16 練習風景を見学しよう
数日後、私は子どもたちの魔術練習風景を見学させてもらうことになった。
ヴィルもマキシさんもすんなり許可をくれたからほっとしたものの――
「はい、これ。見学中は絶対に外さないでね」
そう言ってヴィルが渡してきたのは、やたらでかい魔石がぶら下がったペンダントだった。
見ただけで魔石だと分かったのはただの大粒の宝石と違って表面が、じっと見つめている間に赤から黄色、緑や乳白色へと色を変化させていったからだ。オパールとか、いろいろな色が存在する宝石はあっても、ころころ色が変化する宝石なんてあり得ない。
「これも魔法器具?」
「うん、いろいろ組み合わせているけれど、主な役割は魔術の無効化。子どもたちの魔力程度なら、冴香の髪の毛一本焦がすことなく打ち消せるはずだよ」
「えっ……ああ、さては子どもたちのコントロールが狂って私の方に飛んできたとき用?」
「そういうこと」
ヴィルが真面目な顔で頷くので、なるほど、と私もペンダントを受け取って首から提げる。
でかい魔石がぶら下がっている見た目の割に軽くて、首の負担もほとんどなさそうだ。無駄な装飾もないので、動いてもチャラチャラ鳴ったりしない。……弾みで胸元の骨に当たったら、結構痛いけれど。
ヴィルは私がちゃんとペンダントを提げたのを確認し、「ちょっと試すね」と一言断ってから手のひらに野球ボール大の小さな炎を灯した。わあ、揺らめく炎の向こうに見えるヴィルの顔、なんだかすっごくファンタジー!
「絶対に冴香を傷つけないと約束するから、安心して」
「う、うん」
機能の確認のために私に炎をぶつけるんだよね。
魔力耐性皆無の自分に向かって炎を投げられるなんて、安心と分かっていても心臓に悪い。
でも、これは「魔術訓練風景を見たい」と私がヴィルたちに無理を言ったからだ。
ぎゅっと唇を噛みしめ、ヴィルを見据える。
ヴィルは私から距離を取るため数歩後退し、消しゴムでも投げ渡しているかのようにぽいっと下投げで炎を放ってきた。
うわっ、小さく見えたけれど近づくと結構でかい!
めらめら燃える赤い炎が間近に近づいたので思わずぎゅっと目を閉じた――けれど、炎が髪を焦がす匂いはおろか、皮膚に熱が近づく気配すら感じられない。
「……ああ、うまくいったね。目を開けていいよ、冴香」
安心したようなヴィルの声に、私は目を開く。炎は既に跡形もなくなっていて、私は念のため自分の体をぱたぱたとはたいてみる。
「……大丈夫、だったんだね」
「うん。これなら少々のことがあっても大丈夫だね。……体調は大丈夫?」
「うん、平気。何から何までありがとう、ヴィル」
「冴香のおねだりなんて可愛いものだよ」
ヴィルはそう言って微笑み、自然な動作で私の右手を取り、庭へと誘った。
私を優しく引っ張るヴィルの手は大きくて、温かい。
そっと指を絡めると、彼と視線がぶつかった。
なんだか恥ずかしくなったのでほんのちょっと目線を逸らすと、ヴィルはんんっと咳払いして、「……すっごい嬉しい」とつぶやいていた。
屋敷には複数の庭があって、家庭菜園、芝生広場、女の子たちが手入れする花壇、マキシさんの趣味で怪しい薬草を植えている日陰の薬草園などあり、その中でも一番広いのが魔術練習用の広場だった。この広場だけでも、学校のグラウンドくらいの広さはありそうだ。
「魔術にはいろいろな種類があるし、あらゆる場面を想定して訓練しなければならない」
私を練習用広場に連れ出したヴィルは、手で指し示しながら説明してくれる。
「このあたりは芝生だけど、あっちはわざと大粒の石や岩を使って、足場の悪いところを再現している。そっちの壁で囲まれたところは、市街地戦を想定している」
「……やっぱり魔術って、戦いにも使われるのね」
思わず、ぽつんと零してしまった。
ヴィルは私の顔を覗き込み、柔らかく微笑む。
「……冴香の住んでいた国は、長い間戦争をしていないんだよね。だから冴香には想像しにくいかもしれない。――フローシュ王国は平和を説いているけれど、世界中の諸国と仲よくできているわけじゃない。好戦的な国もあるし、今でも小競り合いを続けている地域もある」
「ヴィルたちの魔術が、戦争に使われることもあり得るってこと……?」
これまで私が見てきた魔術はどれも、生活を便利にするために使われていた。
