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◆94.ひびき

私は部屋に戻ると、響生の眠っている姿を確認した。


小さな親指をくわえながら、すやすやと寝息を立てて眠っている。


「ありがとうございました」

私がそう言うと、看護士は

「いえいえ、響生くん、ずっとおりこうに寝てましたから」

響生の顔を覗きこんだ。

「骨髄移植ができるって言われて・・・」

私は、こみ上げてくるものが我慢できなくなり、嗚咽をあげながら泣いた。


「お母さん、よかったですね。響生くんも、毎日がんばってるし。がんばりましょうね」

看護士は、そう言って私の背中をさすってくれた。

「お母さん一人でがんばってるんですから、あと少しですから」

ふと見上げた看護士の眼にもうっすらと涙が光って見えた。

「ありがとうございます」

「そんなこと、元気になって、早く退院できるといいですもんね」

看護士はそう言うと

「ご家族に連絡入れてきます?今なら、響生くんも寝てるし、行ってきて下さい」

柔らかな微笑みで私にそう言った。


「ありがとうございます。じゃ、お言葉に甘えて、もう少しだけお願いします」

「わかりました。行ってきて下さい」

私は、看護士の言葉を確認し、携帯を手に取り、病室を後にした。



お昼過ぎの病院は、人もまばらで、時々小さな子供がヨチヨチと歩いている姿がみえる。

響生より少し早く生まれたくらいの子供だろう。

響生も元気だったら、こうして歩き始めていたかもしれない。

色々なことを考えながら、私は携帯を開き、アドレスの番号を見つめる。

「五十嵐・・・」

私が最初に知らせたかった人。

私は躊躇することもなく、発信ボタンを押した。


トゥルルルルル・・・


呼び出し音がとても遠く、長く感じた。


「もしもし。五十嵐です」

「玲香です。今いいですか?」

雅弘の声が心地よく私の胸の奥に染み渡る。

「ちょっとまってて」

雅弘は、そう言うと、ゴソゴソという音を立てながら、どこかに移動しているようだった。


「ごめんね。今レコーディング中で、うるさくて聞こえないから」

「ごめんなさい。忙しいときに電話しちゃって」

雅弘は私の言葉にきっと首を振っていたのだろう。

声が少し移動するように

「そんなことないよ。嬉しいよ。玲香ちゃんの電話毎日だって待ってる」

そう言って笑った。

「ねえ、今一人で病院なんでしょ?体大丈夫?平気?」

雅弘の優しさが、なんだかくすぐったかった。

「大丈夫です。それから、いつもお花ありがとうございます」

「お花・・・?」

雅弘は少しとぼけたように答える。

「お花です。本当はもっと早くにお礼を言わないとって思ってたんですけど・・・」

「ばれちゃってた?そっか。うん。気にしないで。僕にできることはそんな些細なことだけだから」

「いいえ。本当に嬉しかったです。お花が届くと、今日も響生が元気で過ごせてるなって実感できて」

雅弘は私の言葉を聞きながら

「移植の予定はきまったの?」

と聞いてきた。

「はい。お願いできますか?」

「もちろんだよ。予定はいつでも空けるし、ついでに、レコーディングも今日で終わりそうだし」

そう言うと雅弘は黙り込んだ。

「五十嵐さん。どうしたの?もし、無理なんだったら無理しなくてもいいですから、大丈夫ですから」

私は、雅弘の気持ちがわからず、どうしていいのかわからなくなっていた。

それからもしばらく、沈黙の時間が続いた。

携帯に耳を当てると、雅弘の呼吸が不規則に揺れていた。

「五十嵐さん?私・・・」

雅弘は私の声に

「ごめ・・んね。ごめん・・ね。嬉しかっ・・たんだ。僕が、響生にし・・てあげられること、こんなことくらいし・・かなくて・・・だか・ら・・・ありがとう・・ありが・・とう・・・」

雅弘は、泣いていた。

私もその言葉で、溢れる涙を抑えることができなかった。

「玲香ちゃん、ごめんね。泣かせるつもりはなかったんだ。きっと君が一番、我慢してきたんだろう?」

雅弘の言葉が、私の心の雁字搦めに結ばれた紐を解いていく。

「そんな。五十嵐さんのせいじゃないです。嬉しくて。ここまでこれたことが」

「そうだよね。響生もがんばってるんだもんね」

「はい。がんばってくれています」

雅弘は私の言葉を聞いてから

「あのね、今レコーディングしてる曲『ひびき』っていうんだ。出来上がったら一番に聞いてほしい。響生と、君に・・・」

少し弾んだ声で、雅弘が言った。

「響生を思っていたら、できた曲なんだ」


それから私達は、お互いの声を聞きながら、残された時間を惜しむように、同じ時間を過ごした。

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