盗賊のアジト襲撃
ここでブラウンベアの話をしておこう。
さっきまでブラウンベアはモンスターボックスの中にいた。その中ではモンスターの飼育と育成が同時に行える。
やり方は俺が倒したモンスターを任意に選択してモンスターボックス内に召喚、そのままモンスターと戦闘をさせられる。攻撃を食らえばモンスターは傷付く。モンスターボックス内でモンスターを倒しても経験値は入るが死体は残らないため、疑似戦闘と表現している。
ブラウンベアの進化条件を満たすためには、一定以上のレベルがある命をもう少し奪わなければいけない。
この命は人間でもモンスターでもいいんだろうが、疑似戦闘ではダメらしい。だからブラウンベアとしてのレベルは最大の二〇まで上がっているのに、進化条件を満たしていない奇妙なブラウンベアが出来上がった。
ブラウンベアが洞窟内を覗いている。
この洞窟の出入口が一ヶ所なら盗賊たちは詰みだな。
俺はブラウンベアを観察する。
洞窟の幅は三人がギリギリ交差できるからブラウンベアでも横幅は足りるが、高さが全然足りない。
盗賊たちは籠城してモンスターをやり過ごす気か……。大型のモンスターは入口で嫌がりそうだ。
ブラウンベアは四足歩行で洞窟内に入っていった。俺もその後を追う。
洞窟内は明かりがないから暗いが、俺には夜目があるようだ。暗い場所でも普通に見通す事ができる。
ブラウンベアが最初の分かれ道を右に進んだ。
俺も右に進む。
しかし、このままでは盗賊たちに逃げられるため、見張りを召喚する。
「ワイルドスネーク・オープン。ここを任せたぞ」
ワイルドスネークはスネークの進化後だ。コブラをさらに巨大化させた感じ。全長はわからないが、普段の体の起こし具合は俺の腰ぐらいまである。
体が大きくなりすぎて木に登れなくなった可哀想なヘビだ……。その分、毒の威力が大幅に上昇している。
「右で当たりか?」
徐々に灯りのある広い空間になってきた。
それと一緒に汗臭いニオイが強くなってきたので、洞窟に【クリーン】の生活魔法を使う。
ニオイが多少収まった。
多少というのは目の前の方々がニオイの元だからだ。
「もう入って来やがったか……。ボスに状況を知らせて早く来てもらってくれ!」
「へい!」
五人がブラウンベアを部屋に招き入れて襲うようだ。
通路じゃ五人同時には戦えなかっただろうが、ブラウンベアの体格を考えると通路で対峙しておく方が動きづらかった事だろう。
ここは団欒スペースなのか不格好な長テーブルが二台置いてある。今は壁に寄せて戦闘スペースを確保してあった。
盗賊たちは立ち上がったブラウンベアを見上げて足が竦む。
ブラウンベアが爪を振るっただけで胸から血を吹き出して倒れていく。
「ブラウンベア、次からは無力化に徹しろ!」
いきなり血の海になってしまった。
まさか盗賊が装備していた皮鎧を豆腐のように切り裂くとは思っていなかったから、詳しい指示は出していなかった。
これは俺の判断ミスだ。止めた時には瞬殺が終わり、最後の一人の胸に爪を刺した状態だった。
胸を一突きされればもう助からないだろうな。ブラウンベアの爪からはがされた盗賊はやはり、すでに事切れていて、床の血の海が広がる。
【クリーン】を使うと汚れが落ちたので、床に染み込んだ血はキレイにできるようだ。
この部屋には木の板がはめられたドアらしき物が三つ。盗賊がボスを呼びにいった通路が一つある。
俺はブラウンベアに待機させて一つ目のドアを開けた。
「殺さないでください!」
開けた瞬間ガリガリの盗賊に土下座される。
ブラウンベアが攻めてきた情報はあったが、逃げる場所がない証拠か。
ここはどうやら調理場のようだ……。ガス台のような火を扱えそうな空間がある。洞窟内で火を扱って大丈夫なのか?
長テーブルのある空間の隣に調理場があるなら、さっきの団欒スペースは食堂という事になる。
「盗賊を縛る紐はあるか?」
問いかけると土下座したたまま、手を入口左に向けた。
食料を置くスペースにあるのか。確かに樽と麻袋と一緒に紐がある。
「出口は何ヶ所ある?」
「一ヶ所です」
袋小路の状態か。食料庫を制圧させたから、籠城できんだろうが、このまま待つのも馬鹿らしい。
一気に勝負をかける。
「お前はここにいろ。逃げようとしたらワイルドスネークが洞窟の出口にいるからな。毒に犯されて苦しみの中、死にたいなら別だが……」
「殺さないでください」
これだけ脅しておけばいいだろう。
次の部屋を見る。
あとの二つは二段ベッドが並ぶだけだった。
家探しをしたら色々出てきそうだが、それは後にする。
「ブラウンベア、奥に進むぞ!」
この先の通路は広く整備されている。ボス部屋に続くから気を使ったのか?
入口だけ狭くしておけば、ネズミ返しならぬ、モンスター返しの役割は行えるからな。
「その陰に人が隠れてる。人数は五人」
「ちっ! うりゃあああああ」
物陰に隠れている人物を察知したので前を歩くブラウンベアに教えてやる。
気付かれているとわかると盗賊たちは勇ましくブラウンベアに切りかかった。
ブラウンベアの攻撃を避けて毛皮を斬りつける事ができた者がいる事に驚いたが、右手を避けても左手がある。すぐに撃沈した。
「いよいよか。気をつけろよ」
通路の先に扉を発見。行き止まりで他には何もない。
ブラウンベアが扉を蹴り破る。
粉々に飛び散った破片が周囲に飛び散り、複数人の叫び声が上がった。
両刃の斧を持った男が隙をみせたブラウンベアに襲いかかる。
ブラウンベアが咄嗟に右手で斧の刃を掴み受け止めた。手にダメージを食らい、ポタポタ血が滴り落ちる。
「くそっ! 放しやがれ!」
斧をガッチリ握ったブラウンベアが再び蹴りを放つ。今度は扉ではなく、盗賊の男が部屋の奥まで吹き飛んでいった。
レベルを確認すると四五。コイツがボスで間違いないだろう。
ブラウンベアよりかなりレベルが高い。
このレベル差をひっくり返したのはきっと《勇者の加護》の恩恵だ。ステータス値が二倍に上昇している。
「これで制圧完了か?」
入口まで戻り今度は左のルートの攻略に入るが、右のルートにボスがいたなら、向こうは簡単だろう。
「抵抗したら今度は死ぬぞ」
木片のダメージが抜けきらない盗賊たちに声をかけた。
比較的元気な奴に紐を渡してボスを縛らせる。
「金目の物は食堂に運び出しておけ。後で出てきたら許さんからな!」
無言で頷いていたから大丈夫だろう。
俺とブラウンベアは左のルートを目指す。
通路を戻っている最中に違和感が……。
「盗賊の数が合わない……」
食堂を抜けてワイルドスネークの場所に戻ってきた。
「気絶から目覚めて逃げ出した奴はこうなるか……」
ワイルドスネークの周りに盗賊が四人倒れて苦しんでいる。まるでゾンビ映画のように皮膚が爛れて、ひどい有り様だ。
左ルートの先には牢屋があった。
今は誰も使っていないようだ。