えっ? アニキ、このお嬢さん……
「ねぇ! ねぇってばぁ! 私は荷物じゃないわよ! 早く私も降ろしてよ」
左腕に抱えたティリアが暴れてうるさい。
せっかくの感動の場面が台無しだ。
「降ろせよ! ハゲのおっさん!」
「アニキ、アニキ。そっちのうるさい女は誰ですか?」
「あー。俺のペットにする」
脱獄するのは手伝ったが、出会うタイミングが早すぎてティリアは俺の奴隷じゃなくなった。
ゴンザスに聞かれるまでティリアの処遇を全く考えてなかったな。
とりあえず、抱えてた状態から解放する。
「ペットにならないし! ツナギの男も変な事聞くな!」
ティリアがゴンザスに向き合いビシッと指差し文句を言う。
「えっ? アニキ、このお嬢さん……」
「知ってるのか?」
「昔、ちょっと……」
盗賊のボスがなぜティリアを知ってる……?
そんな疑問が頭に浮かんだが、ティリアの顔を確認した瞬間のゴンザスの驚きの表情は嘘を言っていなかった。
ところが、ティリアはゴンザスに気が付いていない。
一方的にゴンザスだけが知ってる線もあるけど、ゴンザスの服装や髪型が大きく違っている線もあるな……。
あとで聞くとしよう。今なら教えてくれる気がする。
「脱獄させてくれた事には感謝してる。でも、私はあんたのペットじゃない! もう二度と会う事はないと思うが、元気でな。フン!」
ティリアはそう言って道から外れて木々の中を走って行った。
さすがに年頃の女性をペット扱いしたら怒るか……。小説の中では奴隷だから本当にペットだったんだけどな……。それにこんな突っ張った性格じゃなかった。
これからは自由に人生を謳歌してもらおう。
「あ、そっち……」
ゴンザスがティリアの去った方を見て呟いた。
何かあるのか?
「キャアアアアアアアア」
捨て台詞を吐いたティリアが数秒で再登場。
「早い再会だったな……」
「あんた強いんでしょ? 早く武器を構えて! レッドがいる、レッドベアが寝転がってたぞ。あんな威圧感のあるモンスターは見た事ない!」
俺と盗賊たち、さらには勇者三人が震えるティリアを生暖かい目で見る。
事情を知らない美穂だけは、小首を傾げた。
「あれはアニキのテイムモンスターですよ。他にもシャドースネークが後ろに……」
ティリアはゴンザスが指差す方を恐る恐る振り返る。シャドースネークはあいさつ代わりに長い舌をチョロチョロ出した。その位置はティリアの肩越しで、少しビビらせてやったぜ! っとシャドースネークが楽しんでいる。ティリアとしてはこの上なく怯え、俺に抱きついてきた。火事場の馬鹿力だな。全然離れない。
「……こんなの怖くて一歩も歩けない」
「はぁ……仕方ないな。抱えてやるか」
「う、うん……」
結局ティリアは定位置の左腕に戻った。
さっきの威勢はなく、大人しい。
「一度アジトに避難するぞ」
勇者四人がこちらを見てくる。
「お前たちももちろん来い」
「アニキ、捕らえた奴らはどうしましょう?」
ゴンザスが内緒話で聞いてきたのでそちらを見ると、装備を奪い終わった兵士たちが一塊で木に縛られていた。
敗者は勝者に全てを奪われるを体現してる。
「兵士に恨みはないし……。解放でいいんじゃないか?」
「そのまま解放すると絶対に仕返しに来ますよ?」
「でも、一〇人ぐらいいるよな……?」
盗賊のアジトには入って左手に牢屋があった。
今は使われていないため、きっと一〇人ぐらいなら余裕で押し込めておけるが、世話が大変だ。
「こんなに人質がいても邪魔だし、縄だけ斬って、放置でいいんじゃないか? 運が良ければモンスターに食べられる前に起きるだろ。仕返しに来たら、今度こそ容赦しないで斬り伏せればいい」
「……わかりました」
ゴンザスが警告文を書いてから兵士たちの縄を解いた。
武器も防具も取り上げたから、街まで戻れる可能性も低そうだが……。
俺たちは勇者四人とティリアを盗賊のアジトに招く。
シルがアジトの前で俺たちの帰りを待っていた。
今回陰の立役者だ。
作戦開始の合図は街まで響いたので、タイミングを合わせるのに役立った。
褒めてやらなくては……。
しかし、そんな大活躍のシルがアジト前でワナワナ震えている。
「シロウの左腕を取られたああああああああ」
はっ? 左腕? 例の魔葬か……。
ティリアはわけがわからずポカーンッとしている。
「こんなババアには負けないよ! シロウは私がもらうんだ!」
「ババアじゃないし! ピチピチの一七歳だし! ハゲたおっさんに興味ないし!」
