これでは犯罪歴が付かない……
《王国軍近衛隊隊長:ルフプーレ》
ゴンザスが斧を振ると突然炎が出た。
まさかゴンザスが所持していた赤い斧が属性武器だったとは……。
世界に三〇本も確認されていない武器をどうしてゴンザスが持っていた。
それよりももっと不可解なのは炎を消火させた水の方だ。
一つ目。
あの時、確かに俺の耳には【ウォーター】と魔法名を発する声が聞こえた。
水は俺の真上から発生したようだが、あの空間には足場となる木は存在せず、あったのは上空に浮かぶ雨雲だけ……。
では、あの魔法はいったい誰が……。
そもそも初級水魔法の【ウォーター】は飲み水魔法。魔法の熟練者が放っても、あれほどの水量は有り得ない。
二つ目。
その効果だ。
火傷は酷かったのに、水膨れになっただけで、まだ皮膚の壊死は始まっていない。
考えられるとしたら、あの水が火傷の状態異常を癒やしてくれた。今は一時的に火傷の進行が止まっている。通常の水ではこうはならない。
この分だと、今日中に上級の体力回復ポーションを飲めばすぐに完治できそうだ。
確か王宮で頼めば給金から天引きして購入できたはず。
上級の錬金術は使う素材が多い。出費は痛いが、こんなの抱えて生きていられるか!
俺は整備された道を剣を杖代わりにして歩く。
「街まで結構あるな……。馬車でも通ってくれ……」
タイムリミットは今日中だ。何としても皮膚が水膨れしてる内に上級の体力回復ポーションを服用しなくちゃ手遅れになる。
「俺の足……もっと頑張れよ!」
体を動かしてわかったが、動かせば動かしただけ、水の癒やしの効果が薄れていく。
火傷の状態異常が目覚めたら症状の進行が始まっちまう。
「南の天気は曇り空か……。今日はかんかん照りじゃなくて助かったな」
途中に小さな村があったけど、俺が近付いただけで門番が腕を交差させた。入村を許可できない印だ。仕方なく村の外をグルッと迂回する。
近衛隊に所属している証のピンク色の腕章を付けていたが、布製だったので炎を浴びた時に一緒に燃えてしまった。
腕章さえあれば入村を拒否されても国家権力で話し合いなどせずに馬車を借りられたのに……。
今は門番と問答をしている時間すらもったいない。どうせ村程度では上級の体力回復ポーションを錬金できる者などいない。それほど上級薬を作れる者は貴重だ。それ故に上級以上の薬を錬金できるだけの腕があれば国からの依頼だけで食いっぱぐれずに済む。
延々と続く道をひたすら歩く。
村に入らずとも、馬車が街に向かえば、必ず同じ道を通る。そうだ。俺は足を前に出す事だけに集中していればいい……。
下手に他の事を意識すると痛みを感じる。
「まだかかるが、やっと城が見えてきた。ざまぁみろ。俺にトドメを刺さなかった事を後悔させてやる!」
歩き続けて九時間。
もう一息というところで、後ろから馬車の音がする。
天も俺の味方のようだ。
水の癒やし効果がなくなり、痛みが激しくなってきた体に鞭打って振り返った。
「荷馬車か……。荷物を寄せれば座るスペースぐらい確保できるだろ」
荷馬車は座席数を減らす事で積み荷を増やしているケースが多い。
俺は道の真ん中で腕を広げて荷馬車の進路を塞ぐ。
馬の手綱が引かれ、荷馬車が急停車した。
「道を塞ぐとは危ないじゃ……ないか。お前さん……その火傷、大丈夫なのか?」
荷馬車の主人は小太りの男。
荷台には樽や白い袋を載せている。街に品物を卸しに行くのだろう。
「すまない。街まで乗せてくれ」
「乗せてあげたいが……その見た目は……」
炎に焼かれ、全身が煤で真っ黒になり見窄らしい。
【クリーン】でも使えれば良かったんだが、あんな生活魔法を学ぶなら攻撃魔法の練習をした方が遥かに有意義だ。
「今は手持ちがない。街に着いたら荷台の【クリーン】代も上乗せして支払おう」
「いや、しかしだな……」
金を支払うと言ってるのに、何をそんなに躊躇う事がある?