でも考えてみれば、食物を温めるための炎の魔術は人を焼き殺せるし、乾燥機の代わりに洗濯物を乾かしてくれる風の魔術で人を切り刻むことができる。当然のことなのに、今の今まで気づかなかった。
でもヴィルは柔らかい笑みを浮かべたまま頷き、私の手を握る力を少しだけ強めた。
「そうだよ。研究者でもある俺も、国家の一大事となれば出征しなければならない。うちの子どもたちも同じだ。俺は別に、戦闘能力に特化して彼らを教育したいわけじゃない。でも、どんな仕事に就くにしても戦いの知識を身につけておくのは必要なことなんだ。……たとえ、戦争を嫌っていてもね」
「……そうなんだね」
平和ボケしている私には、想像が付きにくい。
でも地球だって、身近ではないだけでどこかでは戦争をしていた。それはきっと、この国も同じ。
にわかに、芝生広場の方がにぎやかになった。見ると、運動用の服に着替えた子どもたちが整列し、マキシさんの点呼を受けているところだった。
「ああ、そろそろ始まるね」
「ヴィルも指導をするの?」
「たまにはね。俺よりもマックスの方が教えるのがうまいから、細かい説明は彼に任せている」
「へえ……適材適所、だね」
「……マックスが優秀だから俺も助かっているんだよ」
そう言って、ヴィルは朗らかに笑った。
マキシさんによる点呼を終えると、子どもたちは芝生広場に散らばっていった。何人かは私の存在に気づいたようでこっちに手を振るけれど、「集中しなさい!」とマキシさんに叱られて慌てて持ち場についた。
そうしてマキシさんが笛のようなものをくわえ、ピッと短く鳴らした、直後――
赤、青、白、黄色。さまざまな色の閃光が弾け、私は思わず悲鳴を上げて隣にいたヴィルの腕にしがみついてしまう。
「ひえっ!?」
「大丈夫だよ、冴香。子どもたちにも魔法器具は持たせているし、何かあればマックスがすぐに助けに入る」
「そ、そうなの?」
目の前で光と音が交錯するものだから怯えてしまったけれど、ヴィルは落ち着いた口調で私をなだめ、空いている方の手でそっと私の頭を撫でてくれた。
「それに、これも訓練の一環だ……あ、アンジェラがやられたか」
「ええっ!?」
「大丈夫」と言われた直後なのに不穏な言葉を聞いて私は芝生広場を凝視する。すると、あちこちでパンパンと音が鳴り響き煙が上がる中、フラフラの足取りでまろぶようにアンジェラが出てきた。そのまま彼女はぱたっと芝生に倒れてしまう。
「アンジェラ!?」
「だめだ、冴香。……アンジェラなら大丈夫だ。だから、あの子が自力で立てるのを見守るんだ」
思わず駆け出しそうになったけれど、そんな私をヴィルが止めた。ヴィルの腕で通せんぼされた私はその腕をも掴んでしまうけれど、ヴィルは動じない。
そうしているうちに、ゆっくりアンジェラが立ち上がった。彼女は唇を噛みしめると頬に付いた泥を服の袖でぐいっと拭い、きびすを返して魔法が飛び交う中に駆け戻っていった。
アンジェラの手がひらめき、彼女の指先から赤い閃光が溢れる――すると誰かに命中したようで、小さな悲鳴がどこからか上がった。
何も言えず私がヴィルの腕にしがみついていると、彼は私を抱き寄せ、あやすようにぽんぽんと背中を叩いてきた。
「俺を信じて、冴香。……さっきも言ったけれど、この国は冴香の生まれ故郷ほど平和じゃないんだ。魔法を悪いことに使う者もいるし、国同士の衝突だって起きている。そうなると、弱い者は淘汰されてしまうんだよ」
「っ……」
「でも、子どもたちだってこの世界で生きていく上で必要なことは分かっている。……皆がどのような仕事を持つかに関係なく、強くなるべきなんだ。強くなれば自分の身も守れるし、大切な人を守ることもできる」
これが、魔法の存在するこの国――この世界の道理。
強くなければ、大切なものを守れない。それはもしかしたら――低魔力者として生まれた皆だからこそ、よく分かっているんじゃないか。
ふっと私は体を弛緩させ、ヴィルの腕を掴んでいた手からも力を抜く。
「……ごめん、ヴィル。私、分かっていなかった」
「冴香はこの世界に来てまだ日が浅い。だから気にしなくていいし……皆のことを案じてくれたのは、すっごく嬉しいよ。ありがとう、冴香」
……どうしてお礼を言うんだろう。
変なヴィル。