敢えて零す気で注ぐのが流儀だぞ?
酒瓶の口から中を覗き込んだ。
残念ながら目を凝らしてもステータス表示されるような事はなかった。
これでわかれば簡単だったのに……。っというのも、錬金術や調薬で作った薬ならステータスが表示されてすぐにわかる。
主に品質欄しか用事はないが、それでも表示される事は知っている。
しかし、作った薬を水に溶かした場合にどうなるかまでは調べた事がない。
溶かしても効能面に支障はないはずだ。
粉の場合は服用する時に一緒に水を飲むだろうから……。
このお酒は盗賊たちが飲んでいた物とは違い、お酢のニオイがあまりしない。
あっちは酒蔵で扱っている一番安い品だ。
宿屋の客に出すお酒が安酒と同じわけがないか……。
『借りを返す』と言ってるぐらいだ。マーニレが嘘を言ってるとも思えない。
さて、困ったぞ。
『飲まない』を選択するのは非常に簡単だ。
アイテムボックス内にある適当な入れ物に中身を移し変えて拠点に持ち帰ればいい。
あとは盗賊たちに睡眠薬入りだと説明した上でプレゼントすれば解決する。彼らなら高いお酒が飲める機会を逆に喜ぶだろう。
だが、今重要なのは睡眠薬の強さだ。
「女将さんは『寝る前にでも飲みなさい』って言いながらお酒を付けてくれた。軽めの睡眠導入剤程度の効果しかないんじゃないか?」
「俺様は魔族領に戻って生き恥を晒すぐらいなら、いっそここで自害を選ぶから気にしなくていいぞ」
それはどういう意味だよ。
これを飲んだら寝てる間にあの世行きか?
「周辺地域をモンスターボックスへ反映」
俺はレッドベアの部屋を操作。
ん? なんだろう。
レッドベア視点の映像が見られる。
いつもの二倍ぐらい身長があり、変な感じだ。
あいつは休まず、鳥の見張りをしてたのか……。
念話では届かないため、モンスターボックス経由で『休め』の指示を出した。
他にも機能が増えてるが、俺のやりたかった用事を先に済ませる。
食堂はほぼ真下か……。
夜中まで騒がれたら、うるさそうだな。
もし俺たち四人の誰かを狙うなら本命はゴンザスだ。もっと正確に言うなら赤斧だ。
部屋を二分されてるしな……。
仮に俺が祝勝会でお酒を飲んで眠ってしまえば同室のシルも一緒に引き上げる事になる。あとはゴンザスを酔い潰せばいいだけか?
救った街に裏切られるとか、さすがに切なすぎるぞ……。
「シルがいる間に、お酒を飲んでみるか……。シル、俺が寝たらよろしくな」
「はーい。シロウは一度寝るとなかなか起きない。イタズラし放題」
「…………」
俺が無言でいるとマーニレが耳打ちをしてくる。
「貴様、サキュバスに好かれてるな」
「イタズラされるのに好かれてるのか?」
「サキュバスは恋多き種族だから、男を飽きるのが早いんだよ。俺様なんか二時間で……」
魔王で二時間って……。
シルが魔族と戦った時も『興味がなくなって捨ててきちゃった』っと言ってたな。あれはシルの興味が本当にゼロだったのか……。てっきり面倒だからって理由だと思ってた。
拠点では普通にみんなと交流があるイメージだったが……。
意外な情報だ。
マーニレとの内緒話を終了した。
俺は酒瓶とセットのお猪口を手に持つ。
「あ、私が注ぐよ!」
「いいのか?」
「もちろん!」
シルが椅子を寄せて右隣に来る。
「ありがとう」
俺はお礼を言いながら、お猪口をシルに近付けた。
可愛い子にお酌されるのっていいな。
「盗賊たちが飲んでたお酒のイメージが強すぎてちょっとにしようと思ったけど、シルに注いでもらったら、飲み干さないと悪いな」
シルが酒瓶を傾けて、零れる前に止める。
わかっちゃいねーな。
敢えて零す気で注ぐのが流儀だぞ?
