俺にも見せろ!
俺は二人の邪魔にならないように御者席へ移動した。
「ファーナム!」
「あなた!」
ゴンザスとファーナムが走り寄り、これから抱擁が始まる直前。
「シロウ、見ちゃダメだよ! 二人の愛は二人のもの!」
「やめろ、シル。目を塞ぐなら自分のを塞げ」
よりにもよってこのタイミングで、なぜ俺の目を塞ぐ!
「「「わー」」」「へぇー。なかなかやるじゃねーか」
女性陣の歓声とマーニレの声が俺の耳に同時に届いた。
俺にも見せろ!
やっとの思いでシルの手を退けるが、二人の抱擁はすでに終わっていた。
マジかよ……。
シルのせいで一番楽しみにしていたシーンを見逃してしまったぞ。
というか俺以外、全員ガン見じゃないかよ。
どことなく、みんなの顔が赤い。
あの夫婦、公衆の面前で何をしたんだ。
「それでは私たちはこれで失礼します。シロウ様、またお会いしましょう」
「ああ。嫌な役を回してすまん」
「私たちは魔族ですよ。人間を殺す事を躊躇うようでは、魔族は続けられません。マキナ、行きましょうか」
「はい! おっさん、またイタズラしに行くからな。ゴン太は修練サボんなよ」
「…………」
「わかってます。リー嬢、マキナ嬢、この度は大変お世話になりました。お気をつけて」
マキナ先生、イタズラしに行く宣言は余計です。返答に困るわ。
ゴンザスが返事をすると、リーとマキナが『火炎の斧』を追う。
リーとマキナだけで、大丈夫かな……。
当初は確かに二人組だったのだが、物陰から怪しい集団が現れて七人に増えた。
最初から用意周到に準備されていたようだから、七人ではきかないだろうな……。
どんなに足止めを食らっても、マキナがいる以上は逃げ切れない。
――――――――――
《魔王軍四天王:マキナーゼ》
「茶髪の人間は私が殺します。シロウ様のご慈悲を無碍にした代償は、その身で払ってもらいます」
「やれやれ。リーはおっさんの事になると沸点が下がるよな……」
姿を一般人には視認出来ないようにし、門番の前を二人で駆け抜ける。
入口付近は強い人間を配置している可能性があるため、姿を消しても危険があった。
「何か言いましたか?」
「いえ、何でもないでーす」
人目を避けるように、外門から離れる。
「さて、奴らはどの方角に行ったのかな」
ザックリと周囲の魔力波長を読み取った。
その中から今回は馬で移動する者と動きが極端に少ない者をカウントする。
「待ち伏せ込みで三〇人ってところかな。わざわざ道を走る必要はないか……。近道はこっちだ」
オレとリーは空を飛んで『火炎の斧』を追いかけた。
空から見下ろすと、窪みを利用して人間共が身を潜めているのがわかる。
「奴らも殺すか?」
その場に静止して確認した。
七人が一塊になり、道を走る馬車を監視している。
順路的に、その集団が先鋒だろう。
位置がバレてるとも知らずにいい気なもんだぜ。
「そうですね。最終ミッションは『火炎の斧』の回収です。それさえ忘れなければ、実験体として使って構いませんよ」
「リー、ありがとう」
「ただし、ここは西領。くれぐれも派手な魔法は控えてくださいね」
「心配しなくても、わかってるよ」
オレたちの担当区域は南領だ。
南領の侵略が終わってないのに、余所の区域で暴れ過ぎるのは、後々非難される。
主に魔王であるリーが……。
「んじゃ手っ取り早く小瓶でも投げるかな」
オレは鞄から小瓶を三本取り出す。
入れ物が割れて、中身の液体が気化すると周囲に高濃度の魔素が拡散される。
西領に来る前に完成させた新作だ。
「まだ実験段階だから、成功するかな?」
オレは小瓶を一本放り投げた。
地面と衝突しガシャンッと音が響く。
人間共が警戒しながら音の発生場所に近付いた。
退路を塞ぐために追加で二本投入。
魔素を吸い込み、一人また一人と倒れる。
見えない恐怖に混乱が生じて、三人がその場から逃げ出した。
「人間は醜い生き物ですね。ちょっとした事で同族を見捨てる」
「甘い汁を吸ってぶくぶく太るオーク共と一緒だな。いや、まだアイツらはキングを頂点に統率が取れてるか?」
倒れた四人がゆっくり起き上がる。
「実験の結果が出るようですね」
体のサイズに変化は見られない。
「うーん。饅頭と違って周囲に分散するせいか、下級魔族にするには到らなかったな。魔素量が足りないのか……?」
意識は刈り取れるから、対人間には効果が期待できる。
「魔素量を上げるためにシロウ様の魔力水で魔水を作ってはどうですか?」
「あ、それで作ったのが今の新作……」
「えっ?」
「リー、ごめん。実験用に魔力水を半分頂戴したんだ。追加で魔力水を貰おうと水袋を持参したのに貰い忘れたぜ。リーのところにはまだ残ってるよな?」
「……絶対にあげませんからね。実験のためでも、あれはコーン茶を飲むための魔力水です。手を付ける事は許しません!」
「そこをなんとか……」
あと少しなんだ。
あと少しで何かを掴めそうなんだ。
「ほらっ! 魔力水が減れば、おっさんのところに行く口実が出来るんだから……いいだろ?」
「全く……。実験、研鑽、調薬、鍛冶。あなたは数百年に一人と言われた魔術の才能の持ち主なんですからね。程々にしなさいよ」
うっ、マズい……。このままじゃ説教が始まる。
何とかしてリーの注意を逸らさなくちゃ……。
オレは急いで周囲の様子を窺う。
「そ、それよりリー。逃げた三人が茶髪男に接触するぞ」
指を差して場所を教える。
「絶対に逃がしてはなりませんよ」
「任せろ」
オレとリーは茶髪男の意識が逃げた三人の方に向いているのを確認しながら、背後に降り立つ。
「ナメた真似をしてくれるぜ。『赤斧』たちの仕業か?」
「いや、それはない。奴らが俺たちを追って門を通れば、外壁の上にいる仲間が旗を振って知らせてくれる事になっている」
あれ……。
ここにいるメンバー以外にも関わってる人間共がいたんだな。
おっさんたちは馬車を戻したら拠点に引き上げるはずだから、二度とコイツらと関わり合いにはならないだろう。




