……お兄様
「話終わった? 次いいよね?」
「ティリア姫、何でしょうか?」
充分『待て』ができたからもういいだろう。
俺はからかって応対する。
「むー。王宮じゃないんだから、その呼び方はやめてよね。堅苦しいのは嫌いなのよ。それに今の話が事実なら、あなたは私の主人なんでしょ? もう呼び捨てでいいわよ、ご主人様♪」
『ご主人様♪』の部分でシルが精神的ダメージを負った。
ティリアはニヤリと勝ち誇っている。王女がそれでいいのか?
「未来は変わったんだ。ティリアはもう自由の身だぞ」
「正直今一番重要なのは、私を罠にはめた相手の事よ! 本当に第一王子なの?」
「うーん、確かこの辺に記述が…………あったあった。翼、音読してくれ」
ティリアの話があるページを開いて翼に冊子を渡す。
俺が読んでしまうと、証明にならんからな。
俺が書いたかどうかに関しては、あれほど上質な紙はきっとこの世界にはない。
「えーっと『ティリアの勇者召喚反対が邪魔になった。もし俺が王位に就けば、実の妹の発言力は今よりも増してしまう。王宮から追放するなら今しかない』っと書かれています」
「……お兄様」
ティリアの目から涙が溢れてきたので、頭を撫でてやる。信じていた実の兄に裏切られたんだ。少しぐらい泣けばいい。
なぜか悪さをしていたはずのシルまで涙目だ。
俺は左手でティリア、右手でシルの頭を撫でる事になった。
「第一王子は勇者召喚賛成派、ティリア姫が反対派か……。でも、形勢はすでに向こうの勝利。ここからの挽回は難しーな」
「さっきティリアに聞いたが、一〇日に一回勇者召喚をしてるそうだ」
「それで兵士が俺たちに『自分たちだけが特別だと思うなよ』ってほざいたのか……」
「召喚した勇者を使って何をすると思う?」
「それは魔王フルボッコだ。俺たちは初日の宴ん時に説明された」
「魔王にケンカを売ったらどうなると思う?」
「まさか……魔王が人間領に攻めて来る?」
「ああ、攻めて来るぞ」
翼は冊子をマジマジと見る。
ティリアは頭を抱えた。もう第一王子どころじゃないからな。
「おっさんなら……魔王に勝てそうか?」
「魔王? 魔王なら少し前に一度ここに遊びに来たぞ」
「魔王が……遊びに来た?」
「それ、本当なの?」
「ああ。ついでにバラすと、俺の膝に座っているこの幼女は魔王軍四天王の一人シルヴァーンだ。愛称はシルな。仲良くしてやってくれ」
魔族の角に気が付いていなかったと言うことは、翼たちはゴンザスやコックよりも弱いのだろう。
俺はシルの右腕を持ち上げてみんなに手を振る。
シルはお人形のようにされるがままだ。
「…………」
翼が壊れた。驚きすぎて反応がない。
ティリアはさっきまで自分の境遇を知って一緒に泣いてくれた存在が近い将来自国を攻めると聞いて複雑な顔になった。
「翼」
「は、はい」
「今回翼たちが向かった先にケルベロスを連れてきたのはシルだ」
「はぁ……」
「その事実は変えられないし、隠す気もない。だがな……草原にケルベロスが出現すると俺に教えてくれたのも、またシルだ」
「今は味方という事か。魔王の手先を味方にするとか、おっさんマジすげーな」
「魔王の手先か……。その表現の仕方は好きじゃないけど、理解が早くて助かる。攻撃したらさすがに反撃するだろうが、普通に接している分には味方だ」
「わかった。たぶん今の俺たちじゃ逆立ちしても勝てねー。おっさんはチーターだとしても、幼女なのに魔力量がやべーな。具体的な数値はわからねーけど四桁もあんぞ」
「許可なくステータスを覗くのはマナー違反」
「あ、ごめん」
毎日魔力酔いを起こして最大値が連日更新している。
シルに指摘されて翼が素直に謝った。
「どうしてステータスを見たってわかるんだ?」
「ステータスを見る時に使う魔力を角が感知するの。言葉で表現するならチリッとする感じ。シロウなら慣れればすぐに魔力感知を習得できるよ。でも、シロウの場合はステータス値が高すぎて他人には測定不能だと思うけどね」
「それでおっさんのステータスは見れないのか……」
俺も他人のステータスを覗き見るけど、翼も覗き魔かよ。
魔族のステータスを確認する時は今まで以上に気をつけよう。角が魔力吸収装置だ。魔力の流れに敏感なのも頷ける。
ただ、ステータスを見るのに魔力を消費してたのは知らなかったけどな……。
「ところで小説の中ではティリアは城を出た後のはずだが、どうしてまだ牢屋にいたんだ?」
「牢屋にいた私が知ってるはずないじゃないですか……」
ティリアに質問したが、本人が知る由もない情報だった。護送される日って事前に知らされないのか……。
「それなら知ってんぞ」
「何があった?」
小説と食い違いが出る原因を突き止めれば、他国に行った際の参考になるかもしれない。
