ファンレターの君
ファンレター君という言葉を某所で見かけたのですが、ファンレターの君と見えて、なんだかお嬢様学校とかにいるかもしれないと思ったので、その出会いの話を書いてみました。
1/6 学年などの矛盾を修正
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「応援してます、と」
結びの言葉を書き込み、ペンを置く。そして裏返し、本を参考にファンレターの送り先の住所を丁寧に書く。4回目ともなれば住所を書くのも慣れたものだ。もっとも慣れたのは表面だけで、内容を書くのには七転八倒しているのだけれど。
なんせ、憧れの作家先生へのファンレター。書きたいことが多すぎて、まとめるのが難しい。4回目だというのに、未だに伝えたいことが多すぎる。元はwebサイトで投稿されている作品で、もちろんそちらでも感想を書き込んでいる。しかし書籍化の際に9割とか書き下ろしする上、その展開も素晴らしすぎるので、こうやってファンレターも書いて送っているのだ。好きなのにグッズが中々でないので、登場人物の人形を作り、ストラップとして鞄に着けてたりもする。
ちなみにその本が面白すぎて、自分でも書きたくなり、こっそり自分でも小説を書いてみたりはしている。流石に投稿するのも恥ずかしいので、ひよこ柄のノートに書き込んでいるだけだが。バレたら恥ずかしいので表紙には何も書いていない。
「っと、いけない! もうこんな時間!」
気づけば窓の外は明るかった。昨日の夜に新刊を読み、素晴らしい展開に感激した。その勢いでファンレターを書きしたためたのだが、時計を見るといつもなら出かけている時間。幸いなことに学園内の寮に住んでいるので、今から走れば間に合うだろう。帰るときにポストに投函しようと、ひよこ柄ノートに折れないよう挟み込む。そして教科書と一緒に鞄に入れ、慌てて身支度。
私こと竹野小鞠が通っているのはお嬢様学校。本当は走って登校なんてしたら、はしたない、なんて怒られてしまう。ちなみに寮生は私を含めて4人で、他の学生は皆、家から送り迎えをしてもらっている。そして寮にいるのは私と同じ1年生がもう1人、それに今は研修旅行でいない3年生のお姉様方が2人。ちなみにお姉様と言うが、血の繋がったお姉様ではない。学園内では先輩のことを名前+お姉様と呼ぶ習わしなのだ。もっとも生徒会長は役職呼び、部長だと特定の呼び名で呼ばれるのが普通なので、任期中に名前+お姉様呼びを許されるのはかなりの親愛の証だったりする。この寮の二人もそれぞれ部長であり、寮外では園芸部長は緑の君、茶道部長は茶寮の君なんて呼ばれている。それはさておき。
遅刻しないよう必死な私は、髪の手入れもおなざりに2階の自室から飛び出し、階段を駆け下りて玄関へ。自分の靴しかないことを見るに、もう1人は既に出かけたようだ。
引き返し1階のダイニングへと飛び込んでみると、そこには自分の分の朝食が。寮母さんが用意してくれていたらしい。薄切りのパン2枚にバター、目玉焼き、ベーコン、サラダとスープとお嬢様学校にしては控えめなそのメニューは、歴代続く正式な朝食メニューの一つらしい。
パンにベーコンと目玉焼き、サラダを載せ、もう1枚でサンド。スープを飲む時間はなさそうなので、心の中で寮母さんにごめんなさいをして、即席サンドイッチを口にくわえ、そのまま靴を履いて玄関から飛び出した。
そのまま並木道を走る。入学したときは綺麗な桜並木であったが、5月も半ば、もう葉桜だ。
そんな新緑の中を走る少女、しかもパンをくわえている。これは絵になるのでは、なんて思ってみるが、あれはすらっとしたドジっ娘美人に許されることで、私のような140にも満たないような童顔チビがやっても絵にならないな、と考え直す。そもそもここは女子校だから、テンプレのように男の子とぶつかるはずなんてないし。
「きゃっ!」
「うわっ」
そんなことを考えながら走っていたのがマズかったのか、左手から人が来ている、と認識したときには既に止まることが出来ず、ぶつかってしまった。可愛らしい悲鳴が聞こえる。口から飛び出たパンはあきらめ、両手で前の人を倒れないように抱きしめる。とっさのことに鞄を放りだしてしまったが、人に怪我させるよりは良いだろう。
「す、すみません!」
「い、いえ、こちらこそボーッとしていたもので……」
聞いたことのある声だぞ、と胸の中の人を見る。日本には珍しい金髪ロングのお姉様。襟元のリボンは2年生を表す色。そして顔を見上げると、そこには清楚系という名がふさわしそうな、すっととした美人。そう、この人は。
「せ、生徒会長!? ホントにすみません!」
私の通う白百合学園の生徒会長、出門斜堂・スパーニャ・奈々美様だった。
平謝りの私を、微笑みとともに許してくれた会長。しかし会長の持っていた鞄も私の鞄も、ぶつかった拍子に中身を地面にばらまき、いっしょくたになっている。パンは別の所に飛んでいたので、鞄や中身に汚れが付かなかったのは不幸中の幸いだ。慌ててより分け、各々の鞄に入れ、パンは紙にくるんでゴミ箱へ。さらに生徒会長に謝って教室へと走る。上級生の会長はともかく、私のような1年の教室は遠いのだ。必死で走り、教室のある校舎までたどり着くも。
