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笛吹きの少年とお姫様

作者: 山城木緑

 とある小さな村に笛吹きの少年がおりました。


 村のみんなはお昼ご飯を食べ終えると、丘の頂上にこの少年の音色を聴きに行きました。


 山の音、水の音、太陽の音、色々な音色に村人たちは酔いしれるのでした。


 今日も村の陽がゆっくりと沈み始めます。


 少年はいつものように『夕焼けの曲』を吹き、村人たちは目を瞑って音色に体を傾けています。



「♪♭♪♪……」



 パチパチパチ……。


 いつものように大人も子供も拍手をして、みんな家に帰り始めました。

 少年は嬉しそうにみんなに手を振ります。


 ふと、村の長老が少年に歩み寄りました。


「明日は村に久し振りの雨が降るそうじゃ。雨が降ると笛の音色はかすんでしまうかのう? みんなお前さんの笛を楽しみにしとるんじゃが……」


 少年はにっこり笑って答えました。


「長老さん、雨には雨の音があるんだよ。少し寂しい音だけど、素敵な音なんだ。みんな濡れない格好をしておいでよって伝えておいて」


 長老はホッとした表情でお礼を言い、村へ帰って行きました。


 村に久しぶりの雨が、しとしとと降り注いでいました。


 いつもの小高い丘に人々が集まりだします。

 子供たちは雨合羽を着てじゃれあい、大人たちは傘をさして少年を待っていました。


 そこへお城のお姫様一行が通りかかりました。


「これは一体何の集まりですの?」


 長老は誇らしげにお姫様に答えます。


「この村一番の笛吹きがおりましてな。いつもこの時間に演奏会をするんですじゃ。とても綺麗な音色ですぞ。よろしければ、お姫様も聴いていってくださいな」


 お姫様の家来が長老の前に立ちふさがり、威圧的な眼で長老を睨みつけました。


「姫にそのような時間は無いわ。無礼者めが。そんな時間があれば畑を耕すが良い」


 家来は恐々と光る剣先を長老に突きつけました。


「待ちなさい」


 お姫様は家来を抑え、長老にお辞儀をして言いました。


「今日は急ぎではありません。ここに立ち寄ったのも何かのご縁。その少年の音色を私にも聴かせてください」


 長老はにっこり笑ってお姫様を招き入れ、村人たちはお姫様のために衣服を脱いでフカフカの座席をこしらえました。

 お姫様の家来たちはムッツリした表情で馬車の上から村人たちを見下ろしています。


 やがて小屋から笛吹きの少年が出てきました。


 みんな拍手で迎えます。

 お姫様も嬉しそうに小さく手をたたきました。


「やぁやぁ、みんなお待たせしちゃったね。今日は久しぶりの雨だね。寒いのにみんなありがとう」


 ふと、少年は群集の奥に目をやりました。

 いつも見かけない人がいるなぁ。それと馬車。……あぁ、あれがお城のお姫様かぁ。綺麗な人だ。


「今日はお姫様もいらっしゃってるんだ。なんだか緊張しちゃうね。馬車のみんなも降りておいでよ。濡れちゃってるけど、大地に腰掛けると気持ち良いよ。お馬さんも疲れちゃうし」


 村人たちは笑いましたが、家来たちは少年を睨みつけ、ピクリともしません。


 少年は頭を掻きながら、照れくさそうに笛を吹き始めました。



「♪♪♪♪♪……」



 少年は『雨の曲』を演奏しました。


 『雨の曲』は、雨は太陽を隠しちゃうけど、それでいいんだよ。雨は太陽を休ませてあげてるんだ。

 太陽はいつも眩しく輝いてるけど、それは雨がときどき太陽を休ませてあげてるからなんだ。

 僕はね、太陽じゃなくていい。僕は誰かの雨になりたい。

 そして僕の太陽をときどき休ませてあげるんだ。その人がずっと輝き続けるために。


 そんな音色でした。


 村人たちは目を閉じながら体を揺らしていました。

 群集がゆっくり同じリズムで体を揺らす中で、一人だけ俯いている姿があるのに少年は気付きました。

 

