転生
夜中に道路の交通整備をしていると、ノンヘルの若者がバイクで蛇行運転をしながら走ってきた。
俺は誘導灯を振って注意を促し、棒を横にして停止のサインを出す。ところが、若者たちはそれを無視して横をすり抜けて行く。
「俺の減点になるんだからやめろやな」
走って追いかけようにもバイクの速度に追いつけるわけがない。
俺は急いで左肩に付けたトランシーバーで向こう側で交通整備をしている仲間に声をかける。
「聞こえますか?」
『おう、どうした?』
「暴走したバイクが停止サインを無視して進入しました。数は二台でいずれも二尻です」
『あちゃーそりゃあ、まずいな。今大型トラックがそっちに走ってったぞ』
道幅が狭いため夜間に片側交互通行にして道路工事をしていたが、マナーを守れない若者が後を絶たない。
幸か不幸かこの現場はS字をしている。
道路ではなく坂道を走って下れば衝突前にギリギリ間に合う。
「世話のかかる奴らだ」
休憩中の後輩にこの場を引き継ぎ、ヘルメットを脱ぎ捨てた。汗ばんだハゲ頭をタオルで拭く。
転落防止のガードレールを飛び越え、誘導灯を片手に走った。
「うおおおおおおおおおおおお」
道路をS字にするのにはわけがある。直線で作るにはここの下り坂は急過ぎた。
だが、俺は過去三回この方法で暴走車両の事故を食い止めている。
転ばないギリギリのラインを見極めながら走ったつもりだが、どうやら歳には勝てなかったようだ。
ハゲたおっさん、享年三五歳。
下り坂で足を滑らせ死亡。
転がって木に頭を打ちつけた気がするが、痛みはないな。
やっぱり俺は死んだのか?
あの若者たちは助かったのかな?
強烈な光が収まると、目の前には背に龍虎がデザインされた革ジャンを着た若者がいた。一瞬だったが、赤髪の青年は覚えてる。
コイツらも死んだのか……。
自業自得と言えばそうだけど、救える命を救えなかった。
「今回の勇者召喚は五――ん? なんだ一人ハゲたおっさんがいるではないか!」
勇者召喚ってラノベでよくあるアレか?
俺も若者も死んだようだから、第二の人生を楽しめたらいいな。
「ハゲがいるぞ!」
「ハゲだな」
「ハゲがどこから王宮に紛れ込んだ?」
「警備の兵士は何をしてた! ハゲを王の間より早く連れ出せ!」
「ハゲハゲうるせーな!」
二五歳で薄くなり、三〇歳で諦めてからずっと髪の毛を剃っている。
うっすら産毛があると逆に周りに気を遣われるんだ。
初対面で俺の事を『ハゲ』と言う奴はよくいる。声に出さずとも視線が頭頂部にいく。それに関しては慣れたし、とやかく言うつもりはない。
ただし、大勢に無遠慮な罵声を浴びせられるとさすがの俺でも我慢ならないんだ。
「俺の家系は『毛がねー』で縁起がいいんだよ! 文句あんのか?」
「誰かあの無礼なハゲを牢屋にぶち込め!」
「何をぼさっとしてる、王様のご命令だ! 直ちにハゲを取り押さえよ!」
なんだよ。いきなり無礼な態度をとったのはそっちだろ!
脇に控えてた甲冑のような鎧を着た兵士が近付いてきて、俺の腕をガッチリ掴んだ。
「俺が何をした! 放しやがれ!」
俺は体を揺する……。
「はっ?」
確かに思いっきり抵抗はした。
まさか体を捻った勢いだけで兵士が五メートルも吹き飛び、壁に激突して穴を空けるなど、誰が想像できただろうか……。
俺は慌ててその兵士に駆け寄り声をかける。
「おい! お前、大丈夫か?」
「ひえぇ、殺さないでください。お願いします、お願いします」
俺としては兵士に恨みはない。もちろん殺す気など毛頭なかった。
ハゲだという理由だけで、一方的に捕まえ、牢屋に入れようとするから抵抗しただけだ。
丁寧に説明されれば牢屋行きは許容できずとも、この場から静かに退室するぐらいの事はしたと思う。
兵士たちが驚いて動けない中、赤髪の青年が近寄ってきた。
「おっさん、めっちゃ力あるんだな」
停止サインを無視した青年だ。声はまだまだあどけなさが残る。細身で高身長。耳輪にはリング型のカフ。ツンツン頭がトレードマーク。
確か後ろを走って一台目を追いかけていた奴だ。
同郷は彼らしかいないし、俺が死んだのは俺の不注意が招いた事。彼らに恨みはない。
「どうもそうらしいな。中年太りが始まったのに、若かった頃より体が軽い気がする」
ビールをよく飲むせいか、三〇代にもかかわらず、お腹が出てきた。
よくビール腹と言われていたのだが、その通りなので、今では新人の心を掴むネタに使っている。
その自己主張の激しくなり始めたお腹を活かせるイベントがあると仲間に言われ、一昨年からだが富良野まで足を運び、へそ祭りに飛び入り参加している。
へそ祭りはお腹に顔を描いて街を練り歩く祭りで、由来は富良野が北海道の中心部にあたるからだ。
「俺は斉藤翼って言うんだ」
若者が握手を求めてきたから応じる。
「俺は山田四郎だ」
若者が額に青筋を立てて、手を握っている。ところが幼稚園児が頑張って力を入れている程度にしか感じない。
召喚者の強さは同一じゃないようだ。
「おっさん、やべーよ。マジチート」
チートってなんだっけ? ゲームを改造してズルする事か? 俺の力がズルいと言ってるのか?
こんなおっさんじゃなく、若者に力を与えてやれば良かったのに……。
「……そうらしいな」
さっきと同じ事しか言えなかった。
「まぁ困った事があったら、遠慮なく言ってくれ。俺はこの国に不要なようだからな。さっさと退散するわ」
「気をつけれよ。俺に力比べで勝った奴はおっさんが初めてだ」
「お前たちもな」
土建の奴らはみんな青年の握力に勝てると思うが……。若者たちの中じゃ上なんだろう。
翼が握った手を突き出して来たので、軽く、軽ーく拳を当てた。
「あとは俺たちに任せろ。おっさんは行け!」
「この城からあのハゲを逃がしてはならぬ! 不敬罪で処罰する! 早く取り押さえよ!」
翼が俺の背を叩いたので、俺は走り出す。
偉そうに高みの見物をしてた奴が激怒した。
やれるもんならやってみろ!
「俺たち若者より王様はおっさんが好みなのか?」
「そ、そんな事はないぞ。宴の準備を急げ!」
俺の方は相変わらず兵士が行く手を塞ぐが、翼が自分たちに注意を向けてくれたから幾分か包囲網は弱まったかもしれない。
俺は一人、王の間を退室した。
――――――――――
《リーカナ王国:王様》
あのハゲは何者だ!
なぜ王である余に傅かぬ!
それどころか、余を虫けらのように見おった。
だが、今はハゲより勇者の機嫌を取る方が大事だ。こんな事で勇者のお心を手放してなるものか……。
「何としても城内で捕まえよ。余は勇者の相手をする。護衛は最低限で良い。あとは任せたぞ」
「はっ!」
余の忠実な近衛隊の隊長にこっそり指示を出した。
ハゲ如きが国の精鋭部隊から逃げられるものか……。報告が楽しみだ。
新作書いてみました。
ハゲが主役の最強物語。
よろしくお願いします。