ティリア
俺が次々に鍵を開けているとネグリジェ女が服を着て牢屋から出てきた。
「私が言えた義理じゃないけど、こんな事していいの? 極悪人とか逃げ出しちゃうかもしれないわよ?」
確かに捕まってた人間が言うセリフじゃない。
「騒ぎを起こしてくれれば、俺たちを追う人員が減るだろ?」
「呆れた。ハゲなのにあんた本当に変わってるわね……。普通はみんな自分の事しか考えていないわよ?」
ハゲは余計だ。それにこれも一応自分のため何ですが……。
ネグリジェ女が腰に手を当てて溜め息を吐く。その仕草が妙に可愛くてついつい顔を凝視してしまう。
名前はティリア。
あれ……俺この娘の名前を知ってるぞ……。
奴隷商の馬車がモンスターに襲われているところを救った縁で奴隷として売られているティリアを俺が購入する。
でも、出会うのはもっと先のはずだ……。
やはり色々な部分で小説との食い違いが出始めてるな。
ティリアは俺が着るはずだった男物の服を着ている。そのためサイズが合わず首もとが幅広でブカブカだ。
「首輪……」
「あー。理由あって……はめられたのよ」
何でもないように言っているが、ティリアは賢い。今後の自分の運命を理解していたはずだ。
この首輪があったせいでティリアは俺が購入するまで売れ残る。
この首輪は本来の印象と異なった印象を相手に植え付け『買いたくない』と認識させる。
認識阻害の首輪だ。
その結果ティリアは誰にも買われず最終的には炭鉱で使い潰され短い生涯を終えるはずだった。
この首輪は言わば、はめられたら最後、死ぬまで二度と外せない。
そんな呪いみたいな首輪でも、俺には効果が及ばない。
俺はティリアの首輪を両手で掴み左右にひく。
小説通り抵抗なく首輪が外れた。
「……あんたやっぱりすごいわね」
「お喋りは終わりだ。布を口に巻いておけ。俺が先頭を走るが……蜘蛛の巣が多いから覚悟だけしておけよ」
「私……蜘蛛嫌い」
美穂がボソッと文句を言う。
日本人女性で蜘蛛が得意な方が珍しい。
「ダメ元で通路に【クリーン】。よし、変化なし。行くぞ」
「【クリーン】は汚れとニオイにしか効果ないわよ? 服に付いた蜘蛛の巣なら付着物扱いで汚れと認識されるだろうからまだしも、空間みたいな広い範囲は効果対象外ね」
現地人が不思議がって説明してくれた。
「俺たち勇者召喚されたんだ」
「なるほど。だから、非常識な行動を取るのね。でも、勇者なのにハゲなんだ。この世界でハゲは、ご愁傷様ね」
ハゲハゲうるせーな!
『この世界で』って事は他国に行っても扱いに差違はないのか……。やはり魔族領を目指すしか道はないな。
ちなみに小説の中の俺は街にも村にも入れず、野菜を入手できないため、肉と魚ばかりを食べていた。
そんな原始人みたいな生活をしていた俺だったが、ティリアに出会う事でやっと軌道に乗る。
隠し通路の回転扉もわざと開けたままにしておく。
脱獄って難しそうだしな。
ただし、酸素の関係で火は使えない。
盗賊たちのアジトでは【ライト】の魔法を使える奴がいて、定期的に部屋の明かりを付けていた。
でも俺の【ライト】は……まだ実用レベルでは使えない。使うと眩しすぎて誰も目を開けられなくなる。さらに発熱電球をイメージして作られてしまうんだろうな……。めちゃくちゃ熱い。
「ねぇ……まだ外に着かないの?」
俺が先頭、次がティリア、最後が美穂の布陣だが、足元が見えているのは俺だけのようだ。
トンネル内の事故で身を屈め、壁に手を当てて歩くというのがあるが、蜘蛛の巣が多すぎて誰もやりたがらなかった。
正直俺でも軍手なしでは壁を触りたくないと思えるレベルだから仕方ない。
後ろの二人は前の人の服を掴んで離れず早歩きで付いてきている。
「ティリアの速度に合わせてるからな」
「なんで私のなま――エッチ!」
ステータスはある意味、個人情報か……。
シルで学んだんだから俺も名前を口に出さなきゃいいのに……。
出口に到着するまで、ティリアの視線が痛かった。
「俺たちはすぐに街の外に出るけど、ティリアはどうする?」
「兵士に手配書が広まったら外に出にくいわ」
「んじゃ一緒に行くか……」
外門へは向かわず、外壁に上るための階段の下に行く。
俺は上を見て巡回兵の様子を窺った。
ティリアは周囲を見渡している。
「誰かと待ち合わせ?」
「いや、普通に外壁の上から飛び降りる」
「「…………」」
二人で可哀想な人を見る目はやめて頂きたい。
「俺を信じろ」
二人のお腹に腕を差し込んで、左右の腕でそれぞれ小脇に抱える。
「下ろして、下ろして。こんなところでハゲたおっさんと心中なんかしたくない!」
「私もここまでで結構です。あとは自分でなんとかします!」
俺は兵士の目を盗んで外壁の階段を駆け上がった。二人が暴れているが、俺と彼女たちではステータス値が全然違う。
「これなら牢屋の方が良かった。助けて兵士さん。脱獄中です!」
ティリアが頑張って兵士に声をかけようとしているけど、揺れが激しくてうまく声が出せていない。
見つかったら、また捕まるぞ?
俺は上りきったところでそのまま躊躇わずジャンプした。
「「キャアアアアッ!」」
っと可愛らしい悲鳴が響いてしまう。
軽い浮遊感が訪れたと思ったら、今度は地面のお出ましだ。
俺は両足で膝のクッションを使ってみたが、ドンッと音を響かせて着地。
思ったほど音は抑えられなかった。
兵士の注目は集めただろうけど、何事もなかったように外壁から離れる。
「本当にあんた何者? 勇者ってそんなに強い生き物だっけ?」
「他の勇者に会った事あるのか?」
「……うん。だって一〇日に一回勇者が異世界から召喚されてるわよ?」
マジかよ。
シルが勇者にやられるシーンが小説に書かれていて不思議だったんだ。
翼たちは死ぬし、俺は国がどうなろうと参戦する気はなかった。では、勇者はどこから来るのか? って思ってたらティリアが知っていた……。
一〇日に一回。
つまり、俺が召喚される一〇日前にも別の勇者がいたはずだ。
顔は知らないが、あの時翼たち以外の日本人が王宮の間にいたようには見えなかった。
どういう事だろう。まさか、その一〇日のサイクルの間に勇者を選別して、次々に処分している?
今日は八日目だ。
次の勇者召喚までもうまもなく。それを阻止すれば、シルは死ななくて済むんじゃないか……?
俺は今後の予定を立てながら、盗賊たちがいるポイントにダッシュして向かう。
襲撃地点は草原の少し手前の林だった。
草原では隠れられる場所が少なくなるため妥当な判断だな。
「おーい!」
「アニキ! 無事だったんですね!」
右腕に抱えていた美穂を解放してやる。
「「「美穂!」」」
「ご心配をおかけしました」
「いいのよ。また無事会えたんだから……」
姉妹が抱き合って泣いている。
感動の場面だ……。
篤史の書いた小説側のヒロインがここで登場。