 お姫様です。


 少年は笛を吹き続けます。雨は少しづつ強くなっていきます。



「♪♪♪♪♪……」



 『雨の曲』が終盤を迎えたその時、お姫様の顔から雨ではない雫が一滴、地に落ちたのに少年は気付きました。


 演奏会がいつものように終わります。


 今日は『夕焼けの曲』はありませんが、みんな満足して、とても大きな拍手が少年を包み込みました。

 子供たちは嬉しそうに水溜りをバシャバシャ踏みながら、大人たちは少年に何度も手を振り、家路へつきます。


 みんなが去った小高い丘にポツンと一人、お姫様だけが座ったままでした。

 心配した家来たちが駆け寄り声を掛けますが、お姫様は全く応えません。

 少年がお姫様に歩み寄り、ちょこんと草むらに座りました。


「お姫様………。お姫様は太陽だからずっと輝いていないといけないんだね? ……疲れちゃうね。お姫様、僕の笛で良ければいつでも聴きに来て」


 家来が眼をひんむき、少年を遠ざけようとしましたが、お姫様はそれを制し、少年へ顔を向けました。

 お姫様は少年にこくりと頷き、またひとつ雨とは違う雫をこぼしました。


 お姫様は毎日家来の目を盗んでは城を抜け出し、この小高い丘へと足を運ぶようになりました。


 村人たちも日に日にお姫様に馴れ、ひと月が経つ頃にはお姫様は村人たちと肩を組んで、少年の笛に合わせて踊るようになっていました。


 お姫様は夕方には一旦お城に帰りましたが、決まって夜には少年の住む小屋へ遊びに行くようになっていました。家来たちの目を盗むのは大変でしたが、お姫様はこのどきどきと弾む胸の鼓動を毎日不思議に思いながら、ひるりとお城を抜け出していくのでした。

 

 毎日毎日少年とお姫様は暖炉に手を当てて、窓から見える月を眺めていました。パチパチと細い薪が音を立てています。


 少年はお姫様に色んな音を聴かせてあげました。


 月の音、森の音、川の音、砂の音……。


 少年の奏でにお姫様の張り詰めた心は癒されてゆくのでした。

 そんな日々が続きました。


 今日もお姫様は夜、お城を抜け出し少年の小屋へ遊びに行きます。


「今日みたいな暖かさだったら、木の上で聴かせてあげる」


 少年は小屋の裏にある大きなガジュマルの木を指差して、お姫様の手を取りました。


「私、スカートだから登れないわ。木に登ったこともないし……」


 お姫様が恥ずかしそうにそう言いましたが、少年は気にしない気にしないという風に、ぐいぐいとお姫様の手を引っ張り、木に登らせるのでした。


「もぉ、服がボロボロになっちゃったじゃない。お城に帰って見つかったら大変だわ」


 お姫様が笑いながら少年に文句を言うと、少年はニコリと笑って遠くを指差しました。

 その指先の方向にはちょうど同じ高さにお姫様の住むお城が見えていました。


「このガジュマルに登ったらさ、お姫様と同じ景色が見られるんだ。こんな僕でもガジュマルに登ったら王様さ!」



「♪♪♪……」



 少年は『風の曲』を吹き始めました。

 『風の曲』は、風は世界中を回っていて、どんな人にも同じように吹くんだよ。

 王様でも村人でも子供でもおじいちゃんでも、みんなに同じように吹くんだ。

 時折、強くて寒い風が吹くけれど、それは自分だけに吹いているんじゃない。みんなにも吹いているんだ。

 自分だけが暖かい風を浴びているんじゃない。自分だけが冷たい風を受けているんじゃないんだよ。


 そんな曲でした。


 お姫様は少年に寄り添いながら、じっと『風の曲』を聴いていました。少年もお姫様に柔らかく微笑みました。

 おぼろ月が二人を包み、村人たちは丘の上から微かに聴こえる音色に身を寄せながら眠りにつきました。

 とても暖かく優しい夜でした。



 翌朝、村は騒がしさに包まれていました。


 王様一行が村を訪ねてきたのです。


「姫を誘惑した不届き者をここへ連れてまいれ!」


 王様の怒号が響き、村人たちが恐れおののく中で、長老がゆっくりと王様に歩み寄りました。


 村にはいつもより少し強く冷たい風が吹いていたかもしれません。


「王様、少年はお姫様の心を静めるために笛を吹き、聴かせていただけでございます。不届き者など、そのような者ではございません。王様も少年の音色を聴いていただければきっと分かっていただけますじゃ」


