ゴンザス②
《リーカナ王国:王様》
午前中に決めねばいけない事案が片付いた頃。
執務室の扉がノックされる。
「何だ?」
「王様! 急ぎご報告したい事がございます!」
「入ってこい」
普通なら事前に連絡がくるのだが、緊急性の高い場合は例外となる。
「失礼します」
「ルフプーレか……。そんなに慌ててどうしたのだ? 申してみよ」
今日は勇者たちの殲滅の日だ。
きっと報告とは『勇者がモンスターに襲われて殺されました』であろう。
毎度の事ながら、演技が段々上手くなっている。
特に今日のは迫真の演技だ。
「草原に向かう途中、あのゴンザスが現れ、勇者三人を連れ去りました!」
「ゴンザスが生きてたと申すのか!」
「……はい」
ゴンザスが何故、勇者たちに手を貸した?
「牢屋に入れた勇者を至急ここへ呼べ! 今すぐだ。急げ!」
「はっ!」
扉付近で待機していた近衛隊の一人が任務を遂行するために執務室を出ていく。
先王様の近衛隊隊長ゴンザス。
九年前の王位継承の際、余の近衛隊に迎え入れようとしたのに『俺はあんたには仕えない』っと誘いを拒んだ男だ。
料理に毒を盛り半身麻痺にした挙げ句、家に火を放ったが遺体は見つからなかったと聞く。
もし、毒を消す事が出来ても、一生後遺症が残るほど強力な毒だったはず。てっきりそのまま野垂れ死んだとばかり思っていた。
なぜ今頃になって勇者を連れ去る?
隠居しておればいいものを……。
四人目の勇者は謀反の疑いで公開処刑にしよう。
下手に手を出した事を後悔させてやる。
「王様! 地下牢で脱獄です! 勇者も逃げたようです」
「脱獄だと? 脱獄などできるはずがなかろう。これほど多くの兵士が城内に溢れて……。まさか城壁の補修工事の作業員に紛れたのか?」
「いえ、どうやら地下牢の一室に脱出用の避難経路が用意されていたようです。現在急ぎ出口を確認しております」
地下牢に脱出用の避難経路?
そんな情報は先王様から引き継いでおらんぞ……。
どういう事だ?
「これもゴンザスがやったのか?」
先王様に仕えた奴なら、避難経路を熟知していた可能性はある。
「それは考えにくいと思います。もしゴンザスが隠し通路を知っていたのであれば、妻子を牢屋に捕らえた時に利用しているはずです」
「それもそうだな……」
宰相の言う通りだ。
妻子を奴隷にして他国に売り飛ばすまで、かなりの期間を牢屋に入れていた。
では、いったい何者の仕業だ?
「王様!」
「今度はなんだ!」
「魔道具班より報告です。勇者たちにはめた『帰属の指輪』を【ディスペル】されました」
「こんな時に……神官に裏切り者が出たのか!」
「今確認に向かっている最中です。ですが……『帰属の指輪』が【ディスペル】された場所は街中ではなく山岳部。神官が昼間に神殿を抜け出すとは思えません」
「そうか……。ルフプーレはただちにチェルと兵士を連れて勇者たちを捕らえて参れ。きっとゴンザスも一緒だ。抵抗するようなら魔法でまとめて葬っても構わん」
「はっ!」
近衛隊隊長が執務室を出て行く。
これで事態が好転してくれればいいが……。
入れ違いで地下牢の警備主任が入ってきた。宰相に紙を提出するとすぐに退室する。
「王様……」
「どうした、宰相。まだあるのか……? 今日はなんて日だろうな」
「今届いた脱獄者の名簿の中にはティリア様の隠し名も……」
「どうしてティリアがまだ牢屋にいる? ティリアは既に国外に追放されたはずだぞ」
第二王妃の料理に毒を盛ったなど、俄には信じられないが、多くの目撃情報が寄せられた。
毒はすぐに魔法で治癒され大事には至らなかったが……。
本人は最後まで否定し、不審な点が多かったため、極刑だけは免れ国外追放処分で終わった。
ティリアにとっては窮屈な王宮で暮らすよりも外の世界でのびのびと育った方が良かったかもしれない。これぞ天の与えし好機。いい機会だと、ほとぼりが冷めるまで隣国の伝手を頼る事にした。
「それが……城内の兵を増やしたために護送兵の数が足りず、未だに地下牢に閉じ込められていたようです。どうやったのか、認識阻害の首輪も外されています」
「…………」
認識阻害の首輪?
そのような物ははめさせてはおらぬぞ?
