お兄さん!?
言われて進んだ先にはカウンターに頬杖をついて暇そうな男性職員がいた。
シルの機嫌を損なわずに済むという意味では、この人は天使だ。
「モンスター素材の買い取り窓口はこちらですか?」
「そうだよ。初めて見る三人組だな。ギルド証を見せてくれ」
頬杖をやめて仕事モードになった職員が手を出す。
「シロウ、ギルド証って?」
「魔法のカードの事だ」
シルの質問に小声で答える。
ギルド証を知らないギルド員。
冒険者としての活動経験はないからな……。
「魔法のカード! やっと使えるんだね」
シルは右ポケットから魔法のカードを取り出して職員に手渡す。
「はい、どうぞ。お兄さん」
お兄さん!?
シルが俺に向けるよりも素敵な笑顔を買い取り窓口の男性に向ける。
シルに限って……そんな……。
『サキュバスは恋多き種族だから、男を飽きるのが早いんだよ』
昨日マーニレが言ったセリフが頭を過ぎる。
とうとうシルが俺を捨てて目の前の不真面目職員に乗り替えるのか……。
「Cランク? お嬢ちゃんがCランクなのか? きちんとギルドマークが光ってるし、魔力波長は一致してるな。まだ幼いのに、すげーや」
ギルドに設置されている機械にギルド証を近付けると、魔力波長を読み取って本人の物かそうでないかを判断するらしい。
所持者が正しいとギルド証のギルドマークが光る。
シルがポケットから出した時点でギルドマークが光っていたから、職員はそれを見たのだろう。
ちなみに外門にも同じ機械があり、ギルド証を近付けると光る。
女性の魔力波長は変化するはずなのに、どうやって対応しているんだろうか……。不思議だ。
「あ、俺もCランクです。ギルド証を持ってるのは二人だけです」
ポケットから慌てて魔法のカードを取り出した。
職員は二枚のカードを見る。
あまり注視されて魔力波長が一致してるとかバレんよな?
「ジルにジロウか……。聞かん名だ」
「ジル? ジロウ? アイツはなにを――」
マーニレの口を右手で塞いだ。
「昨日作ってもらったの!」
俺は急いでシルの口も塞ごうとしたが、手が足りなかった。
左腕は未だにシルが抱きついて放さない。
「昨日?」
「えーっと……。ほら、昨日Cランクに上がったって事ですよ」
「あはは、だよな。一日でCランクとか、無理だよな。お嬢ちゃんは昨日Cランクに上がったのか。それにしたって……ジルとジロウ……」
「それより、買い取りいいですか?」
一日でCランクのギルド証を持つ事がどれだけ異例な事か、シルはよくわかっていなかったが、追及されたくない話は逸らすに限る。
「おう。すまねー。素材は持ち込みか? 見たところ手ぶらのようだが……」
ゴンザスが外套を購入した時の袋に入れて持ってくれば良かった。
「実はアイテムボックス持ちなんです」
「それなら裏に行こうぜ。あんたらも自分の能力は秘匿したいだろ?」
俺は別にどちらでも構わないけど……。
偽名を使い、顔を隠し、見られて困る事の方が少ない。
でも、断る方が不自然か……。
「そうですね。お願いします」
俺は倉庫みたいに広い空間に通された。リーカナ王国の冒険者ギルドの食料庫と同じ造りだ。
「三分ほど部屋の外で待つから、その間に頼むわ」
「はぁ……」
外に出ててくれる理由はよくわからなかったけど、アイテムボックス持ちは隠し事が多いのか?
「シロウは何を売るの?」
「街の外で倒した大量のモンスター素材」
槍一薙ぎ分だな。
数にすると二〇体ぐらい。
まとめて出して、手を翳す。剥ぎ取り!
