2 どうせ夢だし結婚しよう
白い光。
これは、電車のライト?
そうだ、私は巨乳子ともみ合いになりそうになってプラットホームから落ちて、電車が迫ってきて――
「……か」
誰かの声がする。
なんだか体がふわふわしていて、意識もぼんやりしている。
これは……夢だろうか?
「……か。冴香――」
あれ、誰かが私の名前を呼んでいる?
私はだるい体に鞭打ち、目を開けた。
ああ、どうやら私は夢を見ているんだな。
だって私の目の前には、見たことのない格好いいお兄さんがいるんだもの。
ふわっとした癖のある茶色の髪は、私の顔を覗き込んでいるからか襟足が垂れて首筋で踊っている。私を見つめる目は、深みのある青色だった。それ、カラコンですか?
純日本人だとあり得ない配色なのもあるけれど、何が目立つって彼は相当のイケメンだ。鼻は高くて、肌の色は白い。目鼻口のパーツ配置や柔らかそうな眼差しまで、完璧。
おとぎ話に出てくる王子様のような人が、そこにいた。
……おかしいな。私、電車に轢かれたはずなのに。どうして目の前に外国人イケメンが?
……ああ、でもなんだか、考えるのもしんどいな。
「冴香……目が覚めたんだね」
彼は、私の名前を愛おしそうに呼んだ。
なるほど、彼は私の名前を知っているという設定なんだな。
私が頷くと彼はふにゃっと破顔したあと、すぐさま表情を切り替え険しい眼差しになった。
「聞いて、冴香。君のために、俺たちはすぐに式を挙げなければならないんだ」
「しき?」
「……時間がない。俺と結婚してください、冴香」
そう言うとイケメンは自分の胸に手を当て、真剣な眼差しで私を見つめてきた。
……んー、なるほど。
ここはつまり、孝夫に二股されてショックを受けた私の、脳内妄想世界だな! 私のことを妄想ババア扱いしたあの巨乳子、案外的を射ているかも。ただ、ババアは許せん。
ここは、夢の中。
考えるのも面倒だし、何より……こんなに優しそうなイケメンなら、いいよね?
「……喜んで」
私がにへらっと笑って承諾すると、とたんイケメンはごくっとつばを飲み、私の体を抱きしめてきた。
ああ、抱きしめられているのは分かるけれど、やっぱりなんだか感覚がはっきりしないな。
「ありがとう、冴香!」
「ん。結婚式なら、ドレスを着たい」
私にだって、真っ白なウェディングドレスを着たいという願望はある。
「真っ白で、ふわふわで、可愛いドレス。お尻をふくらませたデザインのがいいの。布で作ったお花も、付けてほしいな」
「わ、分かった。冴香のお願いなら、なんだって叶えるよ!」
わあ、イケメンは顔だけでなく心もイケメンだ。どこかの甲斐性なしたかぴぃに、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ。
そうしていると、だんだんと私の意識が遠のいていった。
ああ……なんだかすごく、だるいなぁ。
次に私が気が付いたとき、場面は大きく移り変わっていた。
ここは……どこだろう? あたりの景色がぼんやりとしていて、よく分からない。
「冴香、目が覚めたんだね」
あ、この声聞き覚えがある。
私は椅子に座ったまま寝ていたようだ。顔を上げると、真っ白なタキシードを着たあのイケメンが。
そして自分の格好を見てみると、希望した通りのウェディングドレスを着ていた。
なるほどなるほど。
この夢の中で、私は本当に結婚式を挙げられるんだね。
イケメンは私の体を軽々と抱き上げると、照れたように頬を掻いた。
「その……急ぎだったけれど、ちゃんと冴香の希望したドレスに仕上がっているかな?」
「うん、ばっちり。嬉しい。大好き」
どうせ夢の中だから好き勝手言ってしまうと、イケメンはさっと口元に手をあてがい、私に聞こえない声量で何かつぶやいた。
「……本当に、君という人は」
「あなたも格好いいよ」
「っ……あ、ありがとう。それじゃあ、式を挙げよう」
私はなんだかまだ体がふわふわしているから、イケメンに抱きかかえられたまま、祭壇に向かった。あれ、さっきはぼんやりしていたのに、今は立派な祭壇が見えるな。
祭壇には、誰かが立っているようだ。その人の顔は見えないし、早口で何かを述べているくらいしか分からない。
「さあ、冴香。ここに君の名前を」
「なまえ」
「寺井冴香、だろ? 漢字でもひらがなでもいいから、ここに書いて」
そう言ってイケメンは私にペンを持たせてきた。あら、これってボールペンみたいだね。ファンシーな世界にしてはやけに実用的なことだ。
私はイケメンに言われるまま、目の前にある紙の指定された箇所に名前を書いた。夢の中だけど、ちゃんとフルネームを漢字で書けたようで安心だ。
続いてイケメンもボールペンで名前を書いている。
……なんだろう。読めない。
見たことのない字だけど――考えるのも面倒だから、まあいいや。
「冴香、口づけをしよう」
サインを終えると、イケメンがそう言って私と正面で向かい合わせになった。
きゃっ、いよいよ誓いのキスなのねー。
こんな甘いフェイスのイケメンとキスできるなんて、素敵な夢なことだ。
イケメンは私が被っていたベールを取り払い、私の顔を軽く上向かせ、身を屈めた。
そして唇と唇を重ね合わせた――とたん。
ビビッと私の体中に電流が走り、ぼんやりしていた意識が一瞬だけクリアになる。
「ん! んぬううううう!」
「冴香、頑張って。もうちょっとだから」
私が悲鳴を上げても、イケメンは私をガッツリホールドしたまま離さない。
しかもこのキスもロマンチックにはほど遠く、こう、お互い口を大きく開けて、キスというより人工呼吸なんじゃないかって――
そして、私は再び意識を失いました。
夢の中で交わしたキスは、電気の味がしました。