リン
俺は家の扉を開ける。
鍵穴のようなものはなく、ドアノブを捻ると簡単に開いた。
普通の家には鍵のようなものは普及してないのかな?
犯罪をすれば犯罪歴が付く。
誰も犯罪をしないのだから、防犯はする必要はないのか?
今頃は俺のステータスに『不法侵入』でも付いたかな?
確認は後にする。
俺は玄関で靴をアイテムボックスにしまい、音を立てないようにシルに飛んで運んでもらう。
室内を飛ぶとか、泥棒もビックリな移動の仕方だ。
俺は目的の部屋の引き戸を開けて中に入った。
あー。そりゃあ老夫婦はお孫さんを隠したがるわけだ。
ベッドにはピンク髪の幼女が寝ていた。
首から下は布団があってわからないけど、首には包帯が巻いてある。
「シル……この幼女って魔族か?」
「うん。正解」
さすがにこれまで三人も魔族を見てきた。
見た瞬間にピンときた。
「この雰囲気に見覚えがあるんだが、リーの親類だよな?」
髪の毛の色だけじゃなく、目鼻立ちや眉の感じ、アゴのラインが似ている。
「うん。リーちゃんの妹のリンちゃん」
おっと名前が紛らわしいな。姉妹なら仕方ないか……。
「角がないように見えるけど……自力で傷を治せないのはそのせいだよな?」
「うん。角が引っ込んでるって事は修復中かな? 一ヶ月もすれば角が修復されて復活できるよ。さて、シロウ。本題に行くよ」
シルが元気よく羊舎を親指で指差す。
待て待て。本題はもふもふじゃないぞ。
っと突っ込もうとしたら、突然廊下に【ライト】の光源が発生した。
「誰だ!」
あ、話し声でお爺さんにバレたようだ。気配は二人分ある。
「お爺ちゃん! お婆ちゃん! 羊さんを貰いにきたよ!」
シルが廊下に向かって声をかけた。
お前は能天気か!
夜中に不法侵入して、それで許されるわけが……。
「まぁまぁ。その声は昼間のお嬢ちゃんね?」
「そうか、そうか。昼間のめんこいお嬢ちゃんか……。よく来たな。でも夜更かしはいかんぞ?」
「うん!」
えー。お婆さんもお爺さんも、普通に幼女に甘々かよ。
考えてみたら、お孫さんって魔族だし、リーの妹だし、絶対に血の繋がりはないよな……。
「して、わざわざこんな夜更けに人の家にこっそり入って、孫の容態を診察してくれたのか?」
お爺さんが棍棒を持って部屋に入ってきた。
当然俺には敵意剥き出しですよね……。
棍棒を持っているのは、俺が相手だからではない。誰かいるから武器を持ち出しただけだ。
「この子が知り合いの妹である事がわかりました」
「「!」」
「お二人のその反応は、この子の正体を知ってますよね?」
「「…………」」
だからこそ、老夫婦はそれを隠そうとした。
人間が魔族を匿っていたなんて知られたらマズいからな。
「頼む! その子を殺さないでくれ! やっとそこまで回復したんだ。ワシらはどうなっても構わん」
お爺さんの言葉にお婆さんも頷いている。
リンを本当のお孫さんのように可愛がっていたのだろう。
普通なら弱ってる魔族を人間が見つけた場合の選択肢はたった一つ。息の根を止める事だ。
リンが魔族本来の力を取り戻したら、老夫婦を殺す可能性がある。
「知り合いの妹を殺す気はありません。ですが、ここに置いておけば、動けるようになった時にお二人を殺すかもしれませんよ」
「「覚悟の上です!」」
覚悟がなければ、そもそもこんな事はしないだろう。
なら、無理やり引き離しても老夫婦のためにはならないな。
重傷のままでいれば、この子はここを離れられない。でも、一ヶ月以内に角が修復されて自由に動けるようにはなる。そうなれば、勝手にどこかに行くかもしれない。
魔素の濃い場所で一ヶ月なら、魔素の薄いここではもっと期間は長いのか?
「どちらにしろ、重傷なのには違いはないな。シルはリンを起こせるか?」
「やってみる」
シルがリンの体を揺すって起こす。
「リンちゃん早く起きなさい。夜ですよ」
不思議な起こし方だ。夜なら寝てていいんだけどな……。
「ん……あれ……シルさんがどうしてここに?」
寝起きがいい。揺すったらすぐに起きた。でも周りで会話してても起きない程度には修復にエネルギーを使っていたのか?
