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普通はどうやってタイムを延ばすのか考えるのに、こんな贅沢な悩みは初めてね。

《ゴンザスの妻:ファーナム》

「街の中は箱馬車で移動します。先に乗ってください」


 森の入口で先に行かせた馬車が言われた通り街門付近で待っている。

 馬車に近付いただけで御者の男が扉を開けた。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 足元には女性でも乗り込みやすいように、持ち運び式の足場がちゃんと置いてある。


 さすが領主の御者。

 教育がよく行き届いている。


「領主の馬車はすごいな。入街の審査がなかったぞ」

「あら、本当。いつの間にか通過してる。盗賊に馬車が奪われたら大変ね」


 冗談で言ってみた。


「御者の奴が凄腕なのか? 後で手合わせ――」

「恥ずかしいので、やめてください……。普通に考えてあなたが余裕で勝つわよ」


「いや、俺Cランク冒険者だぞ。ほら」


 旦那様の影響としか思えないジョークにミレアさんが口を開けて唖然とした。


 シルさんも含めて三人とも『自分の実力を偽る』ためのカードとして利用している。子供に変な玩具を与えないで頂きたい。

 周りにいる者が振り回されて困ります。


 お会いした事はないですが、ギルド証を発行した西領のギルド長にはいつか説教が必要だと思う。


 街中では領主の馬車の行く手を遮らないように人が脇に避ける。


 今はゆったり腰をかけているだけなので、さっきの魔法の考察をする。

 あれほど雑に魔法を扱っていながら魔力が持つという事は、魔力枯渇の心配がいらない。


 ならば、一般的な魔力操作を覚える練習法をそのまま行わせるのは少々効率が悪いかな?


 なにか夫向きの画期的な方法はないものか……。

 火魔法をたくさん使う場面……。


 それも二〇分以上も魔法を放ち続けられる状況が望ましい。


 普通はどうやってタイムを延ばすのか考えるのに、こんな贅沢な悩みは初めてね。


「ファーナムさん!」

「あっ。すみません。どうぞ」


 どうしてもさっき見た火魔法が頭から離れない。


「まずは領主様にあいさつをしてもらいます。本来は隊長だけをお連れする予定でしたので、多少の不都合が発生するかもしれませんが、ご理解ください」


「ミレアは変な物でも食ったのか? 俺たちに他人行儀って新鮮だな」

「全くですね。ミレアさんがいたから、私は安心して死ねると思っていましたのに……。私たちの知るミレアさんはいなくなってしまったようです」


「茶化さないでください。領主様には隊長の事、私が元部下な事。それから坊ちゃんが隊長の実子である事は報告済みです」


 最初の二つは経歴を調べればすぐにわかりそうだ。


「すまん。立場を悪くさせて……」

「いえ、私は坊ちゃんさえご無事なら、それで大丈夫ですから……」


 ミレアさんにアバムさんがいなければ、息子の嫁になってもらいたかったわね。


「それと領主様には、隊長と敵対しないように進言しておきました」


「俺と言うよりアニキたちとだな……。アニキもシル嬢も片手間でSランクモンスターを討伐出来ちゃうから、一国の戦力をぶつけても何分持つかなってレベルだ」


 何分。

 それはきっと『魔法なし』という制限があった場合の話だ。


 旦那様が本気で魔法を撃ったところは見ていないが、一つ一つの魔法にとんでもない威力が秘めている。けれど、どれも本気じゃない。


「隊長がそこまで評価するんですね……」

「機会があれば鍛練風景を見せてやる」

「よろしくお願いします!」


 あのレベルの鍛練を見せられても、参考にはならないと思う。


 中庭に着くと『えいっ! えいっ!』っと声を出して素振りをしている若者がいた。

 その横顔には夫の若かれし頃の懐かしい面影がある。


「誰を快気するまで看病するんでしたっけ?」


 私は隣に立つミレアさんを睨む。

 てっきり重症で寝込んでいるものと思っていた。

 よく考えたら、旦那様の【ヒール】を幾度となく浴びているんだ。


 静養が必要なはずがない。

 強いてあげるなら、食事も喉を通らなかった期間の栄養不足を心配するぐらいか……。


「あれ……。打ち合わせと違うな……」


「へぇー。打ち合わせですか。是非その内容を拝見したいものだわ」


「どうやらミレアはコックに挑む前に性根を叩き直さなくちゃいけないようだ」


 夫が手の関節を鳴らし、ミレアさんの背後に立つ。


「ですね。まさか九年間の歳月が人間をここまでダメにしているとは思ってもみませんでした。あなた、このままではアバムさんに失礼ですよ。思う存分やっておしまい!」


「ストップ、ストップ! 私の話を聞いてください。ぼ、坊ちゃんが連続で【ヒール】を受けた際に意識が戻り、私たちの会話を聞いていたんです。私は坊ちゃんのお願いを聞いただけですよ!」


 完全に私は悪くないアピールをしている。

 私たちの言い合いを聞きつけ、中庭で素振りをしていた若者がこちらに歩いてきた。


「ミレアをあまり叱らないでやってください。父上、母上、ご無沙汰しております。近くに住んでいるようなので、これからは頻繁に会えますね」


 頻繁に会えますね?

