◆87.真実
「お母さん。私、何かできることがないかと思って、少し出かけてきてもいい?」
「ああ。そうしなさい」
「変な気を起こすんじゃないよ。私は一晩でもついとるから、しっかり落ち着かせてから帰ってきなさい」
「お母さん。いつもごめんなさい」
何を言われても涙があふれてきてしまう。
薄暗くなった病院の廊下を一人歩いていた。
あの人に合うために・・・。
そして、私は2年前の約束の場所に向かった。
あの頃は雅弘に会えることが何よりもうれしく、何もかもを忘れて会いに行っていたことを思い出す。
でも今は違う。
今日は違うのだ。
エレベーターを降り、ドアの前でいつものようにノックをした。
「玲香ちゃん?」
「はい」
「入って!!」
雅弘は私の顔を見るなり
「そんなに泣きはらして」
と優しく人差し指で涙をぬぐった
「でも嬉しかったよ。ありがとう」
「ごめんなさい」
「どうしてあやまるの?本当にうれしかったから」
涙がとめどなく流れる。
「とにかく座ろうか?」
そう言って、私の肩をそっと支えてソファーの上に座らせた。
「落ち着いてからでいいよ。今日は充分に時間もある。」
「玲香ちゃんが話したくなったら、話して」
私は涙でにじむ部屋の壁紙を、焦点が合わないままボーっと見つめていた。
ここまで来たからには、言わなくてはならない。
「あのね。五十嵐さん・・・」
「うん」
優しい眼差しはあの頃と全く変わらない。
「息子の、響生のことなんだけど・・・。この間あの並木で会った・・・」
「響生くんのこと?」
雅弘はわたしの言葉に身を寄せてきた
「本当は、私の胸の中に死ぬま隠しておこうと想っていたことなんだけど」
「うん」
雅弘は静かに聴いてくれた。
「驚かないで聞いてね」
「わかってるよ」
雅弘は私を抱きしめそっと頭をなでた。
「響生くんは僕と玲香ちゃんの子なんだろう?」
「・・・・」
わたしは静かにうなずいた。
しばらく沈黙の時間が流れ
「ありがとう」
雅弘はそう言うと天井を見上げた。
「あの時、君と出会ったとき、そんな気がしてたんだ。この子は僕の子じゃないかってね。でも、きみがあんな風に僕の元からいなくなってしまったということは、それを隠してご主人と共に生きることを選んだからなんだと。それを邪魔しちゃいけないと思ったんだ。君の決心を素直に受け止めようと・・・。だから見守っていたい、ただ遠くからでいいから。そう想ったんだ」
雅弘はそう言うと私を引き寄せ抱きしめた。