俺はお猪口の中身をガッと口に入れる。
「くー。これだ。これがお酒の味だよ。まだちょっと酸っぱい感じはあるが、これぐらいなら我慢できる」
西領から出る前に街でお酒を買って行こう。
「シロウ、まだあるよ!」
「ありがとう」
シルがお酒を注ぎ、俺が飲む。
「かー。うまい!」
「お客さん、いける口ですね」
「なんのなんの、これぐらい」
シルがお酒を注ぎ、俺が飲む。
「まだまだありますよ」
「おう。どんとこい!」
シルがお酒を注ぎ……。
「貴様、なに普通に酒を楽しんでるんだよ。そんなハイペースで飲んだら眠気が一気に来るだろうが……」
「ヤバい。シルが楽しそうに注ぐもんだから、完全に忘れてた。でも、一つ衝撃的な事に気がついたぞ」
「どうしたの?」
「お酒の味はわかるのに、いくら飲んでも全く酔えない」
この体、アルコール耐性が高すぎるだろ……。
前回は口に含んだだけで、あまりの酸味に勢い良く噴き出した。
さすがに三杯も飲めば少しぐらい体が火照る感じがある。
まさか耐久値か?
もしかして、飲兵衛は耐久値がカンスト……なんて奇跡はないな。お酒を飲んで上がるなら、盗賊たちのステータスは耐久値だけ飛び抜けて高くなっているはずだ。
「この酒瓶に入ってる睡眠薬ってマキナの毒より強いのかな? 弱かったら俺には効かないぞ……」
「人間がマキナーゼの毒に打ち勝ったのか……? 貴様はいったい何者だ!」
「俺の事はどうでもいい。問題はゴンザスだが、ゴンザスも問題ないか……。マーニレの二倍近く、耐久値があるからな」
「人間が俺様よりステータスが優れているだと?」
「俺も人げ――」
「師匠はさっき人間をやめたよ。シロウは出会った頃から人間じゃなかったよ」
「「…………」」
シル……酷くない?
俺もマーニレも無言だったけど、心境は別だろう。
「隙あり!」
「うきゃああ!」
右に座るシルの角に触れて魔力を注入する。
「マー君が見てるのに……。シロウって大胆だね」
嫌がる素振りを見せるどころか、シルが俺の腕に抱き付いてきた。
「貴様、ハレンチな! 女性の角は――」
「いちいち言われなくてもわかってる。それよりリーへの報告だな。本当に一人で行くのか?」
「うん」
「なら、これを持って行け」
「なにこれ? マー君の角?」
「…………」
「そうだ。魔族に邪魔されたら、囮にして逃げろ。俺にはシルの方が大事だ」
「ありがとう」
角を鞄に仕舞ったシルは部屋の窓を開けて、飛んで行った。
「マーニレはそっちのベッドで寝ていいぞ。俺はこっちのベッドで寝る。逃げたり、悪さしたら、お前の領地を壊滅させに行くからな……。テーブルにはまだ料理が残ってる。お腹が減ったら勝手に食っていいぞ。トイレは向こうな。【クリーン】【クリーン】」
俺とマーニレに【クリーン】をかけて体をキレイにする。
徐々に部屋の【ライト】の明かりが弱くなってきた。体感ではあと一〇分ぐらいだ。
「…………わかった」
「周辺地域をモンスターボックスへ反映」
ベッドに入って、もう一度モンスターボックスを操作した。
生き物や身に付けている物はコピーできないが、赤斧の位置はわかる。立っていれば背負えるけど、座る時は邪魔でゴンザスはいつも椅子に立てかけていた。
座席を移動した程度だな。
敵軍の大将がここにいるのに、よくやるわ。
あ、【ライト】が消えた。
「デススパイダー・オープン。知り合いじゃない奴が部屋に入ってきたら、蜘蛛の糸で絡め捕れ。生け捕りだぞ」
部屋の天井に蜘蛛を待機させて寝る。
起きて、天井に巨大な蜘蛛がいたら……朝から絶叫ものだな。
三階だし、シルが戻ってきたら部屋に入れるように、窓の鍵は開けたままでいいか……。




