甘えん坊で泣き虫だが、弱い子ではないのだから。


「それにしても……外でお見送り、ですか。サエカ様もなかなか面妖なことをなさる」


 魔法陣に自分の魔力を注ぎ込みながらマクシミリアンは感想を述べた。というのも、この世界において「出勤する夫を妻が外で見送る」という習慣は存在しないのだ。したとしても、玄関に立つとか窓辺から見送るとかその程度で、わざわざ外に出てまで見送ることは滅多にない。


 だがヴィルフリートは至極ご機嫌で、ふふんと自慢げに鼻を鳴らした。


「俺、冴香にお見送りしてほしかったんだ。昔冴香が見せてくれた動画でそういうシーンが流れてね。あ、これいいなぁ、って思っていたんだ」

「なんですか、そのドゥガって」

「俺と冴香だけの秘密だ。……それじゃあ、行こうか」

「転移魔法陣の準備をしたのは私なのですが……まあ、いいでしょう」


 やれやれまったく世話の焼ける後輩である、とマクシミリアンは苦笑したのだった。

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