あなたは自分の発言の異常さに気が付いていないのかしら……。
《ゴンザスの妻:ファーナム》
「アバムさんはそこの食堂にいますよ」
「本当ですか?」
ミレアさんの顔がパァッと華やいだ。
「息子を守って下さったお礼です。私は誰に恨まれようとも、あなたの味方ですよ」
「ありがとうございます」
ミレアさんに耳打ちをすると、さっそく食堂に歩いて行き、叫んだ。
「アバムミレアと言えば王宮では有名だったが、ここは王宮じゃないんだぞ……。二人を会わせたらマズいだろ」
「アバムさんも早くミレアさんと身を固めるべきです」
「後でアニキに怒られそう」
「あなたは関係ありません。全て私が独断でやった事。旦那様には私が怒られます。それより早く成長した息子に会いたいわね」
「気が付いていたのか?」
「私がミレアさんに『息子を守って』ってお願いしたんですもの」
「本当にみんなに迷惑をかけた」
ミレアさんからあなたが火事に巻き込まれたと聞いた時は、身が引き裂かれる思いだった。
すぐにでも駆けつけて、傷を癒やしてあげたいと何度考えた事か……。その度に奴隷という現実を叩きつけられて絶望した。
でも、九年ぶりに私の前に現れたあなたは、昔よりも輝きを増していた。
それはまるで生涯仕える主君に巡り会えた家臣のように……。
「あなたはあなたの進みたい道を進みなさい。夢を追えない男に価値などありませんよ」
あの不思議な青年が先王様を亡くして生きる意味を失ったあなたに再び輝くチャンスをくれた。
モンスターに好かれ、魔族に好かれ、それでもハゲは嫌われる人間世界で彼がどのように成長していくのか、私も興味が沸いてきた。
「ファーナムさん、領主の馬車は森の外に置いてあります。そこまで歩けますか?」
「奴隷期間は長かったんですよ。何往復だってしてみせます」
三人で森の中を歩く。
連日みんなが街まで歩いているため、人が二人並んで歩ける道ができている。
「半身麻痺で全身大火傷だった俺には聞いてくれないのか?」
「隊長は私が鍛えた領主の私兵をバッサバッサと斬り殺したんですよ。そんな元気な人を、どう心配すればいいんですかね?」
「俺は一人も殺してないだろ。嘘をつくな」
冗談を言い合って、なんだか九年前に戻ったみたい。
早くアバムさんも迎え入れて、あの頃みたいに談笑したいわね。
「隊長はどうやってそれほどの力を手に入れたんですか? 殺す気で剣を突き刺しても、掠り傷すら付けられなかったって聞きましたよ。誰にも言いませんから教えてください」
「俺にもよくわからん。最近はアニキの指示で魔族と稽古をしている」
魔王の一撃を受けても、すぐに立ち上がった時はビックリした。
重傷になれば旦那様が傷を治すから、止めずに見守る事ができたけど、あれを稽古と呼ぶのかは疑いたい。
「魔族と稽古……。普通死にますよ。昨日一緒にいた幼女は隊長より強いと聞きしましたが……」
「あの幼女はまさに魔族。別格だ。本気を出されたら、敏捷が高すぎて、まず攻撃を当てる事も難しい」
「ではでは、魔力を枯渇させる事なく、恐ろしい【ヒール】を最後まで連発していたあの男性は……?」
「アニキはさらに別格だ」
回復魔法は回復量に比べて魔力効率が極端に悪い。
そのため傷を治す手段は、お手軽な回復薬やポーションが主流となった。
今ではすぐに魔力が枯渇する回復魔法は敬遠され、使い手自体が珍しい。
恐ろしい【ヒール】は私も目撃した。
あれは出会ったばかりの人が見れば卒倒間違いなしの威力がある。
ただし、彼は魔法使いじゃない。
むしろ――。
「私も旦那様の鍛練を拝見しましたが、魔王の持つ剣の切っ先を棒の先で受け止めてましたよ」
前衛向きの体付きをしている。
「お前、あの速度のやり取りを見れたのか?」
「はい。ちょっとコツがいりますが、見る事はできましたよ。体を動かす事は――」
「そのコツを俺に教えてくれ!」
「構いませんけど、コツを修得するには魔力操作をマスターしている必要がありますよ」
「魔力操作は目下練習中だ」
「練習はいいですが、あなたは魔力量が少ない家系なんですから、魔力切れを起こさないようにくれぐれも注意してくださいね。どんなに優れた武闘家も気絶したら終わりですよ」
子供のように目をキラキラさせちゃって……。
魔力操作が上手くできれば、魔力効率が格段に上がる。
恩恵はそれだけではなく、好きな場所に好きな量、魔力を集める事もできる。
問題は魔力操作を修得するまでには膨大な回数の魔法の無駄撃ちが必要となり、どうしても期間がかかってしまう。
「魔力量なら大丈夫だ。確か三〇〇〇ぐらいになったはずだぞ」
「「…………」」
魔力量が四桁に到達するなんて話は聞いた事がない。
それを三〇〇〇ですって?
あなたは自分の発言の異常さに気が付いていないのかしら……。
考えたくないけど、誰かに騙されてるの?
「実際に魔法は使える?」
「まだ練習中だが、魔法の中では火が一番適性がありそうだ。燃えろ! 【ファイア】」
ボンッと手の平で火が爆ぜた。
飛びもしない、ただ手元で破裂するだけ……。
あんなもの目くらましに使えれば御の字。
それでも魔力量の少ない家系に生まれた者には、魔法を発動させられただけで快挙だ。
顔色を見るに、魔力枯渇の症状は出ていない。
これは次のステップに進ませてみよう。
「……維持はできますか?」
「魔力を放出し続ければいいのか? 燃え続けろ! 【ファイア】」
燃え続けろって……。
もっとまともな詠唱はないのかしら。
口振りから判断して初めて行ったはずなのに、きちんと維持ができている。
まだ魔法の扱いに慣れていないため、火の勢いが急に強くなったり、急に弱くなったり、安定しない。
「何秒続けられるか、確認したいので、そのまま維持ですよ」
「するのはいいけど、たぶんこの程度なら気を抜かなければ消える事はないぞ?」
余裕ぶっていられるのは最初だけ。難しいのはここからだ。
一般的に八歳までに一分の壁を超えられれば、将来が約束されると言われている。
そこからは一歳増える毎に一分加算が目安。
心の中で秒数を数えていたが、一分の壁を超えても当たり前のように続けている姿を見て馬鹿らしくなった。
「馬車が燃えたら困ります。馬車に乗らずに街まで歩きますか?」
「ええ、すみません」
御者にはミレアさんが先に街門に行くように指示を出す。
魔法を維持するのは、見た目以上に魔力を消費する。
それを魔法初心者で魔力操作をマスターしていない者が、すでに二〇分を超えてしまった。
どのような手を使ったかは知らないけど、魔力量三〇〇〇という話は信じざるを得ない。
この九年間にいったい何があったの?
街の中で不用意に魔法を使うわけにいかないため、魔法の訓練は一旦終了とした。
魔力量を増やす特訓から始めずに済んだのは助かる。
でも、やはり腑に落ちない。
これが――。
「ファーナムさん、私の話を聞いてましたか?」
「えっ? すみません、聞いてませんでした」
「もうっ! 隊長が火魔法を披露してから上の空ですよ。これから坊ちゃんに会うんですから、しっかりしてください!」
「そうだったわね。忘れてたわ」
「坊ちゃんが不憫でしょうがないです」