「これは……」
モンスターが素材に分かれたはずだが……。
例えるなら、色んな魚を一〇匹、全部三枚に下ろしたのに、結局鱗も内臓も全て同じ袋に放り込んだ感じだ。
「シロウ、何かの目玉が転がってきたよ?」
「お、モンスター当てゲームか。よくやったな。シルヴァーン、俺様に見せてみろ」
マーニレがボーリングサイズの目玉を観察する。一度軽く転がして別角度からもチェックした。
魔族の『モンスター当てゲーム』とか、知りたくなかったな。
「コイツは簡単だ。イエロータートルの目玉だぞ。レア種だからいくらするんだろーな。うわっ! 何をしやがる!」
「いや、お前が何をする」
サッカーのように足で蹴って目玉を山に戻そうとしたマーニレの体を後ろに引いてキックを外させた。
「素材が傷付いたら、価値が下がるだろ!」
「つい、いつもの癖だ」
お前はいつもそんな事をしてたのか。魔王本来の力で目玉を蹴ったら破裂するだろ……。
三分が経って、職員が戻ってきた。
「うわー。ごっちゃごちゃだな。こりゃあ、お金は明日になるぞ?」
「宿屋に泊まるお金も、今夜のご飯代もないんで、出来れば先に少しお金が欲しいんですけど……」
「急ぎか……。ちょっと待ってくれな。剥ぎ取りはとてもキレイだ。ビートルの殻は凹んでるな……熱しながら裏から叩いて直せば使えるか……。あっちにあるのはバイソンの睾丸で、二、四、六。あの辺で金貨一枚。お? このタートルの目玉はレア種だからBランクモンスターだ。Cランクじゃ買い取り対象外になる」
マーニレが言い当てた亀の素材はどうやらランクが一つ上で買い取り不可……。
レア種と聞いて値段に期待したんだけど、残念だ。
「ランク外のは結構です」
「詳しい金額は明日までに算出するが、金貨八枚は絶対に超えてる。今、紙を用意するから受付でお金をもらってくれ」
「ありがとうございます」
買い取り査定の最終結果とそのお金を受け取らないとダメだな。今日中の帰還は諦めて明日にしよう。
「お爺ちゃんによろしくね!」
「お爺ちゃん?」
「あー。ギルド長と知り合いなんで、ジルとジロウが来たって伝えておいてください」
「またあの爺さんの知り合いか。さっきも……」
まだブツブツ言ってたが、金額を書いた紙をくれた。
それを持ってすぐに受付で換金。もらった麻袋にきちんと金貨八枚ある事を確認した。
これでみんなに屋台で我慢させずに済む。
俺たちは冒険者ギルドを後にする。
シルが俺の左腕から離れてリーのそばに行く。
「リーちゃん、聞いてよ。シロウったら人間の女の尻を追いかけてたんだよ! 信じられない! それもこうやって鼻の下を伸ばして……」
シルが実際に顔真似をしてリーに報告をする。
濡れ衣だ。
「まぁ! シロウ様には今夜魔族の女の良さをとことん教え込みましょうね」
「うん!」
俺……人間だぞ?
人間が恋愛対象じゃダメなのか?
ギルド職員の女性は年下だろうけど、成人してるはずだから良くない?
むしろシルとリーにデレデレしてる方がヤバい人だと思うぞ……。
「ロリコン、どうやったらあんなに女にもてるんだ?」
「俺はロリコンじゃないぞ」
「んじゃ、ジロウ」
嫌な性格をしてやがる。
偽名だと知ってて、わざとそれで呼ぶとか、許せん。
とは言え、下手に注意して『んじゃ、やっぱりロリコンだな』と言われるのも癪に障る。
「角に触って魔力を流し込んだだけだ」
「はぁ? ロリコンはシルヴァーンだけじゃなく、リーレンの角にまで触れたのか?」
くそっ!
注意しなくても『ロリコン』に戻った。
「…………そうだ」
「『第一級』なら、女の一〇人や二〇人いないと求婚が忙しくて生活できねーか……」
マーニレが何か納得した様子で離れていった。
どういう意味だ? 一人で納得しないで、俺に説明してくれよ。
「アニキ、朝飯の代わりに笹団子と豚汁です。これから食べ歩きをするんで、少なめですが……」
「ありがとう」
ゴンザスだけは俺の味方だ。
俺は笹団子と豚汁を受け取った……。
うーん。言いたくないが、合わんだろうな。
リーは先に食べ終えたのか、俺の右に腰掛けて俺が食べるのを見ている。
気のせいか、視線が笹団子に釘付けだ。
笹団子をリーの口元に近付けると真っ赤な顔で一つ食べた。
「ありがとうございます」
「あああああああ。リーちゃんだけズルいよ! 私も、私も。あーん」
「シルは自分の笹団子があるだろ?」
「…………」
笹団子を親の敵のように見るな。
戦闘中じゃないのに、大量の魔力が漏れ出してるぞ。
「食べ終わったら、次の機会にな」
「絶対だよ!」
「おう」
良かった。機嫌が直ってくれたか。
魔力がスッと消える。
「アニキ、お金の方はどうなりました?」
「素材の量が多くて査定に時間がかかるみたいだ。一部だけど先に貰ってきたぞ」
「それは良かったです」
「でも、みんなで食べ歩きをするなら多いのか少ないのかよくわからんけど、ゴンザスに渡しておく」
俺は冒険者ギルドで貰った麻袋ごとゴンザスに手渡す。
ゴンザスが口を開けて中身を確認した。
「アニキ……」
「足りないか?」
一山売ったから、それなりの金額はあると思ったけど……。
「金貨で支払っても、屋台レベルではお釣りを用意できないですよ」
「…………」
笹団子を噛む動作が止まる。
それは全く考えていませんでした。