「森が一夜にしてジャングルになって、冒険者ギルドに依頼してた護送の馬車が出せなくなったんだ」
「あは、あはは。あれは大変だったよな……」
うわ……。俺のせいでティリアの追放が遅れたのか……。
あのジャングルでは確かに道が塞がり馬車を出せなかっただろう。
以前は森だったが、砂漠化を防ぐために今は切り株だらけになっている。
「詳しくお願いします!」
ティリア、俺の黒歴史を掘り起こさないでくれ……。
「どこから話すべきかな。転生初日だから……七日前か? 森で動物が突然モンスターに変異する水が湧いたと冒険者ギルドに連絡があった。すぐにその情報は城まで届き、俺たちは訓練のついでに調査する事になったんだ」
八日目まで待たなくても、すぐそばまで翼たちが四人セットで来てたんだな。
「情報通り動物がモンスターになってたんだが、どのモンスターも生まれたてで、きちんとした強さはあるのに、大した素材が取れずみんな困り果てていた」
「それから?」
「そして三日前、その水が今度は大量に溢れ出し、大地を被い再びモンスターの大量発生へと繋がった。モンスターの大量発生自体は一時間とかからずに収束したようだが……。その翌日森の木々が一気に成長して、世界はジャングルと化した。ところが、次の日には森の木は全て斬られ丸裸にされていた。それがさっき通ってきた奇妙な切り株地帯だ」
「でも、草原の方の木は平気だったよ?」
「その水が届かなかったのか、草原近くはジャングルにならず無傷だったな。おっさん……顔色がわりーぞ?」
「ナンデモナイ」
「声が震えてんぞ? 何か隠してんだろ?」
「それはシロウがやったの」
「シル、バラすなよ。お前も関わってるだろ!」
「……ほら、おっさん。聞いてやるから懺悔しとけ」
俺は水が湧き出したポイントが俺の魔法練習場である事を教えた。
その練習過程で発生した水にシルが水浴びをした事で魔素が溶け出し、魔水になった事。
動物は魔水に触れるとモンスターになる事。
俺の水魔法は植物の成長を促す事。
等々、洗いざらい懺悔した。
「抉れた地面もおっさんの仕業か?」
「あれは風魔法を練習しただけだ……」
「パネーな」
それは突然だった。
「んじゃ俺たちは城に戻るわ」
「……見つかったら捕まるぞ?」
「俺もそう思うが……」
「きっと指輪のせい。勇者召喚された者は『帰属性』の高まる呪いの指輪を装着させられる。それを付けると城を長く離れられない」
静かに聞いていたティリアが怖い事を言う。
「コレが原因か……」
翼が憎たらしく指にはまった指輪を見た。
「そんなのなければいいだけだろ?」
「呪いの指輪を解くには神官の、それも高位に位置する者のみが扱える【ディスペル】の魔法と『神聖な塩』が必要なのよ。でも、この国の神官はお父様の息が掛かってるわ。それに『神聖な塩』は料理に使う塩とはわけが違うの。作るには数人の神官による儀式魔法がいるのよ」
せっかく勇者を召喚したのに、他国に逃げられたら無駄になるどころか、敵にだってなりえる。
指輪で縛り、人質を取れば、反旗を翻す事もないか……。
俺はアイテムボックスから『清めの塩』を取り出し、軽く翼の指輪に振りかける。
次に手を翳す。
「【ディスペル】」
魔力が三〇〇ほど持っていかれた。
高位神官というのは魔力が三〇〇以上あるのだろう。
【ディスペル】に成功し、指輪から黒い煙が上がる。
「え? なぜ? それよりもまずい事になったわ。勇者の指輪には【ディスペル】したポイントがわかる仕組みになってるのよ。急いでここを離れましょう!」
「ティリア……。それは呪いを解く前に言って欲しかった。【ディスペル】【ディスペル】【ディスペル】」
一気に残り三つの指輪の呪いも解く。
「ハゲのあなたが高位の魔法を扱えると思わないじゃないですか! それにどうして『神聖な塩』を持ってるんですか! 本当にあなたは何者なの?」
ハゲは余計だ。
『清めの塩』は焼き魚に使わなくて良かった。
あと棺桶に『清めの塩』を入れた奴、許す。
「アニキ! 盗み聞きして、すんません! 俺たちも……アニキの旅に連れてってください。部下たちも数日とはいえ、アニキのために本気で戦闘訓練をしてきました。きっと足手まといにはならないはずです!」
盗賊たちが何をしてたのか知らなかったが、戦闘訓練だったのか……。
「彼らも一緒に連れて行きましょう」
「ティア様! 感謝します!」
「ティア様? 何か小さい頃にそう呼ばれた事があったような……。まぁいいわ。彼らをここに残して行ったら数分で全滅するわね。とにかく急ぐわよ!」
俺たちは手当たり次第に家具や食料をアイテムボックスに入れた。勇者が五人もいると夜逃げも早い。




