◆92.突然の話
夜になり、聡は病室を訪れた。
いつもは、響生の前ではなるべく明るく取り繕ってくれていた聡だったが、今日の表情は硬くこわばっていた。
「メール見たか?」
聡は入ってくるなり私に尋ねる。
「うん・・・。でもどういうこと?」
聡は、少し間を取ってからこう言った。
「金沢の支社長が、倒れたんだ。心筋梗塞らしい。それで」
「うん」
私はそっと相槌を打つ。
「金沢の支社長代理で戻らないといけなくなった」
「え?」
私はあまりにも突然な話に驚くしかできなかった。
「それで、急だけど、明日の夜には向かう」
「でもそんな急に・・・」
私はそれ以上の言葉が見つからなかった。
聡は、響生の寝顔をそっと撫でながら
「優生は、金沢に連れて行こうと思う。お母さんにも迷惑がかかるし、金沢に戻れば、しばらく、こっちに来ることもないだろうから」
「私はどうしたらいいの?」
「お前と、響生がよくなるまでこっちにいろ。移植のこともあるし・・・」
私は黙って頷いた。
「金沢に戻ったら、もうこっちには戻ってこないの?」
「ああ。多分、支社長の状態が悪くないみたいだから、そのまま支社長になることもありえるそうだ。だから、その場合は、こっちに来ることはないだろうと思う」
「そっか・・・。優生大丈夫かな?私達の都合で振り回しちゃって」
「仕方ないだろ。金沢にいれば、まだましだと思うし」
聡は、響生を見つめていた。
「とにかく、金沢に戻って、響生が回復するのをまってるよ。だから、響生のことは頼んだ」
「わかってる」
私は言いようのない、淋しさに包まれていた。
そして、自分自身がこれから東京で一人、響生を守っていかなければならないことに、少しの不安を持った。
「じゃあ、うちに帰って、優生にもお母さんにも今後の話をしないといけないから、そろそろ帰る」
「わかった。気をつけてね」
「おぉ」
聡の表情が少しだけ柔らかくなった気がした。
聡が帰った後の病室は、悶々とした空気が残っていた。
そして、これから二人だけで乗り越えなければならない闘病生活が、重く圧し掛かっていた。