きーんこーんかーんこーん
教室にたどり着く前にチャイムが鳴ってしまい、めでたく遅刻が確定するのだった。
一限目に間に合わなかった私は先生に注意されたものの、運良く緩い先生の授業だったこともあり、何の罰もなく授業は進んでいった。
そして一限目が終わり、休み時間。
「小鞠ちゃん、一限目が古典で良かったね~。明日先生優しいし。でも遅刻はダメだよ~」
そう声を掛けてきたゆるふわ少女は佐々藤 志麻。同じ寮生の1年であり、朝、声も掛けずに登校した裏切りものだ。
「そう思うなら朝、声を掛けてくれれば良かったのに」
「ノックしたし声も掛けたよ? それに小鞠ちゃん、ちゃんと返事してたよね。わかってるって」
そういえばそんな返事もしたような。集中していたあまり、すっかり忘れていただけで、別に裏切っていたわけではないらしい。よかった。この裏表のなさそうなゆるふわ少女が裏切りものだったなら、世間の何も信用できなくなるところだった。
「そんなことより次は移動教室だよ? 早く移動しよ?」
「そうね」
そんなわけで二人で次の教室へと急ぐのだった。
そして放課後。帰ろうと鞄を手に持ち、立ち上がる。と
「小鞠ちゃんは今日も帰宅部?」
ととと、と駆け寄ってくる志麻は、まるで子犬か何かのようでかわいい。
「そのつもり。志麻は今日も茶道部? 茶寮の君はいないけど」
「そうだよ~ あと、茶寮の君じゃなくて紗菜お姉様でしょ? そんなこと言ってたらまた怒られるよ?」
「いいのいいの、今はいないから」
「ホントに大丈夫かなぁ。なんか小鞠ちゃん抜けてるし、間違ってお姉様の前でも言いそうだし」
失敬な! と思うものの、今朝も志麻の呼びかけに気づかなかったし、もしかしたら抜けているのかも。
「そうね、志麻の言うとおり、今度から紗菜お姉様って呼ぼうかな」
「それがいいよ!」
お姉様も、そう呼ばれたがってるし。なんてにっこり笑いながら言う志麻。ああ~、可愛くて撫でたくなる。というか気づかないうちに手が伸びてて、もう撫でていた。
撫でられてる志麻は、えへへー と表情を崩している。撫でられるのが好きなら寮でいくらでも撫でてあげたいのに、紗菜お姉様の前では撫でられたくないそうで、お姉様にいつ会うかわからない寮内では撫でさせてもらえない。ちょっと悲しい。
そんな幸せタイムを過ごしていると、校内放送のチャイムが鳴った。
『1年A組の竹野小鞠さん、至急生徒会室へお越しください。繰り返します……』
まったく、この至福のひとときを邪魔するなんて…… と聞き流そうとしたそれは、私を呼び出すものだった。思わず撫でる手が止まってしまう。
生徒会に呼び出されることなんてしただろうか。思い浮かぶのは今朝の出来事。この学園の生徒会長は人気投票で決まる。そんな中、夏にある人気投票で上級生を抑え1年目から生徒会長になった会長。その人気といえば学内随一だ。あのとき会長自身は許してくれたけれど、取り巻きの役員のお姉様方はそうではないのかもしれない。流石に退学なんてことはないだろうが、叱責、あるいは謹慎処分くらいはあるのかも。
そんな不安が顔に出ていたのか、志麻が、大丈夫? とこちらを気遣ってくれる。
その上目遣いも可愛いわぁ、となごんでしまうのだが、妙に周りが静かだ。
周りを見渡してみると、まだ教室に残っていたクラスメイトたちが、何かあったのかと心配そうな表情でこちらを見ていた。生徒会に呼び出されるなんて滅多なことではないからだろう。実際呼び出し放送なんて、入学してから初めて聞いた。
「大丈夫よ。後で何があったかくらい教えてあげるから」
そうクラスメイトに伝え微笑みかけると、不安そうな顔ではあるが、各々の行動へ戻っていく。
それでも心配してきたのが志麻だ。
一緒に付いていく! と言って腕をぎっしりとつかんでくれたが、呼び出しに友人同伴なんて気恥ずかしいし、何かあったとして叱責されるのは自分だ。そんな場に連れて行くのははばかれる。
大丈夫だから、とほどこうとするも、志麻の腕は意外と強力だった。何を言っても話しそうにないので、生徒会の前までは付いてきてもいい、と条件を出すことでやっと解放された。
何を言われるのかな、と考えつつ歩いていたら、もう生徒会室の前だった。
何かあったらすぐ呼んでね、と今にも付いてきそうな志麻を宥めてドアをノックをして、返事を待って部屋に入る。
そこにいたのは会長だけだった。
会長は社長机の前にすっと立っている。まるで女神像のような絵になる姿だ。そんな神々しさに当てられ、ついつい体を硬くしてしまう。
「ごめんなさいね、呼び出したりしちゃって。どうぞ楽になさって」
「い、いえ。大丈夫です」
気持ちはまな板の上の鯉。じっと会長を見つめる。そして何を言われようが静かに聞くことにしよう。
