一難去ってまた一難
「おっさん、朝飯だってよ」
「わかった。今行く」
鳥の住処を設置し終えると、タイミングを見計らっていたように、翼が声をかけてきた。
「結局昨日の魔族はどうしたんだ? 夜中に一度目が覚めて様子を見に行ったら、まだみんな元気そうに喋ってたな。俺がいても役に立てねーし、話しかけないで二度寝しちまったわ」
盛り上がってたのは、マーニレの『雪だるま』の時だな。
起きたなら、声をかけてくれればいいのに、水臭い。
「あの娘は馴染めなさそうだから、痛めつけて外に放り投げた」
回復魔法で痛めつけると表現していいのかはよくわからない。
「復讐されなければ、何でもいいや」
「二度と会う事はないだろ」
「おっさん、それフラグってやつだかんな」
「フラグ? なんだそれ」
「うわ……。フラグも知らねーのかよ」
翼と会話をしながら食堂に向かって歩いていると……。
「すみません、こちらにゴンザスさんはいらっしゃいますか?」
相変わらずよく通る声だ。
さすが軍人さん。
「はーい。どちら様で……えっ? ミレアさん?」
「ファーナムさん? どうしてファーナムさんまでこちらに? 昨日隊長と会いましたが、ファーナムさんの事は何も言ってませんでしたよ」
二人で建物の陰から事の成り行きを見守る。
昨日は『はぐれ』を連れて引き上げるので忙しく、全てをミレアに話せていないのだろう。
「なあ。あのモデルみたいな女は誰だ?」
「今は領主のところの私兵の一人だが、前はゴンザスの部下で副隊長をしていた。そしてコックの許嫁でもある」
「くそー。あの野郎すげぇ女を隠してたな」
「翼が女を見て鼻の下を伸ばしてたって志穂にチクろうっと」
「マジやめろよ。アイツ怒るとこえーんだぞ」
「怒ると怖い? 具体的には?」
「食器を普通にぶん投げてくる」
「…………」
いきなり顔面パンチをしてきた『はぐれ』も大概だが、食器を投げるのもどうかと思う。
俺の目から見て、翼と志穂はお似合いのカップルだ。
結婚した暁には、盛大に祝福してやろうと心に決めている。
「……意外と苦労してるな」
「そう思うんなら、おっさんは美穂から手をひけよ」
「俺がいつ美穂に手を出した?」
和哉と美穂は仲はいいものの、いつ破局してもおかしくない。
美穂が和哉のサボり癖に愛想を尽かしそうなのは気が付いていた。
「はぁ……。朴念仁かよ……。おっさんは城での窮地を救ってくれた運命の王子様なんだと」
「そんな事で……運命の王子様って。マジ?」
「マジ……。みんなで酒を飲んだ時に美穂がポロッと……。和哉は先に酔いつぶれてたし、志穂も美穂も酔っちまうと記憶に残らないっぽいから、覚えてるのは俺だけだ。美穂に手を出したら、シルさんにチクるからな」
「肝に銘じておきます」
なぜか、知らないうちに言い負かされた。
翼と喋ってる間に、ファーナムがゴンザスを呼びに食堂に行き、戻ってくる。
みんなも何事かと出てきたが、その中にコックの姿はない。
ミレアが懐から取り出した紙を開いて、読み上げる。
「ゴンザス及び、その妻ファーナムは領主のもとに出頭せよ!」
えっ? 二人だけ?
っというか、ファーナム関係なくない?
ファーナムがいる事をここに来てから知ったのに、その紙にファーナムの名前は絶対にないよな?
「夫の罪は妻であるファーナムに償わせる。今この時より領主の息子が快気するまで看病に準ずるように!」
そうきたか……。
「二人が領主のところに連行されんぞ。このまま黙って見てるのか?」
今にも飛び出しそうな翼の腕を掴んで止める。
「落ち着け。ファーナムの耳に入れたくなくて言わなかったが、領主の息子は養子で、ゴンザスとファーナムの実子だ」
翼に説明していなかったのと同じで、志穂たちにも、盗賊たちにも当然話していない。
だから、翼がしようとした事を志穂たちが代わりにしている。
「領主が師匠の奥さんに子供の世話ができる最後の機会を与えたってところか……」
「魔族絡みだったから、お咎めなしになったけど、俺たちって理由も言わずに領主の私兵を全員伸したからな……。今回の件の報酬で、領主の最大限の譲歩だろう。名乗り出ない代わりの交換条件付きかもな。そういう世界だ。こればっかりは受け入れるしかないだろ……」
ゴンザスがみんなの説得をしている。
「俺の出る幕じゃねーし、師匠たちがそれでいいならいいんじゃねーか? おっさんはこの調子でもう一人頑張ってこいや」
「もう一人って?」
「師匠には娘もいるだろ。聞いてなかったのかよ」
「……知りませんでした」
てっきり息子を見つけた時点で、やり切ったつもりでいたぞ。
説得が終わり、ゴンザスとファーナムが出発する直前。
「おい、おっさん。師匠の奥さんがモデル女に耳打ちしてんぞ」
ミレアが食堂の入口まで歩く。
「雲行きが変じゃねーか?」
「あー、これは何か始まるな……」
「アバム! 隠れてないで出てこい!」
「コックの名前ってアバムって言うんだな」
「俺も初めて聞いた」
数秒の静寂が訪れる。
「明日も来るから顔を洗って待ってろよ! 逃げたら実家に連絡してやるからな!」
「…………こっわ」
俺はあんな女と一緒に行動してたのか……。
でも、領主を睨んだあの顔は、本気でヤバかった。
「うへっ。あの女、志穂並みにこえーかも」
翼、心の声が漏れてるぞ。
今の言葉、志穂に聞かれたら一大事だ。
「ご主人様、こちらでしたか。アバムミレアの激突。久し振りに見ましたね」
「コックとミレアって昔からあんな感じだったの?」
「はい。王宮では先王様も『やれやれ、今日も平和じゃな』と言う程、毎日繰り広げられていました。っと言っても、昔は立場が逆でしたけど……」
「えっ? 逆だったの?」
全然想像つかない。
「九年前は、アバムが、いえコックがミレアに稽古を付けて毎日怒鳴っていました」
あー、それなら理解できる。
「これから毎日同じ光景を見るはめになるのか……」
「コックは昔からミレアが一本取ったら、結婚すると公言しています。九年間でミレアの方が強くなってるかもしれませんよ」
「残念だが、それはない」
俺の中で強さを計る目安がある。
それは姿を消した魔族を自力で視認できるかどうかだ。
コックは出会った当初から視認できるけど、ミレアはできない。
「勝つまで毎日来そうだな……」
「ずっと気になってたんだが、コックって本当に強いのか?」
「強いですよ」
ティリアの評価は当てにならない。
「わからん。Aランク相当なのは間違いない」
一難去ってまた一難。
「コックはどうするんだろうな。翼は逃げ出さないように見張ってろよ。コックがいなくなったら、飯抜きになるぞ」
「無茶言うなよ。街でクエスト受けたら、俺たちと別行動だぞ。見張れるわけねーだろ。はぁ……。師匠の奥さんも何で言うかな……」
「男にはわからない女の絆があるんだろ」




