あれは『らっきょう』かな?
「お前たちがそれでいいなら俺は何も言わない」
「ご心配をおかけしました」
あの青年が会話を聞いていたとは思わず、不用心に会話をしてしまったな。
親子が絶縁関係になった原因が俺にもありそうな気がする……。
ただ、すごいのはやはり『しごき』だ。
この夫婦、九年ぶりに会った息子に容赦なさすぎる。
娘を見つけても、喜ばれない可能性まで浮上した。
「話のついでにもう一ついいでしょうか?」
「なんだ?」
いちいち断りを入れなくてもいいんだけどな……。
俺は慣れていないが、王様に話しかける時に、許可をもらってから発言するアレに近い。
ちなみに許可をもらう時にすでに話しかけているのは、暗黙のルールで無視される。
「お風呂の件で相談があります」
お風呂?
また『シルと一緒に入るな!』関係かな?
「夫に火魔法の練習をさせたいので、温める作業をやらせる事は可能でしょうか?」
「そんな事か。では、今日からお風呂の水は俺が入れるが、水を温めるのはゴンザスに任せる」
「アニキ、いいんですか?」
「いいも何も、俺としては手間が一つ減るからな。助かる」
翼がよく寝る前に魔法の訓練をしているけど、とにかく地味だ。
ただひたすら土魔法で砂山を作り、壊すを繰り返すだけの単調な作業。
使ったステータスが伸びるなら、体を動かす以外にも魔法を使う事は理に適っている。
でも『それ……楽しいの?』っと思わなくもないが、翼は頭がいいから何か秘策があるのかもしれない。
「ただし、今のままでは水の量が多すぎてゴンザス一人では沸かせられないだろう。そこでお風呂に仕切りを作る。これからはみんな一斉には入れなくなるが、我慢してくれ」
半分……、いや半分のさらに半分にすればゴンザスの魔力量ならクリアできるはず。
お風呂を沸かすために火魔法を撃つのも作業ではあるが、翼の作業内容に比べればみんなの為になる。素晴らしい作業だ。
きっとその辺りを考慮してファーナムが考えてくれたのだろう。
「それがいいですね」
女湯は入る人数が少ないため、もともと男湯ほど広くない。
今回順番待ちが発生するのは男湯だけだ。
「俺なら今のサイズでもできます!」
「最初から無理をするな。徐々に慣れればいい。それにやったらわかるが、水の中で火を維持するのは【ファイア】。こうやって地上で維持するのとは全く違う」
人差し指の先から青い火を放つ。
魔力の放出量は変えずに、指向性を上げるため絞ると出来上がる。
こうすれば細くても力強い火が出せる。
「すげーな。ターボライターみてーだ。火魔法ってそんな事もできるのか……」
翼の言う通りこれは『ターボライター』をイメージしたが、ゴオオオオと音まで再現しなくてもいいのにな。
ゴンザスは水の中でも消えない火を放ち続ける練習からだ。
「これくらいの勢いを維持しながら、さらに水を動かさなくちゃならんからな。色々試してくれ」
「わかりました」
数日は水風呂か、俺が代わりに温める事になるだろう。
「おっと。忘れるところだった。ファーナムがミレアにコックの居場所をバラした件はコックに丸投げする」
俺はみんなの前で宣言した。
皿洗いやお風呂掃除をさせてもいいが【クリーン】の方が早くてキレイになる。
それに何より奴隷であったファーナムにさせても『今までもよくやってましたよ』となりそうだ。
だから、一番の被害者に事前にどうするか確認した結果、俺が『丸投げする』で決定した。
「これをお食べください。食べ終えたら、水に流します」
ファーナムの前に小鉢が置かれる。
ニオイは酢のもの?
あれは『らっきょう』かな?
「…………」
それを見たファーナムから笑顔が消えた。
「ゴンザス、あれは?」
「所謂『嫌いな食べ物』ってやつです。食べても死にはしませんし、放っておきましょう。アニキ、お風呂の水をお願いします」
「……わかった」
誰しも好き嫌いはある。
みんな思ったな。
コックを怒らせたら、食卓に『嫌いな食べ物』ばかりが並ぶと……。
二人を残し一斉に食堂から逃げる。
「【サンド】」
「アニキ、これでは狭すぎませんか?」
お風呂四分割では不満だったらしい。
「温められたら、広げればいいよ。まずはこのサイズを温めてくれ【ウォーター】」
「わかりました」
四分割だと水を貯めるのも早い。これからは順番に入ってもらうのもいいかもな。
俺が風呂場から出ると、外で翼が待っていた。
「何か用事か?」
「…………もうすぐあの日だろ?」
「そうだな」
普段はなるべく考えないようにしている。
「おっさんは魔族側で参加するのか?」
「俺が人間と魔族の戦争に参加すると思うか?」
西領の時は突発的な遭遇戦で仕方なかった。
防がなければゴンザスの奥さんの命がないと思ってたし……。
「そう思ったから、声をかけたんだよ」
「…………」
直接は手を下す気はないが、南領までは様子を見に行くつもりだ。
「頼みがある」
「ダメだ。連れて行かないぞ」
「お見通しかよ。なら俺は自力で南領まで行く」
「お前なぁ……。一人で南領の国まで行けるわけがないだろ」
北領だから自由に生活できているが、南領では未だに追われる身だ。
街や村で宿泊できない以上は夜営になる。国まで何日かかると思ってるんだよ。
「南領でどうしても借りを返したい奴がいる。俺はそいつに勝たなきゃいつまで経っても、前に進めないんだ」
俺たちが西領から戻ってから、一層気合いを入れて鍛練や魔法の訓練に励んでいるとは思っていたが、それが理由だったのか……。
「奴が生きてる確証はないぞ。あの火傷だ。野垂れ死にやモンスターの餌になってる可能性だってある。それにもし生きていたとしても南領に行けば会えるとは限らない」
「奴はそんな男じゃねー。必ず国に戻って、体調を万全に整えてるはずだ。そして今か今かと復讐の機会を狙っているさ。師匠が姿を見せれば、向こうから現れる」
翼が顎でクイッと風呂場の方を『見れ』と指図するので、そちらを向くとゴンザスが立っていた。
「火魔法を水中で維持するコツを聞きたくて追いかけてきたら、大変な話をしてますね」
自分から盗み聞きをするような男ではない。
現にゴンザスは気まずそうにしているが、隠れてはいなかった。
「お前の意見はどうだ?」
「俺は奴に思うところはないんで、ツバサが奴を相手にしたいなら、譲りますよ。ですが、今のツバサでは返り討ちに遭うのが関の山です」
翼の鍛練に関わっているゴンザスが言うなら、その通りなのだろう。
勇者補正が有り、レベルが上がって、少しはマシになったと思ったが、まだまだあの域には達していないのか……。
「師匠も俺が南領に行くのは反対か?」
「反対だ」
「…………」
俺に言われるよりもゴンザスに言われる方が心に響いたようだ。
下を向き、拳を握っている。
「なぜ一人で突っ走る。ツバサには頼れる仲間がいるだろ。どうして仲間を信じない?」
「これは――」
「『これは俺のワガママだ』」
「『あいつらは巻き込めない』」
「翼さんなら言いますね」
志穂と和哉が翼の真似をして登場した。
美穂までが翼を知った風にトドメを刺す。
年末年始忙しいと思いますので、年内最後の更新とさせて頂きます。
これからもよろしくお願いします。




