草原:勇者イベント②
《勇者:斉藤翼》
撤退の指示が出た瞬間、パンパンッと空で破裂音がなる。
敵襲かと思ってレッドベアから距離を取り、そちらを見上げた。
『じかたんをたたかせたげた』
空に浮かぶ白い布には日本語でそう書かれている。
はっ? 暗号?
読み解くヒントとして布の右下に動物の絵が添えられていた。
しかし、絵が下手過ぎてその動物が何かはわからねー。それでも文章に『た』が多すぎだ!
『じか・んを・かせ・げ』
レッドベアとシャドースネーク、どちらも格上のはずなのに、『時間を稼げ』とはどういう事だ?
「おい。あれを見ろ!」
「わかってる。読み上げるなよ」
わざわざ日本語で書かれている。それは俺たちだけにわかるようにメッセージを送るため。
この世界にも日本語を読める人材はいるだろうが、そいつがすぐに意味を理解できるかは別の話だ。
それを見越して子供騙しの言葉遊び形式。
俺たちも現地の言葉で同じことをされたら、すぐには気が付けねー。
布は盛大に燃え上がり、それを合図に道の脇から人が流れ込んでくる。
兵士に不意打ちが成功し、四人が怪我をした。
ツナギを着て服装を合わせている?
「アニキの言う通り、本当にルフがいたな」
「ゴンザス! なぜ貴様がここにいる!」
「お喋りはやめて大将同士、一騎打ちと行こうぜ!」
「毒で半身麻痺になった奴に俺が負けるものか!」
「威勢だけは立派だが、さっさとかかって来ないのか? それとも俺に負けるのがそんなに怖いか?」
「ノコノコ現れた事を後悔させてやる!」
隊長と赤い斧を持ったツナギの男が因縁めいた会話を始めた。
隊長が鞘から剣を引き抜いて、上段に構えて、ツナギの男に迫る。
振り下ろされた剣にツナギの男が動く。剣を斧で弾くつもりだろうが、あれではタイミングが遅すぎる。
俺には隊長の剣がツナギの男を斬り伏せる未来が見えたけど、ツナギの男の斧が隊長の剣を捉えた。
勢いの乗った斧に剣の腹を叩かれて、剣が遠くに飛んでいく。
嘘だろ……。
動く剣に斧を当てた……。まさか狙ってやったのか? なんて正確な斧さばき。あのツナギ野郎は何者だ? 国で一番強い隊長をあっさり負かしたぞ。ただ者じゃねー。
「おいおい。得物を手放すとか、何年剣を振ってるんだよ。情けないな」
「なぜだ! なぜ――」
ツナギの男が斧を肩にのせ、隊長を見下す。
「翼、どうする?」
「どうするって?」
「わかってんだろ? レッドベア、シャドースネーク、兵士、ツナギの男たち。どれと戦う? できればあの赤斧とはやりたくねーな。一瞬で上半身と下半身が分かれそうだ」
それは同感だな。あの赤斧はやべー。
「……まずは様子を見る。攻撃してきたら防ぐぞ」
周囲の警戒をしているが、俺たちは狙われていないのか? 目まぐるしく状況が変わるのに、なぜか近付いてくる者が誰もいない。
赤斧が隊長を気絶させてから木に縛り付けた。
逃がす気はないらしい。下手に逃がして俺たちが逃亡した事を国に報告されれば美穂の命はなくなる。
残りの兵士たちは他のツナギの男たちがあっという間に制圧した。
その制圧戦で大活躍だったレイピア使いがいる。ポッチャリしているのに、あいつもやべーな。たぶんあいつも隊長よりつえーわ。
「一人腕を斬られたか……。今すぐ接合する。まずは傷口をポーションで洗え!」
「はい!」
ツナギ集団にも多少の被害が出たようだ。ポッチャリ男の指示で腕の接合作業に入る。
「赤髪」
「……何か用か?」
腕の接合に興味があり、そっちを見ていると、いきなり赤斧を持った奴が俺に話しかけてきた。
『大将同士』って言ってたし、ツナギの男たちのリーダーだろう。
ポッチャリ男を除けば、他の奴らとは比べものにならねーぐらい動きがいい。
半身麻痺って聞こえたけど、気のせいか? ふつーに歩けてるぞ。
そういえばレッドベアもシャドースネークも奴らの周りに待機してやがる。
モンスターは奴らの仲間かよ。
「アニキから……。いや、シロウのアニキからの手紙だ」
今コイツ何て言った? 四郎の兄貴?