俺の左腕からスルリと脱出したティリアがシルのところまで走って行きいがみ合う。
「俺は誰の物でもないけど、仲良くしろよ?」
食堂の長テーブルの一つを俺、シル、ティリアに勇者四人の七人が囲み椅子に座る。
シルは絶対に譲らないと言って、俺の膝の上だ。
「どうしておっさ、四郎さんは、こんなところにいるんですか? てっきり国外に逃げたとばかり思ってました」
「呼びにくければ無理して名前で呼ぶ必要はないぞ。敬語も不要だ」
「すんません。慣れてなくて……」
「俺もお前たちが転生八日目に死ぬとわからなければ助けには行かなかった。ちなみにあの道を進んだ先には、本来コイツが待ち伏せしているはずだった。ケルベロス・オープン」
頭三つの魔界の番犬を召喚する。
三メートルもある超特大犬だ。
各々の首にトゲ尽きの首輪がはめられ、その三つの首輪からそれぞれ鎖が出て、途中で一本に纏められている。
シルが犬っころの散歩をする時は、その鎖を持ち、モンスター退治を兼ねてアジト近隣を一周する。
「ヒィ」
ティリアが俺の左隣の椅子に座っていたが、椅子を寄せてきた。今日一日で何回死を間近に感じたんだろうな。
シルは誇らしげに犬っころを見ている。元々はシルのだからな……。
勇者たちはモンスター召喚を初めて見たのか、突如現れたモンスターに椅子から立ち上がり臨戦態勢をとった。
「今は俺がテイムしたから安全だ、座れ。ケルベロス・クローズ」
「あれをテイム……。ヤバいな、おっさん。色々聞きたいんだが、八日目で死ぬとは?」
俺はアイテムボックスから篤史が書いた小説を出して翼に差し出す。
「どうやら俺の職場の後輩が書いた小説らしい。内容は俺たちの事が書かれている。そしてそれには未来の事まで……」
「そうっすか……」
翼はページを開かずに押し返してきた。
「読まなくてもいいのか?」
ティリアが押し返された作文用紙の束に手を伸ばしてページをめくる。
「読めないし!」
一瞬で撃沈した。文字が日本語だからな……。
その頃シルは俺の膝の上で俺にお腹を押さえられてて作文用紙に手を伸ばすが届かない。力なく静かに断念した。
「おっさんは本来国外に逃亡してんだろ? なら、この小説の内容と少しずつ食い違いが出てんじゃねーか?」
「確かにその予想は正しいと思う。ここにいるティリアと俺は今から四日後に出会うはずだった」
「えっ? 私の事も書かれてるの?」
「あぁ、書かれてるぞ。リーカナ王国第三王女であるティリア姫」
「へぇー。あんたこの国の姫だったんだ……」
俺が正体をバラすとティリアがビクッと反応した。
勇者たちもティリアの顔を見る。
シルだけはのん気にティリアを感心していた。
ティリアは俺の陰に隠れようと頭を俺の背中に移動させるけど、丸見えだ。
俺はティリアの襟首を掴んで椅子にきちんと座らせる。
「王様の事は今でも嫌いだ。だがな、それを娘に、それも第一王子の罠にかかって奴隷落ちした不運な王女に仕返しなんてせんぞ」
「えええええ? お兄様が犯人? どういう事か説明して!」
「ティリア、うるさい」
「はい。すみま――いやいやいや、私とお兄様は実の兄妹。有り得ないわよ!」
「ティリア、うるさい」
第一撃は俺、第二撃はシル。ナイスコンビネーションだ。二人に阻止されてぐぬぬっとなっている。この場では第三王女の威光など通じない。
シルは追撃でアッカンベーをしている。ガキだな。
「奴隷落ちしたティリア姫をおっさんが買うはずだったのか?」
「あぁ、そうだ。認識阻害の首輪をはめられたティリアのステータスを見た俺が買う予定だった。順序が入れ替わって奴隷じゃないけど、懐いてるだろ?」
ティリアは自分の話を聞いてもらえず、いじけてる。
懐いてるだろ?
「なるほど。大まかなストーリーは崩れんと……」
「翼はなんで不良をしてたんだ?」
「えっ? 急になんすか?」
「思慮深く頭のキレがいいのに、なんで馬鹿やってたのか、急に疑問になった。答えにくかったら言わなくてもいいぞ」
「今さら隠す事でもないんで……。大学受験に失敗したんすよ」
「そういうケースもあるのか……」
これまで道路工事のアルバイトをしにきた中卒、高卒、中退とたくさんの若者を見てきたが、絶対に盛り上がらない話題なので避けてきた。
避けてきた話題だが、俺の言った事を一度で理解する理解力、そこから展開を予想する想像力。どちらも群を抜いていると思った。
何か少しだけ若者を知れた気がする。




