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お前に簡単に理解されてたまるか!

 歩き始めて一時間が経った頃。


「シロウ、後ろから人の気配だよ」

「寝込みを襲われなかったのは助かったな」


 シルの言葉で後ろに意識を集中させる。

 この気配は奴か……。

 ティリアの言う通りどこまでも追ってくる……。本当にしつこいな。

 でも、どうして居場所がバレたんだ?


「シロウ以外はすぐに起きるから大丈夫だよ!」

「すみません」


「アニキ、俺が行きますか?」

「いや、チェルツーの元同僚だし、チェルツーにあいさつをさせよう。終わったら、みんなで撃退するか……。三度目だし、そろそろ面倒になってきたな」

「わかった。チェルツー、背後の敵を止めて」

「はい!」


 チェルツーがシルの命令を受けて駆け出した。

 速い。昨日とはまるで違う。すでに体のサイズに慣れて、普通に動けている。


 みんなで二人のやり取りを見守った。


「チェル! 生きてたんだな!」

「私の名前はチェルツー」


 チェルツーは生気のなさそうな揚力のない声でルフプーレに名乗る。

 まだ人格形成が終わってないんだ。許してくれ。


「クソっ! 何を飲まされた」


 飲まされたんじゃなく、食べさせられただな。

 もし、ここでチェルツーが『饅頭を食べた』って答えても信じられないだろうな。

 俺も自分の目で見ないとあの現象は信じられなかった。


「…………排除する」


 チェルツーが剣を引き抜いてルフプーレに襲いかかる。

 二人の剣が交わり合う。

 一回、二回、三回。

 女だろうが、子供だろうが、ステータスの数値が勝れば例え見た目が筋肉マッチョ男でも簡単に勝てる。

 力の入れ方、運び方、重心っといった条件を入れていくと、もちろんひっくり返る可能性はあるが……。


 能力、剛剣のチェルツーの攻撃は武器が剣の時限定でその真価をみせる。

 二人のせめぎ合いはルフプーレがすぐに引き、チェルツーの勝利になった。

 人間と比べると下級魔族の性能が破格過ぎる。

 真っ向勝負は下策だ。


「チェル、俺は君を傷つけたくはない。そこを退くんだ!」

「私の名前はチェルツー」

「チェル、お願いだ!」


 ルフプーレがチェルツーに呼びかけるも見事に同じ返しをされた。


 近衛隊の隊長は知り合い相手では本気が出せないのか、まともに剣を交えようとしない。


「チェルはもう下級魔族に生まれ変わり、チェルツーになりました。我々はこれから国境を越えます。あなたは国に引き返しなさい!」


 ティリアが前に出てルフプーレに声をかけた。


「ティリア様……今、下級魔族と仰いましたか? ティリア様は魔族と手を組まれたのですか?」

「違うわ。魔族が我々の仲間にいるだけ。あなたは生きてその情報を持ち帰りなさい。人間と魔族は共存できるの! 悪いのは自分の利益しか考えていないお父様よ!」

「いつか魔族が手のひらを返すに決まってます! ティリア様は魔族に騙されているんですよ」


 ティリアを牢屋に入れておいて、平気で仲間面する奴だな。敵の敵は味方。今は俺たちが仲間割れをするように仕向けているのか?

 浅はかな……。

 俺たちは同じ釜の飯を食い、一緒にお風呂にも入った仲だ。上辺だけの付き合いではないんだよ!