しかしそんな覚悟をしていた私に言われたのは、
「朝の件でノートが入れ替わっちゃったみたいだから、交換してもらおうと思って」
という、実に拍子抜けするものだった。
「ほら、私って生徒会長じゃない? だからノート一つ交換するのにも、周りの目があると大変なことになるのよ」
とのこと。だからといって、いきなり用件も言わずに呼び出されたら心臓に悪いです。
フランクになった生徒会長は、先ほどの女神像とは打って変わって、なんだか親しみやすい雰囲気を醸し出している。
「それでこのノートなんだけど」
と言って差し出されたのは見覚えのあるひよこ柄ノート。自作小説を書き留め、投函するファンレターを挟んだやつだ。
あれ、でも今もまだ鞄の中にあるはず。と思ったところで、鞄を手に持ったまま生徒会室まで来ていたことに気づいた
これ幸いと鞄を開けてノートを確認する。同じ表紙だが、なんとなく記憶にあるものとは違う。なるほど、これは生徒会長のものだったか。珍しい柄だから自分のものだと早合点してしまってた。
早速返そう。と持ち上げたら、すとんすとん、と何かが落ちる音がした。ノートに挟んであったものが落ちたらしい。
慌てて落ちたものを拾う。それはよほど大切なのか、ラミネート加工されたはがきだった。それが3枚。
そんな個人的なものを見るのは悪いと、そそくさとノートに挟む。
「あ、それはね、私のファンの子が書いてくれたの。嬉しかったからラミネート加工して、ノートに挟んで肌身離さず持っているんだ」
「そ、そうなんですね」
「ホントは作家だってことは秘密にしてるんだけど、小鞠ちゃんにはバレちゃったし。これは二人だけの秘密ね?」
「えっ、作家なんですか!?」
「そうだよ。ノート見られちゃったし、もう教えちゃう」
「中身は見てないです!」
慌てて否定。そもそも今まで入れ替わっていることに気付かなかったのだから、見る機会なんてないのに。
「あれ、鞄を持ってきてくれたから、てっきり気づいて持ってきたのかなって」
「い、いえ。これは気づいたら持ってきてただけです」
それを聞いた生徒会長は、あちゃーという感じで顔に手を当てていたが、すぐに元の笑顔に戻り、話を続けてきた。
「でも、もうばらしちゃったし。中見ても良いよ。私も小鞠ちゃんのノート見ちゃったし」
「え」
中身を見られたとか恥ずかしい! 顔が熱くなっているのを感じる。
そんな私を落ち着かせようとしたのか、慌てたような感じでしゃべってくる会長。
「ホントはね、最初のページで私のじゃないって気づいたからやめようと思ったの。でも、引き込まれちゃって、ついつい最後まで読んじゃったの。小鞠ちゃんはこれ、どこかに投稿してるの?」
「いえ、してないですけど……」
「えー もったいないよ。投稿しようよこれ。絶対人気になるよ」
「そ、そうですか……」
ファンレターを貰うような作家さんにそこまで言われると、お世辞とわかっていても嬉しい。今度は恥ずかしさじゃなくうれしさで顔が熱くなる。
「先に小鞠ちゃんのノート返しておくね。私のノートは後日返してくれれば良いから」
そう言って手渡された私のノートをぱらぱらとめくる。あれ、自分のファンレターを挟んでたはずなんだけど、見当たらない。
「ここにはがきを挟んでませんでした?」
「見てないけど…… ちょっとまってね。読んでるときに落としちゃったのかも」
そう言って振り返って机の上を探す会長。でもあれは作家先生が読むことを前提に書いているので、自作小説を読まれるのとは違う恥ずかしさがある。なのでいっそのこと見当たらない方が嬉しい。
「あ、あったよ。これかな。やっぱり読んでたときに落としちゃってたみたい」
しかし願いむなしく、はがきを見つけられてしまう。
「はい、これ…… えっ」
はがきを渡そうとしてきた生徒会長は、渡す姿勢のまま固まり、はがきを凝視している。
そしてみるみる赤くなっていく会長。作家先生に向けて書いてあるから、無関係の会長が赤くなるようなことは書いてはないと思うけれど。いやしかし、深夜テンションだったから何か書いてしまっているのかも。というか人のはがきをそんなマジマジ見るのは失礼では。
あまりに固まっているので、取り返そうと一歩を踏み出す。するとその様子に気づいたのか会長はこちらを向いて、早口で弁明してきた。
「えっとね、そのノート読んだらバレちゃうから言うけど、私がこの作家さんなの」
ワタシガコノサッカサン? え、ちょっとまって、生徒会長があの作家先生なのか。
あまりの超展開に頭が付いていかない。
あれ、ということはさきほどの3通のはがきはもしかすると。
「このファンレターを書いてくれたのは小鞠ちゃん……なのよね? ということは小鞠ちゃんは前も3枚送ってくれてるよね?」
そのこと自体は間違いないので頷く。と
「ありがとう! ファンに会えて感激だよ! それもこんな可愛いなんて!」
気づいたら会長に抱きしめられていて。か、会長! ちょうど顔が胸に埋もれて呼吸できないですたすけて!
