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18 その名は、ドーナッツ

 まずは、ヴィルが書き出したレシピを基にバイロンさんたちがドーナッツを作ってくれた。つまり、私のコメントなしで作った「なんちゃってドーナッツ」だ。


 粉類や卵、砂糖、バター代わりらしいどろっとした乳製品などを混ぜ合わせ、成形する。ドーナッツ用の型は存在しないようだから、鉛筆のような棒状に伸ばした生地の端と端をくっつけ、輪っかにしていた。


 そしてその生地を油で揚げるんだけれど……あれ? ちょっと油の量が少ないような――


「さあ、どうですか?」


 テーブルで待っていた私とヴィルの前に、バイロンさんができたてのドーナッツを出してくれた。見た目はちょっと色の濃いドーナッツ。味は――


「……堅めのホットケーキ?」

「違った?」


 ヴィルに尋ねられたので、私は迷いつつ頷いた。


 私が子どもの頃よく食べていたドーナッツよりこんがりしている。油の量も少なかったからか、せっかくドーナッツ型にしたのにぺたんこに潰れてしまっていた。


 おいしくないわけじゃない。でも……「これがドーナッツ?」と聞かれれば、「違う」としか言いようがない。


「私が食べていたドーナッツはもうちょっと形がしっかりしていたし、揚げるときはもっと深いフライパンで、油をたっぷり使っていたと思います」


 こんな感じ、と中華鍋のサイズを手で示すと、それっぽいフライパンを持ってきてくれた。


「あとは……ちょっと水分が多いのかもしれません。高温短時間でさっと揚げてみたらいいと思います」


 一人暮らしを始めてからはドーナッツなんて洒落たものを作る気になれなかったけれど、高校生の頃はちょくちょくお菓子作りをしていた。そのときの記憶を掘り出しながら、私は意見を述べる。


 バイロンさんたちは私のコメントを丁寧にメモし、もう一度作り直すことになった。


「この乳製品は水気が多いので、量を減らしていいと思います。油はケチらずたっぷり使って、生地の表面がこんがりするまで揚げます。冷ましている間にもちょっと色づくと思うので、あまり長時間揚げる必要はないです」


 そうしていくつか作ってみた結果、しばらくしたら外はさくっ、中はふわっとしたドーナッツが完成したのだった!

 ミッションクリア!


「うん、これいい感じ!」

「……俺が作ったレシピのものとは、だいぶ違うね」


 子どもたちが来る前に味見をしていたらヴィルがしみじみとした口調で言ったので、私は頷いてほかほかのドーナッツを二つに割った。表面はきつね色だけど割った面は淡い黄色で、甘い香りが漂ってくる。


「そりゃあまあ、ヴィルは触れることも食べることもできなかったんだから仕方ないよ。……味は、どう?」

「すごくおいしいよ。……ただ、油をかなり使うから、頻繁には作ってやれないな」

「でも、ヴィルが考えたドーナッツもおいしかったから、在庫の油の量とかと相談しながら作ればいいと思うよ」

「そうだね。……おいしい。俺、君が昔食べていたものと同じ味のものを、口にできているんだね」


 そうつぶやくヴィルの眼差しは――少しだけ潤んでいるように思われ、千切ったドーナッツを食べていた私は思わずどきっとしてしまう。


 ヴィルはずっと、私に――私の世界に触れたいと思っていた。子どもの頃の私が食べていたドーナッツに、彼は触れることも、その匂いを嗅ぐこともできなかった。そんな彼からすれば、なんちゃってじゃない本当のドーナッツを食べられたことは感慨深いことなんだろう。


 ……今日はバイロンさんたちが作るのを横で見ているだけだったけれど、いつかヴィルに手料理を食べてもらえたらいいな。料理、得意な方だし。












 その後、特訓を終えて食堂に集まった子どもたちは、皿にたんと盛られたドーナッツを見て目を丸くしていた。ヴィルが、「冴香が教えてくれた本当のドーナッツだよ。食材の都合でしょっちゅうは作ってあげられないから、よく味わって食べてね」と言うと、皆目を輝かせてドーナッツをほおばった。


「すごい、おいしい!」

「じゅわっとしてて、ふわふわしてる……」

「これが本当のドーナッツだったんだね!」

「もう一個食べていい?」


 子どもたちの評判は上々で、私はほっと胸をなで下ろした。地球とこの世界では食材や料理においてかなり違いがあるけれど、地球発祥のお菓子でも子どもたちの舌に合ったようで何よりだ。


 ふと隣を見ると、テーブルに両肘を載せたヴィルが目を細め、子どもたちがドーナッツを食べる姿を見守っていた。その眼差しがとても柔らかくて、見ている私の心もふわっと温かくなる。ヴィル、子どもたちのことが好きなんだな。


「……どうしたの、冴香?」


 あ、まじまじと見ていることに気づかれてしまったみたい。

 こっちを見たヴィルがこてん、と首を傾げている。彼のふわっとした髪の房が首筋に掛かっていて、なんか……可愛い、というより……。


「う、ううん。ヴィルが、すごく幸せそうな目でみんなを見ているなぁ、って思って」

「……そうだね。やっぱり皆が元気に活動している姿や食事をしている姿を見ると、安心する。皆のためにも頑張ろう、って思えるんだ」

「ヴィルは子どもが好きなの?」

「うーん……嫌いじゃないとは思うけれど、どうなんだろう? フローラたちのことはやっぱり普段から生活を共にしているから可愛いと思えるけれど、一般的にはどうなのか分からないな。あまり子どもと触れあうことはないし」

「そっか」

「冴香はどう?」

「私? そうだね……」


 ヴィルから子どもたちへと視線を動かし、考えてみる。

 一般的な子どもを好きかどうかと聞かれると、「普通」だと思う。嫌いってわけじゃないけれど、大好きってほどじゃない。町で赤ちゃんを見かけると思わず笑みが零れそうになったりするけど……どうなんだろう。


「少なくとも、ここの子どもたちのことは可愛いと思うよ。フローラくらいになると大人びているけれど、アンジェラやクラウスは甘えん坊だし、可愛いよね」

「うん、俺もそう思う。冴香が皆のことを気に入ってくれて、嬉しいよ」


 ヴィルが嬉しそうに微笑むので、私も隣を見てつられたように笑ってしまう。


 ヴィルの隣は、居心地がいい。

 私たちは夫婦だけれど、ヴィルは私のことを思って無理に関係を進めようとせず、私のペースに合わせてくれる。


 今は、こうやって隣に座ってたわいもない話をしているだけで十分だ。

 これ以上距離が近くなると……緊張して、うまくお喋りもできなくなるかもしれないから。

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