「取り巻きを引き連れないで一人で現れるなんざ、お前らしくないな」

「ゴンザス……」


 ティリアのみを矢面に立たせないためにゴンザスが横槍を入れた。

 やはりゴンザスはルフプーレを知っていたか……。


「大方、今回の失態で隊長職を解任されたんだろ?」

「うるさい、うるさい、うるさい! 俺は人の上に立つために生まれてきた人間なんだ。この程度の事で失脚するものか! 必ず隊長に返り咲いてみせる!」


「どうやるんだ? また俺の時みたいに誰かの飯に毒を入れるのか?」

「なぜ、それを……」


 任務中に毒を受けたって聞いたから、てっきりモンスターの攻撃を受けたものかと思ったが、ティリアの耳には真実は入ってきてなかったようだな。


「そりゃあ、わかるだろ。大した実力も実績もないガキが国を代表する職に就いたんだ」


 ゴンザスの後釜がルフプーレで、隊長になるために前任のゴンザスを陥れたわけか……。


「俺だってあんたが優勝した大会で優勝してる!」

「どうせ対戦相手に八百長でもさせたんだろ? 一〇年前に指摘した剣の癖が未だに直っていなかった」

「ぐ……」


 草原でのゴンザスとルフプーレの対決は直接目撃してないが、移動の休憩中に翼と和哉が面白がってスローで再現してくれた。

 俺やシルほどの敏捷があれば可能だろうけど、ゴンザスは普通の人間だ。

 剣の腹に斧を当てるとか、どんな神業だよ。って思ったが、どうやらカラクリがあり、ルフプーレの剣筋には癖があったらしい。

 剣の軌道が事前にわかれば、当てるぐらい容易にできる実力があるのだろう。なんたって、魔族に認められる実力の持ち主だからな……。


「あれはあんたが悪いんだ。王様のご機嫌を損ねるから!」

「上から命令されるだけの日々……。楽しかったか?」

「うるさい! 黙れ! 俺はあんたみたいな惨めな人生は歩まない!」


「俺が惨めか……。確かに一〇日前の俺ならそうだったかもな。でも、今の俺はみんなに出会えて、幸せだ」

「嘘をつくな! 地位も名誉も、家、妻子、健康だって奪われて幸せなはずがないだろう!」

「お前の言う通り、俺は九年前に全てを失った。だがな、失って初めて見えてくるものだってあるんだよ。あの苦しかった九年間があったからこそ今の幸せがあるんだ。それをお前に簡単に理解されてたまるか!」


 ゴンザスが背負っていた火炎の斧を振り下ろす。その刹那、怒りに呼応した火炎の斧がピカッと輝いた。


 ゴンザスには火魔法の才があるのか?

 それとも火炎の斧が持ち主であるゴンザスに力を貸した?


 斧が地面に触れるとゴンザスの正面には一本の火炎の道が生まれる。

 その炎が瞬く間にルフプーレを捉えた。


「ぎゃあああああああああ」


 全身が火だるまになってルフプーレが絶叫する。

 これはマズいな。小雨程度では到底消火できない火力だ。

 こんな奴を殺したせいでゴンザスに殺人の称号を付けさせていいのか?


 ゴンザスは火炎を放った反動で意識を失った。

 放出されたのは一本とはいえ、最大魔力七で扱える火炎ではない。きっと魔力枯渇が起こったのだろう。


 隣にいたティリアが慌ててゴンザスを支える。しかし、ティリアの筋力では大柄のゴンザスを支えられない。二人一緒に倒れそうになったところをシルがまとめて拾い上げた。

 シル、ナイス!

 だが、ルフプーレと俺との間には三人がいる。


 早く消火したいが俺の位置が悪すぎて直接は狙えない。

 どうすればいいんだ?

 あー、もう。ゴチャゴチャ考えてる場合じゃないな。

 シャワーだ、シャワー。

 細かいイメージをする猶予はない。体力は今もすごい速度で減っているだろう。


「【ウォーター】」


 手を上から下に下ろしながら魔法を放つ。

 思惑通り、水がルフプーレの頭上から降り注ぎ、滝行のような水量が二秒ほど流れ落ちた。これは……シャワーか?