リンもシルを知っていた。幼なじみの妹なら顔見知りか……。
リンが辺りを見渡してお爺さんとお婆さんの姿を見て安堵した。
「シルさん、そのお二人は私の命の恩人です。葬るなら私が葬ります」
「わかったよ。私は手を出さない」
魔族同士で物騒な会話をしたな。
命の恩人を殺す発言をしたぞ?
「シロウ、リンちゃんはここに置いていっても大丈夫」
今の会話のどこをどう解釈したら、大丈夫に聞こえるんだろうか。
「ところで、シルさん。そちらの男性が……シロウさん?」
「そうだよ。私とリーちゃんとマキナちゃんの想い人なの!」
「なるほど。その人がコーン茶の……」
どんな覚え方だよ。
「あー。まさかお婆さんが最初にコーン茶を用意したのって……」
俺→リー→リン→お婆さんと経由した証拠か。
お婆さんの淹れたコーン茶は一口も飲めてないけど……。
「角さえ修復されたら、そのうち治るとは言え、重傷のまま放置するのは可哀想だな」
傷自体は確認していないが、これだけ会話をしていても、体を起こそうとすらしない。そこから推測して布団の中はそれなりに重傷と考えていいな。
俺はアイテムボックスからポーションを取り出した。
「このポーションはお爺さんとお婆さんにお売りします。牧場の羊をいくらでも持ってっていいというお話でしたよね? では、牧場の羊、全てと交換にしましょう」
「やったー! シロウ、大好き♪」
「「えっ?」」
「シロウさん、ちょっと待ってください。私はこれ以上お二人にご迷惑はかけられません。絶対にその薬は飲みませんよ」
シルはもふもふの大量入手で喜び。老夫婦は唖然。リンはそんな高額な薬は飲まないと拒否。
リンは飲まなくてもいつか治る。
それまで痛々しいだけだ。
「もう取引は昼間のうちに決まってます。お爺さんから提案され、私はお孫さんにポーションを飲んでもらってその効力で対価を支払ってもらうと約束したんです」
「だから、私はその薬を飲まないって言ってるじゃないですか!」
「飲めば傷が治るのに?」
「それでも飲みませんよ!」
「リンは角が修復され、傷が治ったらどうするんだ?」
「そんなの……まだ考えてません。ポーション代を返してから考えますよ」
ポーション代か……。さすがリーの妹だ。いや、魔王の血というべきか。受けた恩は必ず返すと思ったよ。
「シル、リンがポーションを飲まないともふもふは手に入らないぞ。頑張ってリンの口を開け!」
「もふもふのため。任せて!」
「ちょっと、待って、シルさん」
俺はシルがリンの口を開いてる隙にポーションを流し込む。
ちょっと吹き出したけど、大丈夫か?
「今のはノーカンだ!」
リンは怪我が治ったのか、ガバッと体を起こした。幼女並みの筋力しかないはずだから、どこかダルそうだ。
「ポーションのご購入ありがとうございます。リンは高級なポーション代も支払ってね。それの返済が終わるまではここに住んでお爺さんとお婆さんのお孫さんを続けるんだな」
「リンちゃん、頑張れ」
「「「…………」」」
あれ? ダメだった?
言ってしまったものは取り消せないぞ。
「強引な手口だけど、お姉ちゃんが惚れるわけですね。お世話になった二人を看取れば、それで文句はないんでしょ?」
「まぁな」
シルがずっと俺のそばにいるようなものだ。
人間の一生は魔族と比べて短いらしいからな。ましてやすでに老人だ。さすがにポーションが充実してる世界と言えども、あと五〇年は生きないだろ。
建前上は全て俺の羊という事になった。どうせ全部は飼いきれないので、老夫婦に羊の面倒をみてもらう。
結局俺の手元に来たのは、大人の羊が♂♀二頭ずつ、子供の羊が三頭の計七頭。
「俺が渡した水をゆっくり少量ずつ毎日飲むんだぞ」
「…………」
「飲むんだぞ!」
「…………」
「リンちゃんはまだシロウのすごさを理解できてない。でも、渡した水をきちんと言われた通りに飲めば少しはシロウのすごさがわかるよ」
「…………」
何かリンが牧場の羊の総数を知ってから、俺を睨んでくる。
俺も羊舎が五棟もあるとは思ってなかったんだ。
帰り道。
七頭全てに魔水を飲ませてテイムした。
「でも、なんでリンはあの牧場に匿われてたんだろうな……」




