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11 May I sit down here?

 ヴィル開発の調理器具のおかげか、約二十人分の料理はかなりの速度で完成した。エプロンを着てから三十分くらいしか経っていない気がするけれど、もうスープはいい感じに煮込まれているし、サラダも前菜も準備万端。冷蔵庫もどきの中では、卵とミルクたっぷりのプリンが冷えている。


「それじゃあ、食堂に運ぶぞ。……ヴィルフリートはサエカ様と一緒に鐘を鳴らしてくれないか」

「了解。冴香に鐘の位置を教えるいい機会にもなるしね」


 バイロンに言われ、エプロンを脱いだヴィルが応えた。同じようにフリフリエプロンを脱いだ私はヴィルに問うてみる。


「鐘って……そういえば昨日、大広間に皆を集めるときにも鐘を鳴らすとか言っていたよね」

「冴香はよく覚えているね。その鐘だよ。皆に招集を掛ける際や今みたいに食事の完成を知らせるときとかに鳴らすんだ」


 そうしてヴィルに連れられて厨房を出て、中世のお城みたいなきらびやかな雰囲気の廊下を歩くことしばらく。

 角を曲がったヴィルが、立ち止まった。


 廊下の壁に、箱のようなものがくっついている。私の目の高さにあるその蓋を開くと、中にいくつかのボタンが並んでいた。


「これが制御盤だ」

「なんだかすごく現代日本らしい響きね」

「それもそうだよ。これも、冴香が見せてくれた資料をもとに考えたんだよ」


 過去の私は、彼にいったい何を見せたんだろう。

 ともあれ、ヴィルは複数のボタン中から「食事呼び出し用」というラベルの付いているものに触れ、ちょいちょいと私に手招きした。


「ものは試しだ。冴香、これを押してみて」

「わ、私が押してドカーンといったりしない?」

「冴香を傷つけるようなことは絶対にしない。もし何か間違いが起きても絶対に君を守るから、安心して」


 ヴィルは私のお馬鹿な言葉にも呆れることなく、真面目に返してくれた。

 きりっと表情を引き締めて「絶対に君を守る」と宣言するヴィル――すごく頼もしい。小学生男子のような発想をした自分――すごく情けない。


 私はヴィルに見守られながら、おそるおそるボタンに触れ、押してみた。

 ……反応がない。


「冴香、緊張しているね? もうちょっと強く押そうか」


 くすっと笑ったヴィルは――そっと、私の手に自分の手を重ねた。


 ヴィルの手、大きい。温かい。

 とくっ……と、胸がひとつ鳴った。


 ヴィルは私の手を包み込むような形でボタンを押す。あ、結構力が必要だったんだね。

 確かな手応えを感じた直後、屋敷に静かな鐘の音が鳴り響いた。カラン、カラン……という教会の鐘のような音は、聞いているだけでなんとなく心が穏やかになった。


「きれいな音……」

「開発した段階では、冴香の意見をもとにブザー音が鳴るようにしたんだ。それはものすごく不評だったから、爽やかな音になるよう改造した」

「……私、あなたにいったい何を見せたの?」

「防犯対策ほーむせきゅりてぃーとか言っていたね」


 セ○ムか!










 その後朝食の席に移動して、気づいたことがあった。

 食堂に集まった面々を見ると、子どもたちは昨日と同じく十五人そろっているけれど、大人たちは昨日挨拶した人はいなかったり、新しい人が席に着いていたりと顔ぶれが変わっていたのだ。


 ヴィルが言うに、大人たちはヴィルの同僚で日によって王城で寝泊まりしたり外泊したりすることもあるので、全員そろうことは滅多にないらしい。

 彼らにも改めて挨拶したあと――さて、今日はどこの席に座ろう?


「サエカ様、どこに座る?」

「そうだね……」


 ふわっとした内巻きの青い髪を持つイェニファーに問われ、私は食堂を見回した。

 子どもの席はほぼ場所が決まっているそうだけど、大人は日によってメンバーが替わることもあるため、「自分の椅子」というものはないみたいだ。ただ、家主であるヴィルと彼の右腕的立場のマキシさんは決まっていて、他の大人たちは空いているところにめいめい座るみたいだ。


 ヴィルとマキシさんは既に自分の席に着いていて、今日の予定の打ち合わせをしているみたい。

 ヴィル、忙しそうだな。


 でも……。


「……ヴィルの隣、行ってみようかな」


 私がぽそっとつぶやくと、私の反応を待っていたイェニファーは目を丸くし、そして笑顔になって私の手をぎゅっと握ってきた。


「分かった! きっとヴィルフリート様、喜ぶよ!」

「そ、そうかなぁ?」

「そうだよ! ……ヴィルフリート様! サエカ様が、隣に座りたいって!」


 イェニファーが上機嫌で私の手を引き、ヴィルのところまで誘う。九歳のイェニファーは欧米系の顔立ちのために同年代日本人の子どもよりは大柄だけど、それでも私の肩くらいの身長しかない。

 つんのめりそうになりながら彼女に手を引かれてついて行くと、マキシさんと向かい合っていたヴィルが私を見、きょとんとした顔になる。


「……冴香、俺の隣で食べてくれるの?」

「う、うん。でも、マキシさんとお話があるなら、私は子どもたちと一緒に――」

「マックス、話はあとでもいいかな」

「……仕方ありませんね」


 素早くマキシさんにお伺いを立てるヴィルと、やれやれとばかりに肩をすくめて手に持っていたクリップボードみたいなものを引っ込めるマキシさん。あれっ、許可降りちゃった?


