高い授業料になったな。
えっ? 何言ってるの?
『赤斧の男』ってゴンザスの事だろ?
俺とゴンザスが仲良く顔を見合わせた。
さすがに予想外だ。
「それはいつの事ですか?」
俺より先にゴンザスが復活した。
そうだよ。
『さっき』まではここにいたはずなんだ。
「建物を出てきたのは、つい二〇分前だな。まだその辺にいるんじゃないか?」
お客さんの動向をチェックしてるわけじゃないし、表現が曖昧なのは仕方ない。
でも、かなり貴重な情報だ。
「ありがとうございました」
俺は情報を教えてくれた男性に銅貨の入った袋を握らせた。昨日の食べ歩きで残った銅貨だ。
五〇枚はあるだろう。
俺は急いで馬車に戻り、みんなに事情を説明する。
「ファーナムは他の奴の手によって、商館から連れ出された。魔力波長を探ってくれ」
「あれ疲れるんだよな」
「マキナ!」
「はいはい、やりますよ。今日はリーの機嫌が悪いな」
「マキナ……聞こえてますよ?」
底冷えするようなリーの声が馬車内に響く。
「何も言ってないぞ。えーっと…………ファーナムはこの少し細い通りを真っ直ぐだ」
俺はマキナが指差した通りを見る。
人混みはそれなりだが、五〇〇メートル向こうでこちらの様子をジッと窺っている二人組がいた。
その近くに女性が立っている。
俺たちが奴隷商館に現れるのを待っていたのか……。
女性に目を凝らすと『ファーナム』と表示された。
やっとお目にかかれたな。
後ろ姿だから判断に困るが、クリーム色の髪の長い細身の女性だ。
俺は馬車を操縦してそちらに進む。
「アニキ、あいつらは……」
「知り合いか?」
馬車を近付けると、ゴンザスが相手の顔を確認できるところまできた。
「朝一に冒険者ギルドの使いでファーナムの情報を教えにきた冒険者です」
こんな都合のいいタイミングにファーナムを買う事ができたのも頷ける。
「やっと現れたか……。待ちくたびれたぜ。クックックッ。この女が目当てなんだろ?」
茶色の短髪の男がファーナムの顎をなぞりながら言った。
ファーナムが振り返り、ゴンザスの顔を見て驚いている。
若い。
二〇代前半じゃないのかな?
それでは計算が合わないか……。
でも『キレイ』というより『可愛い』が似合う。
「今なら『赤斧』と交換してやるぜ」
なるほど。それが狙いで先回りをしたのか……。
『赤斧』で有名になった反面、『赤斧』を奪おうとする者まで呼び寄せてしまった。
今回はたまたまコイツらで、この先もこういう輩に付きまとわれそうだな。
対外的には俺は今、ゴンザスの付き人だけど、別にいいか……。
「お金ならある。金貨一〇枚でどうだ?」
「誰だあんた? まぁいい。金貨千枚だ。嫌なら『赤斧』を寄越せ」
金貨千枚はさすがに用意できない。
ファーナムの価値は今や言い値だ。
参った。
この手の奴は一度味を占めると、何度も繰り返すんだよな……。
冒険者二人を見る。
派手な装備品に身を包み、羽振りは良さそうだが、見るからに弱そうだ。
その上、犯罪歴に『傷害、窃盗、恐喝』が並ぶ。
常習犯か……。
「ちょっと馬車の中で話し合いをしてくる」
「こっちは忙しいんだ。早くしてくれよ」
「……わかった」
忙しいなら、こんな事をするな。
ゴンザスは目と鼻の先にいるファーナムを見て御者席の隣から動こうとしない。俺は襟首を掴んで無理やり車内に入れる。
九年ぶりに再会を果たせたのに、変な奴らに妨害されたもんだ。
「考えるまでもない。あんなの殺せばいいだろ」
「人間社会では自分の思い通りにいかない事はよくある。いちいち目くじらを立てて殺していたら、身の破滅を招くぞ」
マーニレの魔王らしい発言は取りあえず却下だ。
魔族組が『えっ?』って顔になった。
殺さないが少数派とか珍しい。
「では、どうしますか? 『火炎の斧』を素直に渡しますか?」
「悔しいけど、それが最善だと思う。下手に要求を拒んだら、面倒な事になりかねん」
小説の中でティリアを奴隷に迎えているため知識としては知っているが、奴隷に直接手出し出来ずとも、奴隷を街の外に放置して殺す事はできる。
だから、主人は犯罪歴を付けない方法で奴隷の処分を行えてしまう。
武器はあくまでも武器に過ぎん
「アニキ、あんなセコい連中に屈するんですか?」
「『赤斧』を渡さなかったら、ファーナムを取り返せないぞ」
「ファーナムは人質になった程度で命乞いをするような女ではありません!」
どいつもこいつも好き勝手言いやがって……。
そんなに俺は甘いのか……?
まずは人質の解放。基本だろ。
俺はリーに『赤斧』を借りて馬車の外に出た。
これで貸し一返上だ。
「みんなの意見を聞いてきた。俺は『赤斧』を渡してもいいと思ったんだがな……。『赤斧』は渡せない」
「この女がどうなってもいいのか?」
さすがに街の中で刃物を抜く事はなかったが、交渉決裂した場合はファーナムを殺すという意志が読み取れた。
「お前は何か勘違いをしているぞ」
茶髪の男に言う。
「なんだと?」
「お前はこの『赤斧』を狙う集団から死守できるのか? その隣の男は金に目が眩んで『赤斧』を持ち逃げしないと断言できるのか? そっちの男も同じだ。飯に毒を盛られたり、寝込みを襲われたり、先輩冒険者にケンカを売られたり……。本当に退ける事ができるのか?」
シルとマーニレは俺の監視下に置く事ができるからまだいい。だが、リーとマキナは本気で取り返そうと動くはずだ。
それに関しては止める気もないし、止められる気もしない。
「お前たち、街の外に出たら死ぬぞ。これは脅しじゃない俺からの慈悲だ。もし、死にたくないのなら『赤斧』ではなく『お金』を選べ」
俺は『火炎の斧』と『金貨一〇枚』の入った袋を床に置く。
住民は何事かと集まり、その様子を遠巻きに見ている。
「おっと、拾う前にファーナムの解放だけ頼むな」
茶髪の男が一歩目を踏み出したので、慌てて声をかけた。
「フンッ! いいだろう。『ファーナムを奴隷身分から解放する』」
茶髪の男が宣言するとファーナムの首輪が外れた。
冒険者の二人が一つを選ぶと脇に待機させていた馬に乗って道を走っていく。
高い授業料になったな。




