全知全能なのに、万能じゃないんだよ。
「森の中ってモンスターの宝庫だな」
山に生息している、ネズミ、ウサギ、クモ、ヘビ、シカ、タヌキ、キツネなど様々な動物型モンスターがいた。
モンスターボックスがあるから♂と♀を一体ずつ確保できるようにモンスターを仲間にしている。
全知全能の使い方も理解してきた。
・薬草からポーションを作る知識は授かるが、薬草そのものを作り出す事はできない。
・使った事のない武器でも瞬時に扱える。
・あらゆるスキルや魔法を扱える。
その中でも一番重宝しているのが【剥ぎ取り】のスキルだ。
倒したモンスターの死体から素材毎に分ける事ができる。
やり方はモンスターに手を翳し、剥ぎ取りしたいとイメージするだけだ。
血抜きがいらないから、とても助かる。
そしてモンスターの素材の多くは錬金術や調合で薬の材料として使用可能だ。
「どこか王様にバレないように人里に潜り込めないものかな……」
俺の今の問題は王様の兵士から逃亡しているという事だ。小説の情報では兵士はやはり俺を追って右のルートを馬で移動している。
人間には睡眠や休息が必要で如何に強靭な肉体を所有した者でも無防備になるタイミングが存在する。
きっと俺を常に監視して休ませない作戦だろうが、今のところ兵士の大部分が無駄足に終わっていた。
それでも正面と左のルートにも兵士は派遣され、点在する町や村の入口では物々しい検問が行われている。
「町に入れないから着替えができない」
布があれば知識と技能でカバーできるが、糸から紡ぐにも限界がある。というかさすがに準備不足でやってられない。
「また川辺に戻るか……」
正面ルートを進んだ先にある町の検問を一睨みしてから森へ入る。
目指す場所はさっき魚を焼いた川の上流だ。
小説の俺もそうだが、肉や魚以外の食料の入手に手間取っている。
モンスターを倒せても、素材を換金できないし、物々交換も行えない。これは全て俺がハゲというだけで、虐げられている。
アイテムボックスから白装束を取り出した。
一度、白装束に手を合わせてから作業に入る。
石同士で研磨して作った石ナイフで糸を解き布切れに戻していく。
これはモンスターの剥ぎ取りと違い、スキルで一気に終わらせる事ができない。
素早さをフルに使っても一〇分かかった。
「裁縫系は苦手だな。肩凝った」
肩を回して凝りを取る。
不得意な分野が存在しないため、やろうと思えば何でもプロ級にできてしまう。ところが、やってて楽しいと思えるかどうかは別の話だ。
フェイスタオルサイズの布を残し、あとはアイテムボックスに戻した。川の水で顔を拭く。頭も拭くだけで終わるから、サバイバルの時は楽だ。
「どうやって街に入るかな……」
『門番に身分証を見せて入ります。入町税は場所によって異なります』という全知全能の街への入り方の知識がしつこい。街を出る時に身分証を見せていたんだ、入る時も必要だろう。むしろ入る時の方が厳重だろう。
コンピュータを相手にしているみたいに、融通が利かず、全知全能の使えなさがたまに露呈する。全知全能なのに、万能じゃないんだよ。
代わりが欲し……。
あ、俺が街に行かなくても、誰かに代わりに行ってもらえばいいのか……。
街の近くと言えば盗賊がいるよな。
それを探してみるか。
森から抜けて山を目指す。
盗賊が掘っ建て小屋を建てているとは思えないから、洞窟暮らしをしているはずだ。
「盗賊の住みつきそうな場所は?」
『道路から少し離れて見つかりにくい山肌に拠点を作る。水辺が近くにあるのも好まれる』全知全能いい仕事だ。
坂道を登りながら、足元に注視する。
「足元ばかり見てたら、またヘビ出たし……」
見た目はコブラのように胴体に比べて頭が非常に大きい。不細工に見える顔には毒腺が隠されていて空気中に毒を振り撒く事も、直接毒をかける事も出来る。手の届かない高いところからこちらを狙ってくるからやっかいだ。
基本的に毒は遅効性で相手をゆっくり痛めつける。気付いた時にはもう遅く、自分では対処ができないほど体に毒が回っている。
『静かなる暗殺者』の異名を持つが、特出すべきは戦闘面だけではなく、素材としても一流という事だ。
ヘビの汗は皮膚に塗るとお肌のお手入れに使え、胆は魔力回復ポーションの中級、他にも毒腺、舌、眼球、皮が素材になる。肉に関して美味らしい。
この世界のヘビは非常に優秀。
知識によれば、その分見つけにくいし、倒しにくい。
俺は四メートルほどピョンッとジャンプしてヘビの尻尾を掴む。そのまま鞭のように地面に叩きつけた。
頭が大きい事もありダメージが凄そうだ。
「テイム、テイム。えっ? 仲間になりたくないの?」
困ったな。
もう一度地面に叩きつけた。
ちなみにテイムしようとすると相手の気持ちが流れ込んでくる。
「テイム、テイム。えっ? まだ嫌? コイツ頑固だな……。次、地面に叩きつけたら死んじゃうよ?」
脅してもダメか……。俺はヘビを再び地面に叩きつけてトドメを刺す。
すでにヘビは♂と♀を確保しているため、絶対にテイムしたかったわけじゃない。わけじゃないが、優秀なモンスターは多いに越したことはない。
倒したモンスターはスキルで剥ぎ取りをして素材をアイテムボックスに回収する。
「草が折れてるな。これは足跡か? ブラウンベア・オープン」
クマを召喚した。
「足跡を辿れるか?」
微妙な顔をされたから苦手なのだろう。今の手持ちにクマ以上に追跡が得意そうなテイムモンスターはいない。
クマは二足歩行から、四足歩行に切り替えて、ニオイを嗅いでいる。
足を擦った跡が点々とあるから見失わなければ盗賊のアジトにたどり着けるだろう。
俺はブラウンベアの大きな体を追って歩く。
足元はブラウンベアに任せたので周囲の警戒に務める。
「木の天辺にサクランボみたいな赤い実がなってるな」
目を凝らすと詳細がわかった。
――――ステータス――――
名前 ラティアンの実
レア度 ★★★★☆
効能 食べると解毒効果が期待できる
備考 食用可。食べると甘い。上級解毒薬の材料
――――――――――
地上から二〇メートルはあるので、相当視力がいいか、運が良くなければ見つける事ができなさそうだ。
「スネーク・オープン。木に登って天辺の赤い実を取ってきてくれ」
ヘビはシュルシュル幹に体を巻きつけながら、器用に上がっていく。
天辺に到着すると、小枝ごと実を回収してきた。
「ありがとう。スネーク・クローズ」
ラティアンの実はアイテムボックスに仕舞う。
森の恵みを見つけながらブラウンベアの後を追った。
「……いたな」
ブラウンベアがドヤ顔をしている。
頭の位置が高すぎて手が届かないから、お腹の毛皮を撫でておく。嬉しそうだ。
見張りの盗賊二人のレベルは三と五しかない。
鉄の剣を持っているが刃こぼれが酷くて、斬るというよりはあれでは叩く武器に近いイメージだ。
道具の手入れがなってない。
「軽く暴れてこい」
ブラウンベアなら大丈夫だろう。
俺は洞窟の右から、ブラウンベアが左から。
盗賊は殺しても問題ないようなので、ブラウンベアが暴れて殺してしまったらそれまでだ。
ブラウンベアに気が付いた見張りが二人とも洞窟内に逃げていった。俺もクマとの遭遇は躊躇ったから気持ちは痛いほどよくわかる。