「よかったね、サエカ様!」

「あ、うん」

「冴香、こっちに来て」


 ヴィルが呼ぶと、イェニファーは私の手を離して上機嫌で自分の席に戻ってしまった。

 そちらを見ると、いつの間にかマキシさんが私用の椅子をヴィルの隣に運んでくれていた。私用の椅子はふわふわの座布団が載っているから、すぐ分かる。


 ヴィルに呼ばれ、私はおずおず彼の隣に座った。これから食事をするから互いの腕が当たったりしないよう、ある程度の距離は取っている。それでも……結構、近い。


 左を向くと、照れたように笑うヴィルの顔があって――つい、私の顔もかあっと熱を放ってしまう。


「冴香が隣に座ってくれて、嬉しいよ。……ほしいものがあったら取るから、言ってね」

「ええっ、そんなのヴィルにさせるなんて申し訳ないよ」

「俺が妻の世話を焼きたいんだよ」


 そう言うヴィルは笑顔だ。

 ……笑顔でそんなことを言われると、「なんちゃって妻」の私も気恥ずかしくなってしまう。


「……分かった。でも、私の方が近いものがあれば、私が取ってあげるからね!」

「……そうだね。ありがとう、冴香」


 なおもヴィルは嬉しそうだ。

 そうして食事の間、「そのサラダ、取って」「そこのピッチャーを取ってくれるかな」とお互い料理をよそったり調味料を取ったり水を注いだりする私の姿はまさに新婚夫婦のようで、皆はニヤニヤにこにこしながら見守っていた――ということを、私はあとになって知るのだった。












 食事のあと、片づけ当番の人たちが食器を下げている中、マキシさんが立ち上がって皆を見回す。


「それでは本日の予定を述べる」


 そうして彼は、子どもたちの訓練スケジュールや大人たちの活動内容、当番割り振り、現在勤務中の仲間の帰宅予定時間などを順に述べていく。


「……こういうのはマキシさんの仕事なのね」


 こそっとヴィルに問うてみると、彼は頷いた。


「俺よりマックスの方がまだしっかりしているからね。彼がいなくなると、俺は研究者としてやっていけなくなる自信がある」

「そ、そうなんだね……」


 こそこそ話をしているとふと、視線を感じた。顔を上げると、予定表を読み上げながらマキシさんが目だけこっちに向けていた。わあすごい、予定表を見なくってもちゃんと読み上げられるんですね!


 ……すみません、黙ってろってことですね。大人しくします、はい。


「……ということです。掲示しておくので、聞きそびれた者は各自確認するように。……ああ、そうそう。サエカ様、あなたは本日、ヴィルフリートと一緒に行動してもらいます」

「え?」


 皆がめいめい行動を開始する中、間抜けな声を上げた私を見てマキシさんはため息をついた。


「……やはり聞いていなかったのですね」

「き、聞いてました! でも私の名前は呼ばれなかったはず!」

「ヴィルフリートの予定くらいはちゃんと聞いていてください。ヴィルフリートは現在、結婚休暇を取っております。せっかくですので、本日はヴィルフリートと一緒にリリズの町の皆に挨拶回りをしてほしいのです」

「挨拶……ですか」


 そういえば、ヴィルはこのリリズの町でも有名な魔術師だという。町の皆からの信頼も厚いという彼が結婚したと聞けば、その相手がどんな女性なのか皆も気になっているだろう。


 それに、私はこれからこの町で暮らすことになる。一生屋敷に引きこもるつもりはないから、必然的に町の人との関わりも持つことになるだろう。そうなったら、早いうちに皆に馴染んでおいた方がいいに決まっている。


「……分かりました。ヴィル、案内お願いね」

「もちろん。冴香を皆に自慢して歩けるの、楽しみにしていたんだ」


 そう言うヴィルは本当に嬉しそうだ。

 彼はもともと甘い砂糖菓子のような優しい顔立ちをしているけれど、こうやって顔をほころばせて笑うとちょっとだけ幼い印象があるな。


 ……そういえば昨夜、孝夫について聞いてくるときのヴィルは、かなり険悪な眼差しをしていた。

 彼に隠し事はできないと悟って孝夫のこと、そして私がこの世界に呼ばれるきっかけになった巨乳子とのやり取りを白状したんだけど……あのときのヴィルは、怖かった。「なるほど、孝夫か。アレを潰す呪いを掛けておこう」とかつぶやいていたけれど、私は聞いていないふりをしたのだった。


 私、偉い!

セ○ムです

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