ギブアップ宣言みたいに会長の腰をばんばん叩くものの、会長は気付く気配がなく。
むしろ強くなった抱きしめになすすべもなく、意識を手放したのだった。
「ん、んんー」
「やっと起きた!」
あれ、私は会長の胸で窒息死とかいう不名誉な死に方をしたのでは。私だってあれくらいばいんばいんになりたいわ!
というか、今抱きしめられている感覚があるし、これは死んだわけじゃなく倒れてただけだな。そっと目を開くと、そこには学校の天井があった。右を見ると、ソファの背もたれ、左を見ると、応接セット。そして離れたところに見覚えのある社長机があった。これは生徒会室の中かな。
そして抱きつかれた感覚のある腰の方を見下ろすと、そこには生徒会長が抱きついていた。あ、会長と目が合った。
涙目だった。そしてどんどん涙が追加されている。
「うえーん! もう少しで熱心なファンを失うところだったよ。ごめんねっほんとうに……」
年上のお姉さんのはずが妙に庇護欲をそそられて。ついつい頭を撫でてしまった。
やばいと思ったが素直に撫でられているし、今更止めるのも気まずい。素知らぬ顔をしてなで続けるのだった。
数分後。
やっと落ち着いた会長は、
「見苦しいところを見せちゃったね」
と謝ってきた。そして、
「よかったら、お姉様って呼んで欲しいな」
なんてことまで言ってきた。
「私なんかが恐れ多いです、会長!」
「私なんか、じゃないよ。小鞠ちゃんだから、呼んで欲しいの」
ぷんぷんと可愛く怒りながら言われた。
「だって、私の小説のファンで、可愛くて、そして…… 恥ずかしいけど、小鞠ちゃんに撫でられたのが気持ちよくて。そんな小鞠ちゃんだから、お姉様って呼んで欲しい」
そこまで言われては断れない。
「で、では。奈々美お姉様……」
恥ずかしさをこらえてそう言ったのだけれど、会長は違うよ、と否定してくる。
「お姉様って呼んで欲しいの。奈々美お姉様ではなくて」
この学園において、名前を付けずに『お姉様』とだけ呼んでも良いのは、姉妹の契りを交わすような間柄、もしくはそれだけの信頼を得たような間柄だけである。
「さすがに今日会ったばかりの会長にそんな呼び方出来ません!」
「お姉様、でしょ?」
「奈々美お姉様!」
さすがにそこは譲れない、と語気を強めるも
「あのね、小鞠ちゃん。あなたが私にファンレターをくれたのは二年前のことなの。つまり、もう二年もの付き合いがあるのね? そして、何枚もファンレターを送ってくれるくらいに想ってくれているのも知ってるの。だから、お姉様って呼んで欲しいの」
ファンレターを送ったのは作者先生にであって、会長だと知っていたわけではないのでノーカンなのでは、と思うものの。
ダメ? と上目遣いで縋ってくる会長に、イヤといえるわけもなく。
「わかりました、お姉様……」
と、なすすべもなく陥落したのだった。
それから後、お姉さん呼びで周りと一悶着あったり、実際に姉妹の契りをしたり、些細なことから少し仲違いをしたり、仲直りしたりもするのだが、それはまた別の話。
出会いの物語なので、ここから話は広がっていくとは思うのですが、ここに記すには余白は足りるけど時間が足りないですね。