俺にとっては、魔族とガチバトルの方が楽だ
「シロウ、コイツはもふもふをバカにした。許せない」
「売ってくれる場所がわかったんだ。気にするな」
シルはもふもふの事になると視界が狭くなる。
もふもふ信者をバカにした件を抜きにしても、この男とは二度と関わりたくないとは思った。
「山の向こうまで行くとなると休憩時間内に戻るのは無理だな。それでもできるだけ早く戻りたい」
これまで何度か出発時間に遅れた事がある。休憩時間を明確に三〇分とか一時間と決めているわけではないのだが、戻ったらみんないなかった。
翼曰わく『遅れる奴が悪い』と言って先に出発したようだ。どうせ整備された道を歩いてるため、はぐれる事はない。
走れば数分で遅れを取り戻せるから、今では欲しい物が見つかった場合はとことん収集させてもらっている。
今回のお土産は羊だな……。肉が売ってればジンギスカンだ……。
目算で山まで三キロ。登って下りて道通りに走っても片道七キロぐらいか?
「飛ばすぞ! しっかり掴まれ!」
「ひゃあああああああああ」
シルの返事を聞かずに抱え上げ、全力疾走をする。
シルは絶叫マシンに乗った女性のように悲鳴をあげた。
走った瞬間にフードが脱げたが、牧場の男ぐらいなら頭を見られても問題ないだろう。
そもそも二度と立ち寄る気はないしな。
道に沿って山を越え、紹介された牧場らしき建物を発見した。
下り坂を使わずに、シルに滑空してもらおうかと思ったが、突然空から登場して警戒されても面倒だ。
坂を下りながら、フードを被り直して徒歩でゆっくり近付いた。
牧場の建物自体がさっきの牧場よりも大きい。
建物を迂回すると柵の中に草原が広がっている。
そこでは白髪のお爺さんがたくさんの羊を追い立てていた。
「こんにちわ」
「あー、こんにちわ。何か用かね? 家に婆さんがいるわ。そっちに行ってくれ」
「……はい」
お爺さんから逃げて白い綿飴が左から右に、だあああああああっと津波のように移動する。
すごいな。羊に運動させてるよ……。
すごいのは運動だけじゃない。頭数もだ。さっきの牧場の三倍はいるな。
シルは完全に心を奪われている。
「シロウ、全部飼おうね!」
「そんなに飼えるか!」
無茶言うな!
二〇〇頭以上いるぞ。
これだけいれば、数頭売ってもすぐに子供が増えて支障がないだろう。
逆に増えすぎないように間引きの意味でも定期的に売った方がいいかもしれん。
顔立ちが違って見えたけど、牧場同士が近いし、さっきの牧場にいたのは息子さんか?
「あら、いらっしゃい」
テラスのような空間で掃除をしている白髪のお婆さんがいた。
お爺さんの方でも思ったけど、腰が曲がってなく、若者のみたいにキビキビ動けている。
首から下だけの動きを見たらとてもお年寄りには見えない。
「こんにちわ。突然押しかけてすみません。羊を購入したいんですが……」
「羊ですね。一頭でいいですか?」
「いえ、できれば♂♀一頭ずつ。現金はそんなに持ち合わせがないんで、支払いは魔核でお願いします」
「魔核ですか……。残念ですが、私共では魔核の正確な値打ちがわかりかねますね」
「大丈夫です。俺もわからないんで」
「えっ?」
「えっ?」
あれ? これマズくないか?
ぼったくられる分には正直あまり気にしてない。一言二言しか話していないが、目の前のお婆さんはおおらかな雰囲気だけで充分好感が持てる。
俺の中では魔核は魔力水作成以外の用途を知らない。いや、知ってた。小さい魔核はパンッと音を鳴らして遊べるようだが今は横に置いておく。
正直魔核は必要ない。
一対一の物々交換でいいかな?
でも、その辺を散歩しただけで、モンスター一体につき魔核一個が手に入るんだから、もっと必要か?
モンスターの強さで魔核の価値は絶対に違うよな……。
「立ち話もなんですから、とりあえず、おかけください」
「失礼します」
「失礼します」
俺が言うと、シルも真似をした。
その様子にお婆さんがクスクス笑っている。
「コーン茶でも出しますね」
「お構いなく」
お婆さんが家に入っていった。
「シルは魔核の価値はわからんよな?」
「うん、わからない。魔族は人間の街で買い物をしないからね。殺して奪った方が早いもん」
魔族だからな。いちいち突っ込まないぞ。
「さて、魔核何個で取引しようかね……」
俺はアイテムボックスから麻でできた小袋を一つ取り出す。中身は大きさ別に分類した魔核で、中でも小さめのクズ魔核だけを集めて入れてある。
「お前さんたち、冒険者なのか?」
家とは別の方向から声がした。
そちらに振り返るとそこにはさっき羊を追い立てていたお爺さんがいる。
そうだよ。もう一人いたじゃん。
お爺さんが俺たちの救世主だ!
あれ? 待てよ。お婆さん確か『私共』って言ったよな……。
「冒険者登録はしてませんが、モンスターは倒します」
「なら、下級の体力回復ポーションか、体力回復薬は余ってないか?」
「「…………」」
困った。
下級の体力回復ポーションの在庫はある。
ただし、性能が上級を超えているという点だ。
もし特級の域に達していれば、突然失った腕が生えてくる。さすがに腕を切り落として試すわけにもいかず、未だに検証はできていない。
視線でシルと会話をする。
『どうする?』
『もふもふを手に入れられるなら何本でも渡せ』とシルがアゴを前に振った。
『いや、お前売ったらダメって言ってたじゃん!』
『そんな事は忘れた!』と言わんばかりにそっぽ向いた。
ダメだ。シルの中ではもふもふしか頭にない。
この商談をどうまとめよう。
多めに品物を差し出せばポーションを渡さずとも羊を買えるか……?
冒険者だと言ってしまった以上、ポーションや回復薬を持ち歩かないのは不自然だ。
どうしたらいい……。正解が全然わからない。
翼なら頭の回転が早いから、すぐに最善の答えを導き出せるだろうな。
俺にとっては、魔族とガチバトルの方が楽だ。
「こちらの都合で無茶を言っておるのだ。無理せんでもいいぞ」
「いえ、体力回復ポーション自体はあるにはあるんです。ただ手持ちが特級寄りの上級しかなくて悩んでいただけです」
シルが俺の足を踏む。
言っちゃマズかったようだ。なら、自分で言えよ。
「特級寄り!?」
家の方からガシャーンッと物が地面に落ちた音がした。お婆さんの足元にコップが割れている。
この反応……。やはり特級の体力回復ポーションはヤバい代物なのか……。
「孫が……、孫が……重傷なんだ。羊ならいくらでも持って行ってくれて構わない。頼む。ポーションを譲ってくれ。この通りだ!」
「……お願いします!」
お爺さんとお婆さん、二人に頭を下げられた。