懐から出した三つ折りの紙を一度広げて、こちらに見せてから床に置いて後ろに下がった。
俺には二人を守る義務があるから、油断するわけにはいかねー。
俺はゆっくり近付いて紙を拾い、和哉に渡す。
「これも日本語だな。今回は漢字も使ってんぞ。クマとヘビ、盗賊たちは四郎の味方だって。四郎ってあのオッサンか?」
「ああ。そうだ」
俺はあいさつしたが、和哉たちはあいさつしていない。覚えてなくても仕方ねーな。
でも、俺は握手をして名前を交わした相手はぜってーに忘れねー。
「んー。てっきりツナギの集団はオッサンが雇った凄腕の用心棒かと思ってたぜ。実際は盗賊だってよ」
「盗賊が近衛隊の隊長と知り合いなわけがねーだろ。きっと隠れみのだ。鵜呑みにするな」
あんなつえーのが国の近くで盗賊をしていたら、治安維持なんてできるはずがねーんだよ。
それより俺たちはこれからどう動けばいいんだ?
美穂を人質に取られる前なら、この状況を手放しで喜べた。
兵士の態度が激変したのは最近だ。
あのまま激化すれば近い将来、俺たちは兵士たちに殺されていた。
完全に警戒を解く事はもちろんしない。
それでも俺たちの見た目で優しく対応してくれる奴かどうかは声の感じから読み取れる。
「四郎は元気か?」
「アニキなら元気だぜ。赤髪たちに会うって言って、朝から気合いを入れて髭の手入れをしていたぞ。おっと、これは内緒だったか?」
四郎の野郎、なんで盗賊のリーダーに好かれてるんだ? すげー嬉しそうに喋りやがる。
「四郎は来てないのか?」
俺もチラッと手紙を見たが、確かに漢字が使われていた。あれは普段から日本語を書く人が書いた文字なのは間違いない。
四郎がコイツ等を俺たちのために寄越したなら、必ずどこかにいるはずだが……。
未だに姿を見せねー。
「アニキは野暮用で城に潜入してる。何でもミホって女を取り戻しに行くって言ってたぞ?」
「「「!」」」
俺たちは驚きのあまり顔を見合わせた。
なぜ、四郎は美穂の名前を知っている?
ステータスを見たのか?
あの時、そんな素振りは見せていなかった。
転生直後にそこまで頭が回ったのか?
「お前たちを本当の意味で助けるには二ヶ所同時に救わなくちゃいけなかったんだ。アニキが戻るまで俺たちの事は信用できないだろうから離れてるぜ」
言うが早いか、盗賊のリーダーが俺たちから離れていく。
疑問はいくつかある。だが、今はそんな事どうでもいい。
「美穂は地下牢にいるはずだ! 頼む。四郎に伝えてくれ!」
最初からおっさんは俺たちが別々に行動している事に気が付いていた。
その上で盗賊たちにここを任せたんだ。
この世界に来て、あれほどの扱いを受けたというのに……。それでもおっさんはまた他人を信じた。
「すまない、赤髪。アニキに連絡する手段がないんだよ。それにしても地下牢か……。それは困った事になるぞ」
「地下牢がどこにあるのかわからないんだろ?」
「早い話がそうだな」
俺たちも頑張って探したが、そもそもあの城には地下へ下りる階段が存在しない。
志穂が妹のために必死に廊下の長さを計って地図を作成したけど、怪しい場所すら発見できなかった。
本当に地下牢は存在するのか?
「地下牢の入口は西塔の部屋の一室にあるんだよ。アニキにわかるかな……」
「「「…………」」」
入口が部屋の中?
それよりもなぜこの男はそれを知っている?
――――――――――
今朝、ゴンザスに二点を同時に守らなければいけない場合、どちらを守るか質問したところ、迷わずこう答えた。
「俺なら……今の俺ならアニキに一つを任せます!」
えっ?
ゴンザスが俺を頼る?
「アニキがもし俺を信用できないと言うなら、これ以上は話を聞きません。ですが俺の力を……俺たちの力を必要とするなら、是非協力させてください!」
シルは強くなったが、魔族であるため今回の戦いに参加させたくない。
シルを欠いた状態で作戦を成功させるにはどうしても盗賊たちの力が必要になってくる。
「わかった。みんなの力を借りたい。食堂に集めてくれ」
「はい!」
盗賊たちの協力を仰いだのは今朝の事だ。作戦決行の数時間前。やはり不安はある。
だが、勇者たち三人を助けた後に動いたのでは手遅れになる可能性が高い。その理由は小説に書かれていた。
勇者たち三人を消した後の美穂はもう用済みだ。用済みになればすぐに三人の後を追うことになる。
だから三人が逃げたとわかれば、必ず美穂は見せしめに殺されるだろう。
この国はそれを平気で行ってくる。