 息子は何か思い違いをしているようだ。


 確かに私は息子の成長した姿を見るのを楽しみにしていた。

 しかし、この目の前の若者は私が期待していた息子の成長した姿ではない。


「お前が育てるよりも立派に育ったんじゃないのか?」


 夫が口元を手で隠し、私に告げる。

 えっ?


「冗談ですよね? 私が育てていれば、今頃は王族の……ティリア姫様の婿候補に名乗りをあげていましたよ」


 旦那様と出会う前のティリア姫様とならまだチャンスがあった。

 今のティリア姫様は旦那様しか見ていない。


 ティリア姫様を振り向かせるには、旦那様以上の輝きがいるが、どこを探しても見つける事はできないだろう。


 それ程までにあの人は光輝いている。例えるならまるで太陽。

 知らずに近付けば、その身を焼かれてしまう。


 夫の体は心配だけど、彼の近くに置いておけば、さらなる輝きを手に入れられるはずだ。


「あ、あの……」


 口論に発展しかけたところに再び息子の声が届いた。


「すまん。まさか、すでに親だとバレているとは思っていなくて、戸惑うばかりだ。ただなぁ……素振りをチラッと見たが、あれは酷い。俺が直々に鍛え直してやる!」


「そうですね。領主の息子の肩書きに守られて軟弱に育ちすぎました。ミレアさんと一緒に性根を叩き直す必要があります」


「なんで、私まで!」


 そんなのミレアさんが元凶だからに決まってるじゃないですか……。

 これほど甘やかして育てているとは思わなかった。


『息子を守って』とはお願いしたが、『甘やかして』とは言ったつもりはない。

 口には出さないけど、これならいっそ、格上のモンスターに挑んで死んでいた方が遥かにマシだった。


 九年ぶりに会った息子に失望させられるとは……。


「あなた、手加減は無用ですよ」

「任せておけ! 成人した男が親に向かって『これからは頻繁に会えますね』だと? 何を寝ぼけた事を言ってるんだ。二度と親の顔を見たいなどと抜かさないように徹底的にしごいてやる!」


 その意気です。

 それでこそ私が見込んだ男。

 力強く頷く。


「ミレア……。幼い頃の記憶はあまり残っていないが、父上と母上はいつもこんな感じだったのか?」

「そうですね。怒った時は概ねこんな感じです。私も一緒にしごきを受けるんで、生きて明日を迎えられればいいですね……」


 朝から始まった鍛練は昼を過ぎても行われた。


 ありがとう、あなた。

 わざわざ憎まれ役を買って出てくれて……。


 きっと私だけでは九年ぶりの再会を喜んで手を抜いていたわ。


 絶対に泣かないと決めていたのに……。

 年は取りたくないものね。涙もろくていけないわ。


 これからも逞しく生きるのよ。


 私が目元を拭いていると、領主様が現れた。


「ミレア君に『話せる範囲』という条件付きであなたたちの事は伺ったよ。そして昨日使われたギルド証のデータからゴンザズという偽名の冒険者が西領の街を救った『赤斧の英雄』と言われている事まで確認できた」


 隣街がモンスターに襲われた事は奴隷商館にも避難指示が出たから知っている。


「私はその後に合流したので、そこまで詳しい情報は知りませんでした。ただ私が知っているのは夫の『俺はSランクモンスターを一体しか倒せていない』と悔しがる後ろ姿です」

「…………」


「私は息子にもSランクモンスターを倒したからと慢心するのではなく、もっと上を目指す。そんな男に育って欲しかっただけです」


 正直な気持ちを吐露した。


「何不自由なく真っ直ぐ育てたつもりだったんだがな……」

「領主様には感謝しております」


「こちらこそ魔族騒動で動いてくれた事、感謝しておる。今日は息子がどうしても本当の親に会ってみたいと言うのでな……。反対するミレア君には『今回の件を水に流す』と無理を言って従わせた。彼女をあまり恨まないでやってくれ」


「わかりました。ミレアさんには今後も私たちの拠点にくる事を許可しておきます。ですが、あの子は違います。すでに我々の手を離れた子。未練がましく接触されてはお互いのためになりません」


「わかった。息子も両親の逆鱗に触れたんだ。そう簡単に『また会いたい』とは言うまい」


 ミレアさんも息子も見送りをする体力はないようで、中庭に倒れている。


 きっと今朝よりもしごきを受けた明日の方が重症かもしれませんね。


「もう二度と会えないかもしれんぞ」

「充分、目に焼き付けましたよ」


 輝きの足りない息子より、輝きを増してなお努力を惜しまない夫を見ている方が楽しいわ。


 拠点に戻り、事の顛末をみんなに話した。

 二度と息子に会うことはないだろう。

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