ティリアを消すために誰かが首輪をはめるように命じたのか……。
「さらに他の地下牢の鍵も開けられていたようで、全員地下牢から脱走した模様。現在兵を総動員して捜索に当たっています」
これほどの問題が起きたのは余が王になって初めてだ。
「……全員と申したか?」
「はい」
「まさか……」
――――――――――
俺たちはアジトの裏山を迂回して北に進む。
俺が国境まで一往復したルートだ。
「えっ? ゴンザスが近衛隊の元隊長?」
「ティア様の記憶力には敵いませんね……。きちんと誤魔化せたと思ったんですが……さっきはとっさの事でなんとお呼びしたらいいのか、わからなくなってしまいました」
「昔みたいにティアでいいわよ。まだ小さかったけど、ゴンザスはよく遊んでくれたから覚えてるわ」
ティアって呼ばれるまで気が付いてなかったくせに……。
「はい、ティア様」
「それにしてもゴンザスが近衛隊の元隊長……。まだ信じられない」
仲間への気遣いはさすがだと思っていたけど……。最近は玄関掃除をしてたイメージしかないぞ?
「あ、今の愚王じゃないですよ。九年前まで在位しておられた先王様のです」
その愚王の娘がティリアなんだが、娘の前で父親を馬鹿にする呼び方をしていいのか?
九年前と言えば、ティリアは当時八歳ぐらいだ。
前言撤回。よくティリアはゴンザスを思い出せた。
「でもゴンザスは確か、任務中に毒を受けて半身麻痺でもうまともに動けないって聞いたわよ? あとは背中に大火傷を負ったとも……」
ティリアが隣を走るゴンザスを見ながら、指摘する。
「そうだったのか? 一緒に生活してたけど、そんな感じはなかったぞ」
ゴンザスの戦闘シーンを見たのは一度だけだ。
あの時はブラウンベアがゴンザスの斧を掴んだため、すぐに戦闘は終わってしまった。
普段掃除してる姿や、ジャングルになった日に一緒に森の散策をしたが、テキパキ体を動かせていた。
リーが来た日の宴会の片付けを一人でしていた時も体を動かしていたが、ぎこちない動きではなかった。
背中は見たことないけど、火傷が酷いなら早く治してあげたい。
「実は…………アニキが作った解毒ポーション……あれを飲んだんですよ」
「えっ? あれを飲んだの?」
解毒ポーションはワイルドスネークの毒から初めて作った薬だ。
通常の解毒ポーションでも治るなら、買い物のついでに街で薬を購入してすでに治っていたはず。
毒の後遺症まで治癒できたのは、偏に材料が良かったからだろう。
そう、決め手はラティアンの実だ。
マナの実の代用にしただけなのに、思いがけずゴンザスの人生を救ったな。
しかし、俺はあの解毒ポーションをお風呂や脱衣所の仕上げの毒抜きにしか使っていなかった……。
その都度、アイテムボックスから出して使っている。
ずっと俺のアイテムボックスに入れてあったよな? ゴンザスに飲む暇はあったか?
「はい。勝手にすんません」
「別に言ってくれたらあげたのに……」
「すんません。あの時はまだアニキの事が信じられなくて……。隠れて飲むしかなかったんです」
「やっぱりあの時か……。でも、あの時って確かお前は縛られてたよな?」
「はい」
解毒ポーションを作った直後にワイルドスネークの毒を浴びた盗賊たちの解毒作業を行ったタイミングに解毒ポーションから目を離した。
あんな人を縛る紐じゃなければ力を入れればすぐに切る事はできただろう。
それじゃなくても縛ったのはゴンザスの仲間の一人だ。
確かにあの後すぐ、盗賊たちは俺への態度が改心した。
ハゲ相手なのに……。
だから逆に俺はその変わり身の早さに盗賊たちを信用できなかった。
「コックの野郎が俺に飲ませてくれたんです。アイツは何も悪くないんです。悪いのは全部、俺なんです!」
「その件でゴンザスもコックも他の仲間たちも責める気はない。だがな『ほう・れん・そう』って言って『報告・連絡・相談』は大事なんだ。お前にもしもの事がなくて良かったよ」
「アニキ、ありがとうございます。俺、一生アニキについて行きます!」
「おう。これからもよろしく頼むな。火傷の方はもういいのか?」
「アニキが俺たちに支給してくれた激甘ポーションで傷跡まですっかり治りました」
本当は支給したんじゃない。色がピンク色じゃなかったから、テスターにさせてもらっただけだ。
激甘ポーションでも……女の子には人気なんだぞ?
――――――――――
《リーカナ王国:王様》
「隠し通路の出口は外壁の内側でした」
「外壁の内側に出て脱出の意味は果たさないだろ? なぜそのような通路が存在するんだ?」
「場所は街の区画整備で外壁の内側になったようです。出口のあった建物の所有者を調べたところ、王国所有の物件になっています」
余は報告にあった建物の位置を確認した。
「絶対に手放してはならぬと口伝されていた建物か……。余は一度も行った事はなかったが、そんな大事な建物だったとは……」
世間に知られた以上、あの脱出路は利用される前に塞ぐしかない。
残しておけば、再び城に潜入される経路にされてしまう。




