これこれ、この魔力。君、おいしそうだね
遂に……明け方少し前。
ギュルギュル~ッと『はぐれ』の腹の虫が鳴った。
「お腹空いた!」
むくっと上体を起こし、口を開いた。第一声はそれか……。
どうやら食べるために目覚めたようだ。
「これでも食うか?」
マーニレがむいた柿を『はぐれ』に差し出す。
一応は警戒するが、戦闘せずに済むならそれに越した事はない。
事前の取り決め通りだ。
ただ、食いしん坊のマーニレがこれほど気遣いのできる奴だったとは知らなかった。
それだけ『はぐれ』は危険なんだろう。
「生命エネルギー以外、食べた事ない」
「おいしいから、食べてみろ」
マーニレがカットした一つを爪楊枝に刺して食べさせる。
「おいしい! もっと頂戴!」
「残りを全部出してくれ。俺様が皮をむく」
マーニレの指示に従い、アイテムボックスにある柿を全部取り出す。
「俺様の記録は一回に七個だ」
「すごい!」
「すごいだろ」
いや、すごいけど、単純に七個は食い過ぎだぞ。あと初対面の魔族に変な自慢をするんじゃない。
「ほら、どんどん食べろ」
「ありがとう」
お礼も言えるし、普通の幼女じゃないか?
マーニレが未だに細心の注意を払って、対応してるのが気になる……。
「おいしいけど、物足りない」
「やっぱり、エネルギーの方がいいのか?」
「うん! 昨日食べたのがおいしかった。また食べたい。これいらない」
マーニレの大好物が完全敗北した。
戻ってきた柿を寂しそうに食べる。
「甘くて美味いんだけどな……何がダメなんだ」
こればっかりは好みだから仕方ない
哀愁が漂う。
「シロウ、回復魔法をしてあげて」
「【ヒール】」
俺は言われた通り『はぐれ』に回復魔法を放つ。
口には何も入っていないはずなのに、口を動かす。まるで魔法を食べているようだ。
「これこれ、この魔力。君、おいしそうだね」
ペロリと舌なめずりをして、ロックオンされてしまった。
やっぱりこの娘、普通じゃない。
「シロウを殺したら、二度と今の食事を食べられなくなるよ」
「それは残念。今日で最後だね」
俺は『はぐれ』の容赦ない顔面パンチを右手で受け止める。
さすが全知全能様。
『はぐれ』の予備動作なしの殺人パンチを危機察知で知らせてきた。
「「えっ?」」
シルとマーニレには瞬間移動したように見えただろう。
予備動作があるのか、ないのかの差は大きい。
コイツはステータス以上に強いぞ。
「君、すごいね。今のを止めるんだ」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ」
右手に力を入れて『はぐれ』の手をつなぎ止める。
「次はどうかな?」
「ごめん。俺はすでにお前の弱点を知ってる。【ヒール】」
左手で『はぐれ』の体に強めの回復魔法を放つ。
「必要以上にエネルギーを流すなああああ。うぷっ!」
エネルギーを吸収し過ぎて、お腹が膨らんできた。
もう立っているのもやっとだ。
「降参が先か、お腹が破裂するのが先か。【ヒール】」
「ダメダメダメダメ! これ以上したら、吐いちゃう!」
右手を離すと、口を押さえて『はぐれ』が後ろに倒れた。
「俺様も似たような追い込まれ方をしたな……。最後は角を二本とも切られるから、あまり粘るなよ」
「参りました、参りました。もう二度とここには近寄りません! うぷっ。吐きそう」
「動けるようになったら、すぐに遠くに行けよ」
「……はい」
戦闘能力は高いが、園児以下の判断力しか持っていない。
ここに置いておくと必ず災いのもとになる。
俺は『はぐれ』の両足を掴んで敷地の外に放り投げた。
「助けてええええええええ」
「あっ!」
力を入れすぎて、空の彼方に消えていく。
魔族だし死ぬ事はないだろ……。
手を叩いて砂を払う。
「今のはひでーわ。今日か明日のトップニュースを飾るな」
それは考えていなかった。
「でも、新聞の一面を飾れば、アイツが何者で、実力がどの程度かわかるだろ。魔族新聞を楽しみにしようぜ」
当事者だと全然楽しめない。
もう一度拾ってきて、最初からやり直したい気分だ……。
失敗したな。
「あの勢いで落下したらさ、大きなクレーターができてそうだね! 水を入れて今度こそ一緒に水浴びする?」
「しません」
「水浴びで思い出した。シルヴァーンは南領の国の近くで水浴びをしてただろ。新聞に載ってたぞ」
「あれはね、シロウが水を入れてくれたの」
「まさか、あの記事に載ってた後ろ姿の人間ってロリコンかよ」
「俺は初日から魔族新聞に載ってたんだな……」
色々と手遅れだ。もう諦めるわ
朝日が顔を出すと、続々とみんなが起き出してきた。
「俺様は眠いから、今日は寝るぞ。水撒きは起きてからする。樽に水を入れておいてくれ」
さり気なくポケットに残りの柿を詰め込んだマーニレが部屋に歩いていく。
寝る前に食べたら太るぞ。
完全に『はぐれ』の件は頭から追い出したようだ。
「私もきちんと眠りたいよ」
安心したのか、シルまで瞼が落ち始めた。
早くも船を漕ぎそうだ。
おかしいな。二人とも交互に仮眠を取ってたはずなんだが……。
朝日を見たら目が覚めてしまった俺は変なのだろうか……。
シルがよちよち歩きで家に入るのを見送った。
俺は【ウォーター】を発動して樽に水を補充する。
柿の木を重点的に世話をしているだけあるな。
もう蕾を付けている。
今日か、明日には柿が収穫できそうだ。
俺はマーニレの代わりに、果樹園に水を散布して歩く。
鳥のフンの被害がなくなっただけで、果樹園が平和だ。
別に鳥たちがいなくなったわけではなく、マーニレが寝てても、虫を食べたり、受粉させたり、収穫したり、腐った実を地面に落としたり……。
忙しく働いている。
「【サンド】」
優秀過ぎる鳥たちのご褒美に雨風を凌ぐための四角い箱を作った。
「まだ一回で穴を作る事はできないか……。【サンド】」
二度目の魔法で箱の側面に丸い出入口用の穴を空ける。
「まずまずな出来だ」
同じ物をたくさん作った。
最初は木の上に備え付けようと思ったが、汚れたら【クリーン】をかけてキレイにする事を考えると、地上に近い方が楽だ。
一メートルの柱を【サンド】で作って、箱を固定していく。
最後に箱の中に羊毛の余りを入れて完成した。
あとは鳥たちが木の枝を拾ってきて、住みやすい巣を作るだろう。