 ルフプーレは水の勢いに負けて地面に這いつくばる。


 魔法って離れたポイントを始点に発動する事もできるのか。いい勉強になった。


「うわああああ。俺の手が……」


 火は消せたが、皮膚は焼け(ただ)れている。ほんの数秒とはいえ全身を炎が被った。

 見えてる範囲だけじゃなく、鎧の下も火傷が酷そうだ。


 下手に焼死させなかった事で、今後は辛い人生を送るだろう。

 それこそ死んだ方が楽になるような……。

 ゴンザスはそんな九年間を生き抜いて、俺と出会ったのか……。

 小説の中のゴンザスは救ってやれないけど、目の前に実在するゴンザスは救う事ができた。


「上質な体力回復ポーションでも飲んで火傷を治すんだな。みんな行くぞ」


 俺たちはルフプーレを放置して国境に向けて歩き出す。気絶したゴンザスは盗賊たちが受け持った。


 後にコックから聞いた話だが、上級の体力回復ポーションには裂傷を治す修復能力はあっても、死んで硬くなった皮膚を蘇生する能力はないらしい。

 だから火傷の治療は壊死した皮膚をナイフで削ぎ落とすところから始めるそうだ。

 想像しただけで身の毛がよだつ。


「アニキ、すみません。あらましはみんなに聞きました」

「何の事かよくわからん。俺は顔を洗いたくて水魔法を放ったら、失敗しただけだ。顔をきれいにするだけなら【クリーン】の方が早かったな【クリーン】。ゴンザスの顔もひどいぞ【クリーン】」


 ゴンザスは二〇分ぐらい気絶してた。


「アニキ、すみません」

「みんなが見てる。あまり泣くな。それから俺の今後の予定を発表する。世界を周りながらゴンザスの妻子を捜す」

「アニキ! いいんですか?」

「ゴンザスは今から覚悟しておけよ。九年間の恨みは感動の再会とはいかないからな。ゴンザスが殴られるところまでが俺のシナリオだ」


「おっさんがデレても気持ちわりーだけだぞ」

「翼! 思っててもそういう事は言わないの!」

「すまん。ちょっとこのシリアスな空気に耐えられなかった」


 せっかく真面目に決めたつもりだけど、若者たちには不評だった。

 小雨だから何人が泣いてるかわからんが、シルとティリアは号泣している。

 そんなティリアがギュッと手を握り、泣くのを我慢して喋りだす。


「私の記憶ではゴンザスの奥さんと子供は処刑されていません。処刑されてない以上、ゴンザスに気付かれずに国外に売り払うのが一番かと……。ですので、良くて奴隷ですね」


 モンスターがいる世界だ。

 移動中に死ぬケースだってあり得る。


「買い戻す事を考えたら、資金調達もしなくてはダメだな……」

「アニキ、資金調達なら俺がモンスターを倒して稼ぎます!」


 俺が稼いだお金で買い戻す行為はゴンザスが嫌う。

 それぐらいは想像できる程度にはゴンザスを理解しているつもりだ。今回の勇者救出の報酬だとか理由を付ければ、渋々でも受け取ってくれるだろうけど……。


 志穂が翼にアゴで指示を出しているのがチラッと見えた。


「わかってるよ。俺たちも微力ながら手伝うぜ。もし、良ければ俺たちに武器の扱いを指南してくれないか?」


 翼と和哉はゴンザスが近衛隊の元隊長だと知って師事したいそうだ。

 ルフプーレとの対決を再現してる時に二人に相談された。


 この世界で生き抜くには、どうしても力がいる。ゴンザスにどうやって話をしようかと悩んでいたが、今決まった。


 将来、人海戦術で人を捜すにしても、ステータスが見れる勇者たちの助力は必須だ。ここで翼たちに恩を売っておけば、恩返しの機会を与えやすい。


「いいんじゃないか? ついでにシルにも基礎から教えてやってくれ」

「でも、俺が教えるよりもアニキが教えた方が……」

「シロウは手加減してくれないから嫌」

「手加減はしてるだろ……」


「勇者たちはともかく、シル嬢は魔族ですから俺より強いと思いますが……教える事ってあるんですか?」


 ちなみにゴンザスがシルを呼ぶ時の『シル嬢』は『シルのお嬢ちゃん』から来てる。


「俺も大して違わないが、シルの戦闘技術は敏捷に頼りきった単調な動きだ。ゴンザスに習えば動きの幅が広がるだろ。この場合はステータスとは関係ない」

「そういう事なら構いませんが……」

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