失礼なタイトルだな!
「なんて言ったかな……確か――アイテムボックス・オープン」
空中に黒い円が出現する。手を入れるとすでにアイテムが入っていた。
「白装束? 三角巾もあるな……。小銭? あぁ、三途の川を渡るのにお金がいるって聞いた事があるから、このアイテムボックスの中身は棺桶に入ってた物か……」
あとは作文用紙の束?
『ハゲたおっさん勇者では、皆が納得しないので、自由気ままに生きる事にする。著者、篤史』
って失礼なタイトルだな!
俺への当てつけか? いい度胸じゃないか!
消しゴムでタイトルを消して書き換えてあるな……。
主人公のおっさんはS字道路の坂を駆け下りて死亡。
同時刻、迷惑運転をするバイクの青年たちもトラックと正面衝突して死亡。
ご丁寧に名前まで書き換えてある……。
赤髪の男が、斉藤翼。
金髪の男が、一ノ瀬和哉。
金髪の女二人が田中志穂と田中美穂の姉妹。
あの二人は姉妹だったのか……。
きっとニュース番組を見て篤史が書き換えてくれたんだな。
読み進めて驚いた事がある。
俺が兵士を振り解いて五メートル吹き飛ばしたり、壁に激突した兵士に声をかけたりするシーンがあった。
まさか未来日記……?
ここに載っているステータスにも見覚えがあるぞ。俺がさっき自分の体を対象にして調べた数値と全く同じだ。
どうなってんだ?
これは篤史に感謝か?
理由は知らないけど、篤史が書いた小説の通りになっている。あいつは神か?
『歴代最強勇者』と『全知全能』がとても不思議だったが中卒が考えたなら納得だな。
だが残念な事がある。ここまで正確な内容なら、二巻が欲しい……。
俺はまだ起こっていない未来のページを読む。
小説の中の俺はこのまま正面ルートを進み、国外に逃亡する事になっている。
しかし、若者たちの運命は悲惨だ。
三日目、田中姉妹の妹の美穂が国に人質に取られる。理由は訓練をしても強くならない勇者たちが手を抜いていると思われたからだ。あの見た目だから多少評価で損をするのはわかるが……。この国はそこまで腐っているのか?
八日目、勇者たち三人は草原で罠にはめられ、モンスターに殺される。
人質を取られた時点で国への不信感が募っていたが、美穂を残して三人だけで逃亡するという選択ができなかったようだ。姉が肉親の妹を気遣わないわけないからな……。ひどい手口だ。
「おっと。お願いし忘れてたのに、魚の焼き加減を見ててくれてありがとな」
クマの頭を撫でてやる。座っているクマでやっと頭に手が届くぐらいデカい。
ちなみにコイツの情報も書かれていた。食事が終わったら小説通りに行動しようと思う。
「小説には味がないのに、魚には確かに味があるな。今は無性に塩が欲しい。篤史様、塩をください! アイテムボックス・オープン」
馬鹿らしいと知りながら、篤史にお願いをする。
手を入れると塩があった。いや、これ……。葬式の清めの塩じゃん。誰だよ、棺桶に清めの塩を入れた罰当たり……。塩はアイテムボックスに戻す。使ったらダメな気がする。
魚は俺が三匹。クマが五匹。残りはアイテムボックスに入れておく。無限に入って時間の経過がないらしい。
「モンスターボックス・オープン」
アイテムボックスとは異なり、今度はボーリング玉サイズの球体のモニターが現れる。
ブラウンベアを連れて歩くと移動速度が落ちてしまうため、モンスターボックスに預けるのだとか。
ブラウンベアを入れると真っ白い世界にクマがポツンッと立っている。
このままでは可哀想なので……。
「周辺地域をモンスターボックスへ反映」
生き物はコピーされないが、俺を中心に半径五〇〇メートルがブラウンベアの部屋に転写される。レイアウトは自由に変えられるが今は動かさないでおく。
餌は俺の魔力を食べて育つという設定。実際には自然回復の方が多すぎて気にしなくて良いそうだ。
ボックス内は対象モンスターにとって過ごしやすい気温になる。至れり尽くせりだ。
この先の展開を思い出しつつ俺は川の水で焚き火を消した。消した後に種火用に燃えている枝を一本アイテムボックスに入れておけばよかったと後悔する。
運命の日まであと七日。
俺は国外を目指して正面ルートをひた走る。
――――――――――
《リーカナ王国:王様》
「現在の急務は城内の三階の壁と城壁の補修工事。及び厳重な警備かと思います」
「城壁は丈夫に造らねばならぬぞ。予算はいかほどだ?」
「鉄骨を入れると考えると四〇〇〇金貨ほど……」
「国家予算の半分ではないか!」
「城壁の再建は予算がとてもかかるため、本来は数年前から備蓄するものですから……」
財務を担当する男が言いよどむ。
「それにしては高くないか? 全てではなく一面であろう?」
「不審者が紛れ込まぬように警備の人数を増やしてますので……」
「…………わかった」
「本日の緊急報告は以上になります」
「ところで、あのハゲはまだ捕まらぬのか? 街の中を隈無く探したのか?」
先ほどあのハゲが城壁を破壊したと聞いた。
余も城の窓から実際に確認したが、人間技とは思えぬ所行。
城壁の老朽化によるものであればどんなに良かった事か……。
外壁と違い城壁には鉄骨を通している。もし、そうでなければ全体に影響を与えなかったはずだ。いや、そうではない。それ以前にあれほどの重さを動かすなど誰も想定していなかった。
城壁を壊したからには既に城外へ出た後であろう。
ならば、街に潜伏しているはずだ……。
「街の門番が彼を素通りさせたようです」
「なんだと? その門番を即刻打ち首にせよ!」
「王様の仰せのままに!」
「「「王様の仰せのままに!」」」
国の反逆者を逃がした者を生かしておくわけにはいかない。
「王様、その事で申し上げたい事がございます!」
「……申してみよ」
「その門番に見逃すように指示したのは私です。殺すなら私をお切りください!」
「では、そのようにせよ」
つまらぬ事でいちいち新米の近衛兵が声をかけるでない。命令を下すと新米の近衛兵を他の近衛兵が連行していく。
暴れるでもなく、自ら処刑台に向かうとは愚かな男だ。
宰相が耳打ちのために慌てて近付いてきた。
「王様! 彼は……伯爵家のご子息です。打ち首は避け、数日牢屋に入れておかれるのがよろしいかと……」
ふむ。伯爵に恩を売るのも良かろう。
これから城壁の資金を集めて回らねばならぬしな。
「待て、打ち首では刑が重たかろう。牢屋に閉じ込めよ! 詳細は後日追って連絡する」
伯爵の袖の下次第で刑罰を変えれば良いな。
「王様の御慈悲に感謝致します!」
「「「王様の御慈悲に感謝致します!」」」
そうじゃろう、そうじゃろう。
余の善政が今日も輝きおったわ。