 長老は涙ながらに訴えましたが、家来は長老を蹴飛ばし、王様一行は小高い丘の少年の住む小屋へと進んで行きました。


 バタンッ


 寝ていた少年の耳にけたたましくドアを蹴破る音が鳴り響きました。


「ひっ捕らえよ」


 四人の大男たちに腕や足を掴まれて連れ出されそうになり、少年は必死に笛だけを懐にしまいました。

少年は縄をかけられ、お城へ連れて行かれてしまいました。

 村人たちは大人も子供も泣きながら少年が連れて行かれるのをただただ見送るしかありませんでした。


 村に吹く風は先程よりいっそう強く、空は今にも泣き出しそうな黒い雲に包まれていました。


 少年が村から連れ出されて一週間が経ちました。


 少年には遠い遠い海の国への島流しの判決が下されました。

 お姫様はずっと自分の部屋で塞ぎ込み、夜通し泣いていました。

 村の子供たちはいつもいつも少年の小屋がある草むらで少年を待ち続けていました。


「笛吹きのお兄ちゃんはどこへ行っちゃったの?」


 子供たちの問いかけに、村人たちは首を振ることしかできませんでした。


 少年がはるか遠い海の国へ流される日、お姫様は部屋の窓を開け、微かに望む港の方を必死で見ていました。

 けれども、とても少年の姿は見てとれません。

 お姫様は窓辺でまた塞ぎ込んでしまいました。


 お姫様のこぼした涙が床に落ちたその時、お姫様の耳に微かに、ほんの微かに笛の音色が聴こえてきました。


 少年は『別れの曲』を吹いていました。


 監視の者が笛を奪い取ろうとしたのですが、その者でさえ、少年の奏でる美しい音色に心を奪われ、笛を奪い取ることはできませんでした。


 『別れの曲』は、別れは辛いものだけど、別れが辛い分どれだけその人が大切だったかを知ることができる唯一の時なんだ。

 だから、人には別れが必要なんだよ。

 別れがあるから、人は出会う人を大切にしようって思うんだ。

 だから別れを悲しまないで。

 その先に、また大切にしたいと思う人との出会いが待っているから。


 そんな曲でした。


 少年の『別れの曲』は小さいながらも、不思議と国じゅうに聴こえる音色となりました。

 村人たちは流していた涙を止め、少年の無事と新たな旅立ちを祈りました。

 お姫様は微かに聴こえる音色に耳を傾け、めそめそと流していた涙をこらえました。

 お姫様が涙をこらえて見上げた空には、さんさんと輝く太陽と珍しい天気雨が降り注いでいました。

 お姫様も少年も空を見上げたままクスッと笑いました。悲しみと喜びを一緒に歌っているような空へ笑顔を見せていました。


 あれから七年の歳月が流れました。


 村の小高い丘にはコケの生えた大きな石が佇んで、村を見守っていました。

 七年前に村人たちが少年のために携えたものでした。


 今日の村人たちはみんな大忙しです。

 女性は煌びやかなドレスに身を包み、男性は締めたことの無いネクタイにひと苦労。

 そう。今日は晴れてお姫様の結婚式が執り行われるのです。



 お姫様は真っ白なドレスにキラキラ光る真珠のネックレス。とても綺麗です。


「お父様、わたし、パレードなんて恥ずかしいわ。馬車の奥に隠れていても良い?」


 お姫様は照れながら言いました。王様は笑いながら答えます。


「はっはっは。一生に一度のお前の結婚式だ。他の国々の方も多く来られておる。世界一の道化師、世界一の料理人、世界一の楽団、みんな集まっておるのだ。恥ずかしがらず、堂々と祝福してもらいなさい」


 国にはゆったりとした心地よく暖かい風が流れていました。


 お姫様と王子様の結婚の儀が終わり、金色の馬車に二人は乗り込みました。


 ギギギギギ……。


 お城の大きな門が開かれ、国中の民衆の波に金色の馬車はゆっくりと歩を進めます。

 眩いばかりの紙吹雪と花びらに囲まれ、お姫様は照れくさそうに、けれどもちゃんと馬車から顔を出して民衆に手を振りました。


「お姫様おめでとう!」


 あの村人たちがお姫様に向かって叫ぶと、お姫様は嬉しそうに手を振りました。子供たちがお姫様に気付いて一斉に色とりどりの花を宙に放ちました。


「みんな、ありがとう!」


 目の前には世界一の道化師がいろんな色のお手玉を空に投げ、村の子供たちも大喜びです。

 それを見て、お姫様も顔をくしゃくしゃにして笑いながら子供たちに手を振った、その時でした。



「♪♪♪♪♪♪……」



 とても懐かしい音色が鳴り響きました。

 お姫様は王子様を押しのけんばかりに反対側へと顔を向けました。

 そこには遠い遠い国から来ると聞いていた世界一の楽団が、様々な音色を重ねて行進しています。

 その先頭では世界一の笛吹きとなったあの少年が、こちらに微笑みながら笛を吹いておりました。


 少年の吹く『祝いの曲』は、

 山のこと、水のこと、動物のこと、人のこと、全てが詰まっている曲でした。

 みんなみんな祝福しているよ。

 そんな優しい優しい曲でした。


 お姫様は次々とこぼれる涙を抑え切れませんでした。

 少年がかつて聴かせてくれた数々の曲が頭の中に蘇り、涙で少年がかすんでしまいました。


「大丈夫かい? どうしたの?」


 王子様がたまらずお姫様に声を掛け、お姫様を抱き寄せました。


「ううん、何でもないの。すごくすごく私は今、幸せ。ねぇ、ずっとずっと私を大切にしてね」


 お姫様は涙をぬぐいながら王子様を見つめ、王子様はにっこり微笑んでお姫様を強く抱きしめました。

 王子様の胸は窮屈だったけど、とてもとても温かくて、お姫様は幸せでした。


 少年の吹く『祝いの曲』が鳴り響きます。

 その空にはさんさんと光り輝く太陽と、あの日のような天気雨が広がっていました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] お姫様をいたわる少年の言葉が心にしみました。 少年の笛が人の心を動かすのは、そのやさしさからなんだなあ……とじーんとしました。 [一言] こんにちわ、日向 るきあです。 2019冬の童話…
[良い点] 雨の曲の解釈がすばらしいです。ほかの曲もみんな素敵で、少年の人間的なやさしさと賢さが胸を打ちました。つかまってしまったときは、切ないラストの予感にひやひやしましたが、ハッピーエンドで本当に…
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