俺の一秒とお前の一秒の価値は違うんだよ。
クソッ!
腕章がないだけで、無駄な交渉が増えるな。
俺は小太りの男を脅すため剣を鞘ごと持ち上げた。
「荷馬車が停止してる今のうちだ!」
わあああああああああっと道の左右から覆面をした奴が現れて荷馬車を取り囲んだ。
そのうちの一人に突然肩を叩かれる。
「よくやったな、新人。いい演技だったぜ」
「はっ?」
演技? 何がどうなって……。
「あなた! 火傷のフリをして騙したんですね! 許せません!」
「俺は騙してなどいない! 俺はコイツらとは関係ない! 信じてくれ!」
「ちっ! このうるさい新人を遠くに連れて行け!」
「「へい!」」
肩を叩いてきた男が手下の二人に指示を出した。
「いてえええ。俺に触れるな! 腕を掴むんじゃねー! 俺は早く街に戻らなくちゃいけないんだよ!」
俺は覆面二人に腕を拘束され運ばれる。
抵抗したいが火傷が痛くて、まともに動きやしない。
「殺されないだけマシだと思え」
覆面の一人が俺の首に硬い物を当て、耳元で呟いた。
万全の状態ならいざ知らず、今の全身火傷では勝てるはずがない。
荷馬車を襲ったって事は、コイツら盗賊だな。
俺の肩を最初に叩いた奴が盗賊の頭か……。
ここ五年ほど、国の近くで馬車が盗賊に襲われた被害はなかったはずだ。どうしてこの盗賊たちは荷馬車を襲った?
「この剣高かったんだよ。良い物だろ?」
盗賊の頭が荷馬車の主人に近付き、腰に下げた鞘入りの武器を見せびらかす。
脅しの常套句だ。
「命だけはお助けください」
「話が早くて助かる。荷物は食い物だな? 荷物を全部ここに捨てていけば命だけは助けてやるぞ」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
荷馬車の主人が俺を一睨みしてから、荷台の荷物を地面に置いていく。
盗賊たちは止まっている荷馬車に近付いただけだ。盗賊の頭は剣の質が良い物だと言い、見せびらかしたが、実際に剣は抜いていない。荷物は地面に捨ててあったのを拾ったに過ぎん。
これでは犯罪歴が付かない……。
荷馬車を止めたのは俺だし、荷馬車の主人は俺がコイツらの仲間だと思っているはずだ。
はめられた。
もし、今回の件で犯罪歴が付くとしたら……俺だ。
荷馬車の主人は金目の物を身に付けておらず、荷台の荷物を下ろすと、馬車を走らせる。
俺にできた事は成り行きを黙って見守り、盗賊たちを刺激しない事……。
「よし、今日は宴だ!」
「「「おおおおおおおおおおおお!」」」
俺はこの場から逃げ出したいが、盗賊二人に左右から拘束されてるし、今急いで街に戻れば、さっきの男と鉢合わせするかもしれない。
他にも不安材料はある。腕章がないため、入口で門番に犯罪歴をチェックされる。もしさっきの行為で犯罪歴が付いていたら逮捕される可能性まである。
俺は今日中に上級の体力回復ポーションを飲まなくちゃいけないのに……。
「コイツはどうしましょうか?」
「頭に布を被せて連れてこい。寝床はアジトの牢屋でいいだろ。火傷男は何かと使い道がありそうだ」
「ちげーねー」
クソッ!
抵抗できないまま猿ぐつわをはめられ、アジトの場所が知られぬように頭に袋を被せられた。
「さっさと歩け!」
念の入れようで、たまにグルグル同じところを回る。
正直そんな事より早く休ませて欲しい。
どんどん火傷の状態異常が酷くなってきた。
もう自力では歩けず、左右から盗賊二人に支えられてなんとか足を動かす。
森を歩き、道路や川を横断した。平地だけではなく、最後は坂を上った感じがある……。
俺は一時間ほど苦痛に耐えながら歩き抜いた。




